真実は墓場まで持って行く
リガティアは乱暴だが基本は優しい人である。
泣く俺を優しく立たせると俺を俺の家だが俺の居間へと連れて行ってくれて、広々とした二人掛けソファに俺を座らせると自分はその向かいの一人掛けソファに座った。
ひじ掛けがあって偉そうに見えますが、そっちは家人が座る下座です。
俺はそんなことはリガティアに言えないまま、この先どうするべくか思案することにした。
俺、全裸だし。
「何をしているの!」
大きな声が出てしまった。
「ほえ?」
自分の行為を理解していないリガティアの所業に俺こそ脅えるだけだ。
リガティアはいつもの金の魔法陣でお茶セットを取り出したが、俺はその茶器にはとてもとても見覚えがあるのである。
「どうかしました?」
「いえ、あの。そのお茶をお客様であるあなたに淹れて下さった事に申し訳が無くて。私こそあなたを持て成さねばならないでしょうに。」
ソファの座る位置は立場が逆転していますけれど!
「いえ。大丈夫です。このお茶はハルメニアからですわね。気落ちしてらっしゃるのだからお茶の用意をしてさしあげるわって。」
俺はリガティアから渡されたハルメニアのカップを受け取り、真っ赤な紅茶の中に紫色の瞳が浮かんでいることにぞわっとした。
見ている。
あの人は心配という常套句で俺を監視して喜んでいる!
「どうかされました?」
「いえ、ハルメニア様の優しさに打ち震えているだけです。」
鳥肌が立つくらいにざわざわと!
そんな俺の方へ、ケーキ皿が押し出された。
「これは?」
お菓子の状態は良い出来だが、ハルメニアのものにしては雑だ。
「ええと、はい。リンゴのパイというか、まあ、そんなの、どうぞ。」
リガティアはローブで顔など見えないが、それでもその喋り方は照れていると直ぐに解るもので、これは彼女の手作りだとピンときた。
「シュトゥルーデルじゃないですか。あなたがお作りに?」
彼女はこくりと頷いた。
彼女はあれからも料理を勉強していたのか。
シュトゥルーデルは薄いパイ生地でグラッセした果物をクレープのように巻いて焼くお菓子なのだが、この薄いパイ生地というものが難しいのだ。
「素晴らしい。さっそく食べても良いですか?あなたは料理上手なんですね。」
「え、いや、えへ。」
どうしよう。
リガティアが可愛らしすぎる。
そして、彼女の手作りのお菓子はとてもおいしく、俺は料理本通りに作ったのにと悔しがるリガティアを見守っていた分、このお菓子の出来栄えにかなりじーんときていた。
「ええと。もう一個いかがですか?あの、バルセイユってご存知?あそこって言うか、バル三国共通なのですけれど、薄いパイ生地みたいなのが売っているのですよ!それで、それを買って、やっぱりバル三国で名物の果物のシロップ煮をそれで巻いて焼いただけなんですけど、すごくおいしくて嵌っちゃって。でも作りすぎたからハルメニアにもお裾分けで持って行ったのですよ。そうしたら、あなたにもお裾分けしてみたらって。それで押しかけちゃいました。」
俺は再び涙がほろりと落ちた。
トトの為に来てくれたんじゃなかったのね、と。
「トトはね、私のあんまりおいしくない料理をいつも頑張って食べてくれたの。時々お腹が痛くもなって動かなくなる時もあったけれど。思い出しましてね。ええと、おいしくできたのを一度くらい食べさせたかったなあって。」
俺の涙腺は崩壊だ。
ああ、俺はトトになりたい。
「あの、ところで、一つだけお伺いしたい事がありまして、いいかしら?」
俺は手の甲で乱雑に自分の涙を拭うと、リガティアに向かい合った。
ローブで隠れているが、キラキラとした青紫の瞳を再び見つめたい。
「どうして全裸にローブなのですか?」
俺は当たり前だが咽せ、だが咽せながら潮時だと感じていた。
彼女に真実を告げるのだ。
「俺はクマや獣に変身できますから、いつでも変身できるように全裸でいます!」
「え?」
直球過ぎた。
思い返せば自分があの日の犬でしたとリガティアに伝えた方が良かったと、リガティアが思いっきり引いたところで俺を変態と見做したなと、俺は認めたくはないが失恋をした事を認めた。
あの犬も俺の変身だと理解したことだろう。
彼女に恋を語るどころか彼女に軽蔑されるだろう事は確実だ。
俺は彼女と一緒に風呂に入りベッドにも入り、彼女の顔どころか首筋や乳首までも舐められるところは舐めていたのだ。
ああ、犬って素晴らしい。
「まあ!獣に変身できるから、トトはあなたのお友達以上のお友達だったのですね。まあ、クマと犬が抱き合って寝るなんて、あるいはトトがタスマニアデビルを抱いて眠る姿を想像してしまいました。」
確かに俺は狼と言わずにクマや獣と言ってしまったが、君の獣はタスマニアデビルなのか?それ限定なのはなぜなのだ?そんなちっさく俺はなれねぇよ!
「あの、違いました。」
「いいえ。その通りです。タスマニアデビルには私は変身できませんけれどね。」
リガティアは横を向いて舌打ちをした気がした。
「ええと、エレメンタイン様はタスマニアデビルがお好きで?」
横を向いたままのリガティアは、正面を向くとコクコクと頭を上下させた。
ああ、俺はどうしてタスマニアデビルに変身が出来ないのだ!




