第76話 生きる理由
「ハハハハハハ…………。はぁ……。帰り道が分から無くなりましたね……」
一頻り笑い終えて、冷静になったのか、辺りを見回しながらに呟いたそれが、彼女の第一声が、それだった。
その顔に、もう、張り付いたような笑顔はなく、周りに無関心そうな、事務的な表情が写っていた。
まぁ、あれだけジグザグに、しかも長い距離を走ったんだ、分からなくなるのも無理はない。
「なぁ、もう、話しても良いか?」
彼女が笑い終えるのを待っていた俺は、呆れた様に質問する。
「……そうですね。良いですよ。もう、抵抗する気も無いようですし」
意外と素直に受け入れてくれる、彼女。
一人笑いだしたときは、相当ぶっ飛んでいる奴かとも思ったが、どうやら、話は通じるらしい。
「もう一度聞くが、お前とリミアとは……」
「リミアお嬢様の名前を気安く呼ぶなぁぁぁ!!」
前言撤回、こいつは相当ぶっ飛んでやがる。
「わ、悪かった。その、リミアお嬢様とは、どういう関係なんだ?」
俺は、彼女の気に触れない様、言葉を選びながら話す。
「主従の関係です。しかし、私は、最も近くで、お嬢様に使える存在であり、最も信頼がおかれ、その仕事は、身の回りをお世話する事から始まり……」
何かに憑りつかれたかのように、恍惚な表情で話し始める彼女。
俺は、呆れつつも、それなりに必要そうな情報を拾っていく。
「……分かりましたか?」
話し終えた彼女が、また事務的な表情に戻り、俺に問うてくる。
「……あぁ、分かったよ。つまり、お前はその素晴らしいお嬢様に遣える、側近のメイドと言う事だな?」
俺の素っ気無い態度に彼女は顔をしかめるが、俺の回答で、話を聞いていたと言う事は分かったのか「そうです」と、だけ答えた。
「んじゃぁ、そこに居る蜘蛛共は?」
俺を上空からの奇襲で絡めとった、小蜘蛛達を指す。
「この子たちは、私の可愛いペットです」
そう言うと、彼女は一匹の小蜘蛛の前に、しゃがみ込んだ。
それを見た小蜘蛛は嬉しそうに、その腕の中に飛び込む。
それを、表情を変えずに、優しく受け止める彼女。
そのやり取りを見ていると、表情を変えるのが苦手なリミアに、そっくりだと感じた。
彼女は、小蜘蛛を抱え込んだまま立ち上がり、こちらに向き直る。
どうやら、ペットと言うのも、可愛いと言うのも、嘘ではないらしい。
「そうか……。知っている様だったが、俺はルリだ。リミアの……父親みたいなもんだ」
俺は緊張感を解くと、改めて自己紹介をした。
生き物を可愛がれる奴に、それも、リミアの仲間に、悪い奴はいないと判断したからだ。
「お嬢様の御父上?……御父上という物は、オスだと記憶しているのですが」
小首をかしげる彼女。この調子では、俺の名前だけを聞いていて、その他は何も聞いていないのかもしれない。
「……まぁ、信じるかどうかは自由だが、色々話してやるよ、俺の事とか、リミアお嬢様の事とかな」
彼女は、俺の誘いに、訝し気な表情を見せるも「まぁ、聞くだけなら……」と言って、糸に巻かれて、座り込んでいる俺の前に正座の姿勢で、腰を下ろした。
「それじゃあ、まずは、俺の前世の話からだな」
彼女の顔はさらに険しくなる。
これは失敗したか?とも思ったが、彼女の口から出た言葉は「前世とは何ですか?」だった。
……なぁんだ。案外、素直で良い子じゃないか。
やっぱり、リミアに似ている。
「前世って言うのはだな……」
俺は子どもに言葉を教える様に、ゆっくりと話し出した。




