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第486話

 「んっ……」

 見慣れた天井。

 ……何処か懐かしさを感じる。


 (もう日があんなに……。早く起きて朝ご飯を……)

 二人の為に。……二人?


 違和感(訂正)


 《私とルリさんの分を含めて、二人分》

 そうだ。昨日からルリさんを預かっているんだった。早く起きて二人分の料理を……。


 …………。


 「あっ……」

 いけない。寝ぼけて、いつも通りの目分量で作ってしまった。これでは量が少なく……。

 

 「あら……?」

 私はいつも通り、私一人分の量で料理を作ってしまったと思ったのだが。

 それどころか、二人では少し多い量。


 違和感(訂正)


 《食べ盛りのルリさんの為に多めにしてみましたが……。少し張り切り過ぎてしまいましたね》

 初めての村の外からの客人に、私の心も踊ってしまっていたらしい。


 仕方の無い事だ。なんせ、娘と年の近い(訂正)……。


 …………。


 あぁ、そうだ。食事をお皿に盛る前に、ルリさんを起こしに行かなければ。

 

 廊下を歩いて向かう客間。

 近づくにつれて、部屋の中から動く音が聞こえて来る。

 どうやら、あの子とは違って(訂正)、もう目を覚ましていたらしい。


 コンコンと引き戸を叩けば、中から「はーい!」と、元気な声が返って来る。


 戸を開けた私は、彼と幾つかの言葉を交わして。


 第一印象は溌剌な子。

 しかし話していると、こちらの様子を逐一気にしている様な。

 気に入られ様と、嫌われない様にと言う配慮が見て取れた。


 《確か、彼は母親と二人暮らしだった筈だ。

 それも、暴力を振るい、精神的にも金銭的にも依存的で、人として未熟な父親から逃げる様な。金銭的問題も相まって、親戚や、その周囲の人間の家を渡り歩く様な生活》


 素知らぬ顔でも他人に寄生出来ていた私とは違って。それは大人の目を気にするなと言う方が難しい道のりだったのだろう。


 だからこそ、まだ、その溌剌さが。

 彼の中の光が、幼さが。他人への、自分への、未来への希望が失われる前に保護できたのは、不幸中の幸いだった。

 

 心優しい彼がこのまま成長していたら、その後の人生の多くが不要な苦痛と後悔に満ち溢れてしまって居ただろうから。


 『皆様、おはようございます。本日から私の館で、男児を一人預かる事となりましたので、宜しくお願い致します』


 彼と話をしている最中。村の皆が朝食を終えたのを見計らって、朝の挨拶と共に全員へ話しを伝えて置く。


 と、その言葉に4号館のヤエが反応を示して。付き合いの良い子を引き連れて、こちらへ向かって来る様だった。


 「ふふふっ」

 その気軽さは、私がこの村に居着いたばかりの頃を思い出させて《訂正》


 「…………」

 部屋の案内中、突然微笑み出した私の顔を見つめる彼。


 「いえ。久々の客人に、つい嬉しくなってしまって……。申し訳ありません」


 「い、いえ……!そんな……!」

 あたふたする彼を楽しみつつ。

 その内に彼の様子を見に来た子ども達に彼の事を任せつつ。


 「さて、と」

 帰ってきた彼に気を使わせない様、私は残りの家事を済ませるべく腕を捲る。


 が、やはり、力を抑えた子どもの形態よりも、今の体格の方が俄然動きやすかったせいか《訂正》、家事は直ぐに終わってしまい。


 なかなか解放されずに村中を引き摺り回される彼を遠視で観察して、楽しませて貰いながら。

 お腹をぺこぺこにして帰って来るであろう彼の為に、朝食に手を加え、少し豪華にして見たり。

 今日はココノセさんが忙しそうだったので、兄のイチノセさんにそれとなく話しを振って、彼に助け舟を出してあげたり。


 私は娘に《訂正》構われながら《訂正》、再び始まった《訂正》仮初の日々を《訂正》楽しんでいた。《訂正》《訂正》《訂正》


 ……だからだろうか。油断していたつもりは無かったのだが、私はいつの間にか、繰り返されていた日常に囚われていた。


 外ではどれ程の時間が経過しているのだろうか。

 以前の様に、一人で世界を維持して、ボロボロになったカナメなど、もう見たくは無かった。


 「おい!大丈夫か?!しっかりしろ!」

 それに気が付けたのは、今、ココノセさんに背負い直された背中の上で、みるみると衰弱して行っている彼のお陰だろう。


 あの地下牢は、私の力を抑えると共に、外部からの干渉を遮断する結界でもあったのだが、この調子ではあまり力になっているとは言えなかった。

 いや。そもそもカナメの力を弾き切れていれば私はこの空間に居ないのだから、結界の中にまでカナメの力が及んだ時点で、内部ごと侵されるのも時間の問題だった事は今の私でも分かる。


 カナメは敢えて私の記憶や認識を中途半端に残す事で注意を逸らさせ、安心させ。その裏で着実に私から危機感や思考能力を奪っていったのだろう。

 本当に恐ろしい子だ。


 今の所、ルリさんが口にしたヨイチと言う人物の事も、植え付けられたであろう、基本的な情報しか思い出せない。

 いつも村人達を俯瞰で見守って居る筈なのに。彼の存在は知っていたはずなのに。彼の姿だけは見た覚えがない。


 間違いなく、意図的に私の意識から弾き出されていたのだろう。

 逆説的に、わざわざそんな小細工を施すと言う事は、ヨイチと言う男性と私の接触が、カナメの願いに対して、何かしらの不利益を生じさせる可能性。この世界から抜け出る突破口とはならずとも、最悪、彼女を揺さぶる事が出来る何かがあるのだろう。

 その虚を突けるかどうかは私……と、ルリさん次第だった。


 「おっ!童様!」

 ヤエの兄であるタロウが山道前に立っていた。


 「童様なら分かってると思うが、山道を登ってない奴は、もう俺だけだぜ」


 「はい。存じております。皆様、順調に登っておられる様で」


 遠視で観察しながら、答える私に「やっぱ、俺より分かってんな」と言うタロウは、「ほら、ココノセちゃん。交代だ」と言って、息が上がり始めていた彼女からルリさんを引き取る。


 「ありがと」


 「お二人とも、申し訳ありません」


 「気にすんなって。んじゃ、行くぞ」

 今や背負い袋の様に動かなくなってしまったルリさん。

 苦しそうな呼吸で辛うじて生きている事は分かるが。


 (私の力が万全であれば……)

 今の私の力は、この世界に拒まれ、吸い取られ。著しく減退している。

 だからこそ、比較的、出力が大雑把になってしまう大人の姿を取れている訳だが、あれ程封じていた力が今は惜しかった。


 せめて、僅かでも密着して力を伝えられる様、彼を背負う二人の負担を考えても、私がルリさんを背負って上げられれば一番良いのだが。


 何かあれば、まず、真っ先に私かルリさんが標的となるだろう。

 そうなった際、この世界に抵抗できる二人が纏めて無力化されてしまう事だけは避けたかった。


 ……もっとも、現状、その一人が呼吸すらままならない状況に陥っている訳だが。


 一人カナメと戦っているのだろうか?

 原因は分からない。治療も出来ない。


 巻き込んでおいて今更だが。

 こんな状態の彼に。私の数百分の一程度しか生きていない、幼い存在である彼に、これ以上を望まざるを得ない現状が苦しかった。

 もっと上手く行くと思っていた、自身の考えの浅さに腹が立つ。


 そもそも本当は、再びこの世界を作り出させる様な負荷をカナメに掛けるつもりなど無かったのだ。

 

 カナメには自由でいて欲しかった。

 何者にも縛られず。私を、執着を、全てを過去の事にして、この世界を抜け出して。自由に、何処までも。


 その為にルリさんを利用した。

 カナメを預けるには十分な存在だと判断したから。

 彼なら私が生み出してしまったこの牢獄から、カナメを連れ出してくれると信じられたから。


 カナメに施した記憶の封印も万全では無かったけれど、封じ切れなかった執着も、過去の記憶も、彼が時間と共に洗い流してくれると信じていたから。


 カナメの執念を甘く見ていた私の失態だった。

 或いは封印などでは無く、完全に消してしまえば、とも思ったが、それはそれで、私の知るカナメが消えてしまいそうで出来なかった。


 それでもあの時、私が決断できていれば、誰も苦しまずに済んだのだろうか……?分からない。


 ……ただ今は。今だけは後悔に足を引き摺られるべき時でなかった。


 山道を走って。走って走って走って。

 

 辿り着いた狩人小屋。


 「よぉ」

 そこにあったのは見覚えのある、知らない顔。 

 ただ、当然の様に、向こうはこちらを正しく認識している様だった。


 「皆はもう中に入ってるぜ?」

 到底村人全員が入れるとは思えない小屋の中。

 特殊な結界……。いや、これは私の結界の流用……?

 兎も角、ここからでは内部は疎か、玄関から顔を覗かせる男の気配すら感知する事が出来ず。


 しかし、カナメがこんな回りくどい罠を張って来るとも思えない。

 あるとすれば第三者の介入だが、ここまで来て引くと言う選択肢も残されてはいなかった。


 「本日は宜しくお願い致します」

 ……最悪、利用してやる。

 カナメの。私に付いて残ってくれた村人達の為ならなんだってやってやる。

 ルリさんを利用した様に。****ですら利用した様に。


 ……どうやら、まだ思い出せていない記憶がある様だ。

 しかし、止まれない事に変わりわない。

 今や私の覚悟はそれぐらいでは揺らがない。


 ルリさんに教えられた通り、実力で"気に入らない物"を排除する準備は出来ている。


 彼にそう教えられた時点で、私が腹を決めていれば……。

 しかし、過ぎた事をとやかく言っても仕方が無い。


 カナメがその力を以って、"私達"の想いを否定する様に。私達は私達の想いと力で以って、この夢を終わらせる。

 私はカナメの。私にとって"気に入らない記憶"を全て消し去ってでも。彼女の想いを踏み躙ってまでも、私は、私の欲する物を手に入れる。


 今度は間違えない。

 ……いいえ。何時かこの行いが過ちだったと悔いる日が来たとして。それを背負うだけの覚悟を。

 小さな彼がそうしている様に。もし、過去の行いが間違いになってしまったら、それと向き合って、再び正せるだけの力と意志を持ち続ける覚悟を私は決める。


 「あぁ」

 気の無い返事と共に小屋の中へ消えて行く男の背中を追い、私達は玄関の敷居を跨いだ。

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