リガティアという魔法少女
次に目を開けた時、俺は雨上がりの公園の芝生の上で魔女の膝に頭を乗せていたのだと気が付いた。
真っ黒のローブから覗く口元は薄いピンクで、まだ子供のような張りのある肌と相まってとても若々しく見えた。
俺は薄情だと思っていた魔女が俺が目覚めるまで、それも小汚い狼を膝に乗せて面倒を見ていたという事実に感激しかなく、すぐにでも人型に戻って彼女にお礼を言うべきだと身を起こした。
「あら、大丈夫なのね。はい。ごはんをあげる。私は家に帰らなければいけないから。また、いえ、もう会わないと思いますけどお元気で。ではごきげんよう。」
彼女は一息にそういい放つと、青い花模様が縁取りしている白い大皿を俺の目の前に置いた。
確かに臭いと顔を背け、これを今食べねばならないのかと恐る恐ると彼女を見上げると、魔女は完全に姿を消していた。
俺は大きく溜息をつくと、臭い肉の乗った皿を持ち上げて自宅へとテレポートした。
あれは誰だったのかと思いながら、俺は自分がドルイドであったと思い出した。
「そうだ、この皿。彼女の持ち物ならば、いや、もっといいことを考えた。」
俺はアイシュ・アイアとノッド・レイリーに受けた傷のせいで脳みそが動いていなかったのかもしれない。
いや、戦闘で何度も肉体編成をしたために、脳みそのいくつかの場所が破壊されてしまったのに違いない。
頭脳派とも、今世紀最高の術者とも呼ばれている俺が良い案だと考え出したのが、狼の姿で空の皿を咥えてふらふらと公園を彷徨うという案だったからだ。
ところが、俺がふらふらした三時間後に、俺は目的を達成していた。
俺の目の前にはあの黒衣の魔女が現れており、彼女は本当に渋々という風に俺から白い皿を受け取ると俺の首根っこを押さえつけた。
むぎゅうと首の毛皮を掴まれて、彼女が魔女だったと俺がアイシュ・アイアを思い出して脅えた一瞬、俺は見たことも無い部屋に連れ込まれていた。
普通はソファやティーテーブルがあるはずの場所に絨毯が敷かれていてもソファやテーブルなど見当たらず、だが、毛足の長い絨毯の上にこれでもかと転がっているクッション群があり、俺はこの場所に早く転がってみたいと気安い快さを感じていた。
「動かないで。わたくしの絨毯に泥一欠けらでも落としたら、お前を今すぐあの世に送ってやりますからね。」
彼女は狼に人間の言葉が通じると思っているのだろうか。
ただし、俺が実は彼女の殺気にちびりそうだったのも事実である。
「くうん。」
「ほら、いらっしゃい。綺麗になったら寝ころんでもいいから。クッションを破いたらそこでサンダーで撃ち殺しますけどね。まずはお風呂に入りましょう。」
サンダーでぶるった俺はそれには一切文句が無かった。
また、狼の姿のままであろうが、温かい風呂で女性に洗ってもらえるというシチェーションは何よりも素晴らしいものではないか。
顔もわからないが、俺はこの魔女に心惹かれている事こそ事実であるのだ。
「うきゃん!」
「あら、痛かった?」
痛くて叫んだのではないと、俺は首を振って見せた。
物凄く驚いただけだ。
「まあ、言葉がわかるのかしら。いい子ね。」
俺は素直にどころか積極的に彼女に頭を撫でられる事にした。
フードを下ろしたどころか真っ黒のローブを脱いでいた魔女は、まだ十代の輝けんばかりの美少女であったのだ。
十代に見せている魔女は多くいるが俺が彼女が十代だと言い切れるのは、肉体編成の魔術に秀でている俺が変装魔術を施した人間を見誤る訳が無いからである。
どんな外見にも変化できるアイシュ・アイアを追い詰められたのは、この俺のスキルがあったからといえよう。
いや、そんなことはどうでも良い。
銀灰色の腰まである艶やかな長い髪は銀細工のようであり、真っ白な陶器のような肌は滑らかで、死体のような質感どころか、十代という年齢にふさわしく健康的に若々しく輝いているのだ。
頬だってピンクに染まっているではないか!
人形のような繊細で美しい顔立ちを際立たせる両の瞳は、青紫という露草のようなはかなげな美しい色だ。
彼女は俺が今まで出会って来た誰よりも美しい少女と言えた。
「さあ、ええと、そう、お風呂。一緒に入るわよ。ええと、トトでいいか。行くわよ、トト。」
どうしてトトと首を傾げるよりも、俺は自分の幸運で有頂天でしかなかった。