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出会い

 あの日は雨が降っていた。


 雨は俺の戦闘で傷ついた血と泥の汚れを清浄な雫で洗い流し、しかし俺の体温までも拭い去ってしまい、俺の意識はだんだんと朦朧として行った。

 逃げる場所どころか自分が歩いているその場所さえ感覚がなく、しかし、平和なシュクデンの街、人々の諍いを治めたいと願う聖人シュクデン様を讃える記念公園に俺はいつしか辿り着いており、大狼の姿を隠せるような植え込みにしばしの休息のために身を投じた。


 国や王族の加護が無い魔法使いというものはギルドに登録するしか生きていく手段は無く、俺はその常の事として登録してギルドに雇ってもらっていた。

 だが、平和を唱えるギルドのくせに、持ち込むクエストが暴力的で時には侵略行為とも思えるものもあることにも気が付いていた。

 気が付いて気になるという事は、俺はギルドから与えられる仕事にそろそろ疲れ切っていたのだろう。


 ギルドの賞金首となったアイシュ・アイアを取り逃がしたのそのせいだ。


 止めをさせる一瞬、俺は躊躇したのだ。


 美しい黒髪に黒い瞳を持った美女だったアイシュ・アイアは、殺人行為というものに特化させるために自らの肉体を完全に変化させていた。

 弛んで脂肪ばかりとなった肉体はそのまま魔法生物を生み出す畑そのものだ。


 そう、俺はあと一撃で止めを刺せる白い粘土のような生き物になっている魔女に対し、何の希望も生きる抱負も無い自分の未来の姿であるような錯覚と絶望に襲われたのだ。


 俺もこんな化け物に成り下がるのか。


 俺よりも殺し屋生活が長かった魔女は、俺の一瞬の逡巡を見逃さず、俺に対して何のためらいもなくナイフを振るった。


 彼女のナイフは俺の右腕を落としかける程に素早く鋭く、俺は肉体の再構築で傷跡を塞ぐことしか出来なかった。


 すなわち、人型から大熊への変身だ。


 しかし、これこそ彼女は狙っていた事で、彼女の弛んだ皮膚は一斉に大きなイボを毛穴の数だけ生み出すと、そこから俺に向かって肉を喰らう虫を放った。


 弾丸のように一直線に俺の身体に突き刺さり、毛皮の身体であったがために虫等は俺をあざ笑うかのように俺の身体に我が物顔で貼り付いた。


「ひひひ。この子達はお前が骨になるまでお前から離れるなんて無いよ。ひひひ。どのあたりであんたはさっきのいい男に戻るんだろうねえ。どんないい声であんたは泣くんだろうねぇ。」


 俺はアイシュ・アイアに飛び掛かり、本来ならば致命傷になるはずの一撃を彼女にかぎ爪で与えたが、彼女は裂けた皮膚も肉も簡単に修復してみせた。

 修復時には一斉に俺に貼り付く虫が俺の肉を裂き、俺の血がアイシュ・アイアに降り注いだというおまけ付きだ。


「あああ、鳴き声が無くて悲しいが、あんたの血であたしはあんたからの傷をぜーんぶ治しきったよ。」


「は、それは凄い。では俺の血肉をもう少しやろう。」


 俺は今度は大狼へと肉体を変化させた。


 いつもと違い肉体の全部を別の生き物に構築し直すのではなく、変身の為に増やした細胞を虫ごと捨て去るような変化である。


 ここにギャラリーがいれば、大熊の毛皮だけがぱらりと地面に落ちて、その中から狼が飛び出すように見えたことだろう。


 そして、出来る限り高く遠くへと狼の脚力で飛んでアイシュ・アイアから離れたが、俺はアイシュ・アイアに愛人というものがいたことを忘れていた。


 ノッド・レイリー。


 幼子を誘拐しては生きたまま体を引き裂いて殺す変質者だ。


 俺はこの男こそ殺すべきだと考え、そして辞めるつもりのギルドの依頼を受けてしまったのだと情けない思いで思い出していた。


 ああ、本当に情けない。

 俺はノッドの弓によって胴体に矢を穿たれてしまったのだ。


「ああ、畜生。もう肉体編成し直す魔力も体力も残っていない。」


 俺はクエストに失敗しただけでなく言葉通り尻尾を撒いて逃げ出すしかなく、そして、今や情けなくも雨に打たれながら自分の死を嘆いている。

 ああ、こんな植え込みの中で俺は死んでしまうのか。



「え、うわ!酷い怪我。ちょっと待ってね、あ、でも、私は犬を飼えない。」


 俺は可愛らしい声に瞼を開き、目の前に真っ黒なローブ姿の魔女が聳え立っている事に気が付いた。

 ただし、目の前の魔女は俺に回復魔法をするべきか悩んでいるという次第だ。

 助けても飼えないならば死なせた方が楽かな、なんて呟くなんて、なんて魔女というものは浅はかで薄情なろくでなししかいないのだ。


「あ、どう見ても野良犬だし、そうそう。元気になったら自分の穴倉に帰るわね。良し、ダイジョブ大丈夫!帰んなかったら石をぶつけても良いのだし。」


 俺はどうして聖人の街で修道女ではなく残酷な魔女にしか出会えないのだろう。


 そして、俺はここで彼女に回復魔法を受ける危険性を思い出した。


 ヒール魔法には相手の肉体の構造を知らなければかける事が出来ない。

 犬としか考えていない相手がかけた回復魔法は俺にどんな肉体変化を施すのか。


「ぎゃうん。」


 俺は痛みに叫びながらも、植え込みから身をよじりながら空へと高く飛び上がった。

 宙に飛び上がったそのまま自分の肉体に刺さる矢を筋肉で肉体から弾き出し、そして、肉体を修復しながら地面へと落ちていった。

 濡れて柔らかくなった地面で良かった。

 やはり今の俺には完全修復など不可能であったのだ。

 今の行為で完全に体力を失ってしまったと、俺は自分に舌打ちをしながらそのまま地面にぐしゃりと崩れ落ちた。


「まあ!素晴らしいわ。ワンちゃん。よし、矢が取れたならば消毒と包帯を巻けばいいわね。そこにじっとしているのよ。ええとご飯をあげれば大人しくなるかな。犬のご飯は何だろう。うーん。臭くて食べれなかったラム肉をあげようかな。って、あら、尻尾を振って近づいてきた。これなら手当てができるかな?」


 臭いラム肉だって!

 俺はそんなものを食べさせられないようにと、自分に鞭打って、いやもう必死で体を起こした。

 それからなんたることか、彼女に友好的だと判るように何度も首を上下させていた。

 ああ、尻尾だっていくらでも振ってやる。


 けれど無理をしたそのせいか、俺は恐ろしい魔女に触れられたそこで完全に気絶してしまった。

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