第104話
俺なんかよりも、ずっと強く、優しいコグモ。
もう、彼女を子どもだなんて、思えなかった。
彼女の優しく、明るい笑顔を見ていると、胸がドキドキする。
「な、なぁ……。一つ良いか?」
俺はコグモから顔を逸らしつつ、呟く。
「なんですか?」
ちらっと顔を覗いた俺を、コグモの純粋な笑顔が射抜いた。
「お、俺。お前を見て、臆病になるの、辞める事にしたんだ……」
俺の決意表明を、コグモは「はい」と、優しい表情で聞いてくれる。
「そんなにすぐには、変われないと思うが、それでも、変わって行きたいと思ってるんだ」
そう言う俺の視線は、言う事を聞かず、上手く彼女を捉えられない。
「はい」
それでも、彼女は優しい笑顔で答える。
「だ、だからな。この気持ちも、怯えずに、ちゃんと言おうと思う」
心臓がはち切れそうなぐらいに脈打ってきた。
目が泳ぎ過ぎて、グルグルしてくる。
「はい……」
そんな俺を見て、不思議に思ったのか、小首を傾げる彼女。
俺は意を決して、彼女の目を見る。
「お、俺は、お前が好き……なのかもしれない」
最後の方は尻すぼみになってしまったが、重要な部分はちゃんと聞こえただろう。
それを聞いた彼女の顔は、見る見る赤くなっていく。
「す、好きとは、あれですか?!番になりたいと言う好きですか?!」
今度は彼女が混乱する番だった。
「ずっと一緒に居たいと言う意味では、多分、そうだ」
相手がパニックになっているおかげで、こちらは冷静になた。
とは言っても、恥ずかしがりつつ、目を逸らす程度の事はするが……。
「で、でも、ルリ様は、お嬢様のお父様で!!」
度を増してあたふたし始めるコグモ。
その分、どんどんと、こちらが冷静になって行く。
「いや、俺は本当の父親じゃないんだ。……どちらかと言えば、コグモとリミアの関係性に近いと思う」
それなら、問題はないのかと、彼女を見るが、まるで落ち着きがなく、それどころでは無い様だった。
「ま、まぁ、答えはいつでも良いんだ!ただ、その、俺にその気があるって事を、分かってさえいてくれれば……」
「で、でも私!蜘蛛ですし!生殖可能になるのは、もう少し時間がかかりますし!」
「そんな事言い出したら、俺なんて生身の体が無いんだぞ!そう言う、身体的な事は考えるな!俺は、お前の体が欲しいんじゃない。お前と一緒に居たいだけなんだ!」
俺は落ち着かないコグモの肩を髪の糸で抑えつけると、しっかりと目を見て話す。
「そ、そんな事、急に言われても、良く分かりません……」
俺に抑えられたせいで動けなくなったコグモは、両手で顔を覆いながら、モゴモゴと呟く。
「だから、答えはいつでも良いって言ってるだろ……?大切な事だ。ゆっくり考えてくれ」
俺が優しい声でそう言うと、顔は隠したままだが、彼女も落ち着いたのか、小さな声で「はい……」と、答えた。
「………」
両手で顔を隠したまま、動かないコグモ。
「………んじゃ、ゴブリンの所に戻るか!あいつも待ちくたびれてるだろ!」
このままにしておいてはコグモが一生、動きそうもないので、髪の毛の糸で、その腕を引っ張ると、俺達が来た方向へと歩き出す。
……なぁんて、強気な態度を取ってはみるが、今の俺の顔も、告白を否定されなかった嬉しさと、恥ずかしさで、相当ひどい事になっているだろう。
彼女が顔を隠してくれていて良かったと、心の底から思った。




