オズワルド王国の建国祭 下
貴族の挨拶が一段落し、レティシア達は広間の奥に用意された長机で食事をしていた。
ちなみに、レティシアとハーディーンに比べると圧倒的に座高が足りないルーテシアは、玉座の上に台とクッションを追加することでそれを補っている。
執事達がその準備をしている間、レティシアが笑っていない笑みで貴族達を牽制したのは言うまでもない。
長い挨拶で疲れたらしいルーテシアは、微妙に緊張が緩んだ笑みで料理に舌鼓を打っていた。
そのメインディッシュである、王国で年に数頭しか取れない希少な豚のソテーを食べて、ルーテシアが目を輝かせる。
「お姉さま、これおいしい!」
「そうですね」
口ではそう言いつつも、レティシアは以前に比べると感動が薄れていることを自覚していた。
そんな風に感じるのは、やはり自分が使徒となったからか。
使徒となって以来、レティシアは空腹感というものを感じなくなっていた。
空腹感だけではない。
いくら食べても満腹感が生じないし、水を飲まなくても喉が乾かない。
一応食事をすれば食べた感は生まれるのだが、ハーディーンに言わせればそれは人間だった頃の感覚が残っているだけらしい。
それも当然だろう。なぜなら使徒には食事の必要がないのだから。
使徒にとって食事は娯楽の一種であり、生命維持に必須の活動ではない。
だからずっと飲まず食わずでも死なないし、逆にいくら食べてもお腹がはち切れるということもない。
レティシアもどうなっているのか詳しくは知らないが、使徒は体外から摂取したものを体内で完璧に消化してしまうようなのだ。
もっと言ってしまえば、使徒には本来呼吸すら必要ないのだが……それを実践すると本当に人間としての感覚を忘れてしまいそうなので、レティシアは試したことはない。
(ハーディーン様も、ここに来てからは三食きちんと食べていらっしゃいますし、ね)
チラリとルーテシアの向こうを見ると、そこには無表情で淡々と料理を口に運ぶハーディーンがいた。
ただし、その料理はワインとパンと少しのサラダという質素なもので、肉や魚の類は一切含まれていなかった。
なんでも、元より食事を必要としない自分が肉や魚を食べるのは無益な殺生に当たるので、食事をする際は植物由来のものしか食べないらしい。それでも、ここに来る以前は気が向いた時にしか食事をしなかったらしいので、それに比べればだいぶ人間らしくなったのだが。
しかし、幼いルーテシアにその辺りの事情はよく分からない。
「ハーディーンさま、これおいしいよ?」
だからこそ、なんの悪気もなくハーディーンに肉を勧めたりしてしまう。
ハーディーンもまた、ルーテシアに悪気がないと分かっているからこそ、軽く眉根を寄せて微かに困ったような表情をしてしまった。
「我は、肉は食さぬ」
「どうして〜?」
「食したとて己が身の糧とせぬ我が、無闇に命を食すのは悪だからだ」
「? よく分からない」
「む……つまり──」
以前のハーディーンなら、ここで「食べないものは食べない」と言って質問を打ち切ってしまっていただろう。それ以前に、自分の価値観をレティシアにも押し付け、菜食を強要していたかもしれない。
だが、今は多少なりとも価値観の多様性というものに理解を示しており、不器用ながらもルーテシアにも分かるように言葉を尽くしてくれている。
それがとても嬉しいことに感じられ、レティシアは静かに笑みを浮かべた。
レティシア達が食事を終えた頃、ちょうど太陽が地平線の果てに姿を消し、大広間の燭台に火が灯された。
それに伴い、大広間に楽団が入場すると、パーティーの締めくくりとなるダンスの時間が始まる。
一般的なパーティーに比べると全体的に予定が前倒しになっている感があるが、これは今年からの特別措置だ。
理由は単純。我らが女王様が夜8時を過ぎるとおねむになってしまうので、それまでにパーティーを終わらせないといけないからだ。しかし……
「陛下? 大丈夫ですか?」
「ふみゅっ! ら、らいじょうぶれす」
……どうやら、慣れない行事による疲労というものを考慮していなかったらしい。
まだ7時半なのに、ルーテシアはもう限界を迎えてしまっていた。手を取り合いながらくるくると回る貴族達を見ている内に、こっくりこっくりと船を漕ぎ出し、レティシアに声を掛けられてビクッと跳ね起きる有様だ。
だが、今日は普段のお昼寝タイムもなしでずっとパーティーの準備に追われ、本番もずっと緊張続きだったことを考えれば、それも無理ならぬことだろう。
これは、4歳児の体力というものを見誤っていた周囲の大人達のミスだ。
レティシアが自らの失態を悔いていると、それまで黙って貴族達のダンスを眺めていたハーディーンがレティシアの方を向いた。
「お前は踊らぬのか?」
その唐突な質問に、レティシアは微かに片眉を上げながら答えた。
「今のわたくしが下手に殿方と踊れば、色々といらぬ憶測を呼びますからね。今日のところはやめておきます」
「いらぬ憶測というのは、お前の新たな婚約者ということか?」
「……まあ、端的に言えばそうですね」
「そうか……」
そう言ってゆっくりと頷いた後、ハーディーンは静かに席を立つと、レティシアの隣に立って手を差し出した。
「では、我とならどうだ?」
「……はい?」
「我と踊ってくれぬか?レティシア」
「はっ!?」
いや、今の話聞いてました!?
そう言おうとして、聞いていたからこそだと気付く。
ハーディーンは全て理解した上で、レティシアをダンスに誘っているのだ。
それは、つまりそういうこと。
ハーディーンの方に、そういった憶測を呼ぶことを拒む理由はないということ。
それは、ダンスの誘いという形を取った求愛に他ならなかった。
ハーディーンの真っ直ぐな瞳に、レティシアの頰に朱が差す。
その目を直視できずに、視線をテーブルの上で彷徨わせながら、レティシアは平静を装って言った。
「踊るも何も……ハーディーン様は我が国のダンスを知らないでしょう?」
「問題ない。今見て覚えた」
随分と熱心に見ていると思ったら、どうやらそういうことだったらしい。
しかし、ダンスを覚えたからといって、すぐにその通りに体を動かせたりはしないということは、レティシアもよく知っていた。
だからこそ、それを理由になんとかハーディーンの誘いを躱そうとした……のだが、そこで思わぬ援護射撃が放たれた。
「あっ、ルーもお姉さまとハーディーンさまがおどっているところ、見た〜い」
「!!?」
射手は、ついさっきまで意識を飛ばし掛けてた妹様。
キラキラと輝く紫色のおめめがレティシアを見ている。
普段のレティシアなら、この時点で早々に白旗を上げていたかもしれない。
しかし、今はそう簡単に頷くことが出来なかった。
なぜなら、ちょうど楽団が奏でる曲が最後の一曲に差し掛かっていたからだ。
ただ踊るだけならまだしも、まるで狙いすましたかのようにラストダンスだけをハーディーンと共に踊る。
そんなのもう、憶測の域を超えて確定情報ではないか。むしろ、「私達、そういう関係で〜す」と周囲に喧伝してるようなものではないか。
恐らくルーテシアもハーディーンも、ラストダンスが持つ意味など知らないのだろうが、そんなことは関係ない。
重要なのは、それを見た周囲の人間がどう解釈するかなのだから。だからこそ、ここで自分達の中を誤解させるような行動は厳に慎まなければならない。たとえ、最愛の妹の笑顔を曇らせることになろうとも。
しかし、レティシアがなんとかダンスを回避する方法を考えている間に、ルーテシアが核ミサイル並の威力を持つ第2射を放ってしまった。
「みなのもの! これより、おね……わがほさやくと、ハーディーンさまがダンスをおどられる! ばしょをあけよ!!」
女王の命と、その内容に驚いた貴族達は、ダンスを一旦中断してザザッと広間の中央を開けた。
そして、壇上から広間の中央まで、あっという間に一直線の道が出来た。もう、逃げ道はない。
この所業には、さしものレティシアもルーテシアに咎めるような目を向け……期待に満ちた無垢な笑顔に迎撃されて、あっさり撃沈した。
どちらにせよ、ここまで注目を集めては仕方ない。
ここで拒否すれば、待っているハーディーンにもお膳立てしたルーテシアにも恥をかかせてしまう。
(そう! これはルーの顔を立ててのことだから! 仕方ないから受けただけなのよ!)
内心で誰にともなく言い訳をしながら、レティシアはハーディーンの手を取った。
そして、貴族達の間を通り抜けて広間の中央に進み出ると、正面から向かい合った。
(仕方ないわ……ルーの面子を潰さないためにも、無難に終わらせるとしましょう。そう、ルーのためにっ!)
そして、まるで挑むようにハーディーンの顔を見上げ──いつになく穏やかな笑み、愛おしげに細められた金色の瞳に迎撃され、ビシッと完全に硬直した。
その一瞬を狙った訳でもないのだろうが、ちょうどそのタイミングで最後の曲が始まった。
完全に固化していたレティシアは、一瞬出遅れてしまう。
(しまっ──)
しかしその瞬間優しく手を引かれ、自然と足を踏み出した。そのまま、何事もなかったかのようにダンスに入る。ハーディーンが何気ない動作で、完璧にレティシアをリードした形だ。
ダンス初心者に、それもハーディーンにフォローされるという事態に、レティシアの頰がカッと熱を持った。
つい八つ当たり気味にハーディーンをキッと睨んでしまうが、しかし変わらず愛しむような笑みに迎えられて視線を逸らす。
せめてもの抵抗で、わざと大胆なステップを踏んでみるが……ハーディーンは初心者と思えない臨機応変さで対応し、その大胆さを優雅さに変換してしまう。
まるで利かん坊を優しく諭す大人のような対応に、自分やっていることの幼稚さを指摘されたような気分になり、レティシアは子供染みた反抗をやめた。
渋々ながらもハーディーンのリードに身を任せれば、まるで羽根のように軽やかに体が動く。
そのことに不思議な安心感と高揚感を覚え、チラリと顔を上げれば、ハーディーンのとろけるような笑みに迎えられてしまい、慌てて顔を伏せる。自分の頬が熱を持ち、心臓が早鐘を打っていることがはっきりと分かった。
元々、レティシアはハーディーンのことが嫌いではない。
あそこまではっきりと好意を示されて、嫌いになる理由がない。言い寄られるのが本当に嫌ならば、もっとはっきりと拒絶している。
嫌いではないが……どうすればいいのか分からないというのが正直なところなのだ。
甘い汁を吸おうと打算で近付いて来る貴族ならば、適当にあしらえる。火遊び目的で下心丸出しで近付いて来る馬鹿な男なら、平手打ちの1つでも食らわせてやればいい。
だが、打算も下心もなく純粋に好意をぶつけてくる相手には、どう対処すればいいのか。
恋愛経験皆無なレティシアには、それが分からないのだ。
分からないなら分からないなりに、黙って受け入れればいいのかもしれない。だが、レティシアはそもそも自分がハーディーンを好きなのかどうかさえ分からないのだ。
受け入れていいのかどうかも分からず、なのに向こうからグイグイ来られるものだから、つい突き放すような態度を取ってしまう。まだ受け入れ態勢が整っていないのにいきなりキスを迫られて、思わずビンタを見舞ってしまうようなものだ。
しかし、ハーディーンも特に何も言わないので、いつの間にかそんな塩対応が常態化してしまっている……それが、この2人の関係の真相だった。
だが、今はそんな風にハーディーンの好意を躱すことが出来ない。
そんな誤魔化しをしてはいけない。自然と高鳴る鼓動の中、レティシアは強くそう感じた。
そんな2人に、貴族達は踊ることもなくぼうっと見惚れていた。
優雅に舞う白と黒。対照的でありながら、まるで比翼連理の一対のようにこの上なく調和が取れているように見える。
年頃の令嬢はほうっと陶然とした息を零し、年若い子息子女は純粋な憧れに瞳を輝かせた。
それは、この状況を作った幼女王も例外ではなく──
「うわぁ、お姉さまとハーディーンさま、すごくきれい」
先程までの眠気はどこに行ったのか。
玉座の上で興奮したように体を揺らしながら、その瞳をキラキラと輝かせた。
そんな彼女に、近くに控える護衛騎士やメイドも笑みを浮かべる。
そして遂に曲が終わり、永遠に続くかに見えたダンスも終わりを迎える。
それと同時に、会場中から2人に向かって万雷の拍手が送られた。
その中心で、レティシアはハーディーンと向かい合ったまま、ぼんやりとその美貌を見詰めていた。
ハーディーンもまた、そんなレティシアを愛おしげに見詰めながら……そっと、熱く囁いた。
「レティシア……今夜は、お前を離したくない」
「……え」
* * * * * * *
興奮冷めやらぬ会場を後にして、レティシアはハーディーンに連れられて王城の廊下を歩いていた。
頭の中では先程のハーディーンの言葉がぐるぐる。
本当はルーテシアの補佐を理由に逃げようとしたのだが、なぜかに妙にいい笑顔をしたメイド達にその役目を奪われ、強制的に広間から追い出されてしまったのだ。
そして、今は2人でレティシアの私室に向かっている。これまたなぜか、ここに至るまで使用人の1人もおらず、レティシアは1人、かつてない混乱と葛藤に苛まれることになった。
(は、離したくないって……そんな、わたくしは王女。結婚もせずにそんな……いえ、もう王女じゃなかったわ。だったら……って、それでもダメでしょう!!)
そう思い、キッと顔を上げるが──
「ん?」
「~~~~!?」
いつもの無表情はどこへやら。
心底幸せそうな笑みを浮かべたハーディーンに小首を傾げられ、レティシアは額から首元まで一気に真っ赤になった。
結局何も言えずに顔を伏せながら、またしても頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。
(な、何よあの顔……あんなの、何も言えなくなってしまうじゃない! ああでも、もし、こ、子供が、出来てしまったら……うん? そもそも使徒って子供作れるのかしら?)
ふとそんな疑問を抱いた瞬間、突如吹いた夜風に乗って、レティシアの耳の奥で「作れるぞ〜」という声が響いた。
(……わざわざありがとうございます、ルドレアス様。ですが、今は黙っていてください!!)
脳内でそう絶叫しつつ、小さいルドレアスを思いっ切り殴り飛ばす。
しかし、もたらされた情報で、よりレティシアの内心の混沌は深まる。もう色々な感情が入り乱れてぐっちゃぐちゃだ。
(ああぁぁぁーーもうっ、どうすればいいのぉぉーー!!)
頭の中で黒いルドレアスが「作れるぞ〜(エコー)」と囁き、白いハーディーンが「お前を離したくない(耽美なエコー)」と囁く。
……とりあえず2人とも殴り飛ばした。ルドレアスに関しては二度と戻って来ないよう念入りに吹き飛ばした。
しかし、そうこうしている内に2人はレティシアの私室に着いてしまった。
見慣れた部屋のはずなのに、隣にハーディーンがいるだけでなんだかいつもと違うように見える。
自分の唾を飲み込む音が、レティシアの頭の中でやけに大きく響いた。
しかし、この流れはマズイ。
このまま流されてしまってはダメだ。一回ハーディーンから離れて冷静にならなくては。
何か、何かないか……
「あ……ゆ、湯浴みをっ。湯浴みをさせてください!」
咄嗟にそう言ってしまってから、「あら? この状況で湯浴みって、まるで何か期待しているみたいでは?」と思い至り、レティシアはギシッと硬直した。
しかし、ハーディーンはそんなレティシアの自問に気付くこともなければ、レティシアに戦略的撤退を許すこともなかった。
「使徒服を着ているのだ。そんなものは不要だろう」
そう言うと、そのままレティシアを伴ってベッドに向かう。
確かに、使徒服は下界のあらゆる穢れを寄せ付けないので、これを着ている限り使徒は汚れるということがない。
むしろ「湯浴みをする」=「使徒服を脱ぐ」ことになるので、心情的にはともかく実際にはそちらの方が却って汚れる。
しかし、そんな事情は今のレティシアには関係ない。
関係ない、のだが……それをどう説明したものか。
考えている間にスッと体を持ち上げられ、ベッドに寝かされてしまった。
「ちょっ──」
何を言うか考え付かないまま反射的に声を上げつつ、ベッドの上で上体を起こす。
しかし、その時には四つん這い状態のハーディーンが目の前までにじり寄ってきていて、レティシアは絶句してしまった。
「レティシア」
「~~~~!!」
そしてトドメに、至近距離から優しく名前を呼ばれる。
その声に、レティシアはギュッと目を瞑りつつ──
「優しく、してください……」
辛うじてそれだけを、喉の奥から絞り出した。
そして、固く目を閉じたまま、ガチガチに緊張したレティシアの額に、柔らかな感触が触れ──
「おやすみ、レティシア」
そう耳元で囁かれ、すぐ隣でベッドが軋んだ。
「………………え?」
十数秒が経過してからレティシアが目を開ければ、ハーディーンはもう目の前におらず、自分の隣に横たわっていた。その目は閉じられ、静かに寝息を立てている。
それを確認して、レティシアは目をパチクリさせる。
(……え? さっきので終わり? ……離したくないって……え? じゃあ、わたくしの早、とちり……?)
呆然とそう考え、拍子抜けすると同時に、レティシアの頰がじわじわと赤くなり始めた。それが羞恥によるものなのかそれとも怒りによるものなのか、答えはレティシアにも分からない。
そして、その肩がわなわなと震え、全身からバチバチと紫電が放たれ始める。
至近距離から聞こえる不穏な音に、ハーディーンがうっすらと目を開けた。
「し、しし、し──」
「……レティシア?」
「死になさいっ!!!!」
乙女の絶叫。そして放たれる極太の雷撃。
その一撃はハーディーンを呑み込んで窓をぶち抜き、王都の夜天を真っ直ぐに引き裂いた。
突然の轟音と閃光に、王都の民は何事かとざわつく。
しかし、その閃光が消えた先。王都の外に落ちていく白く輝く人影を見て、なんとなく事態を察し、妙に優しい気持ちでそれぞれの営みに戻った。
……王都の民も、そしてレティシアも気付いていない……というか知らないことだが、実は太陽神の使徒であるハーディーンは、日没後は日中に比べると著しく力が落ちる。
それに加え、レティシアの一撃はその荒れ狂う胸中を反映し、ただの照れ隠しとかいう域を大きく逸脱した威力になっていた。
つまり何が言いたいかというと、その2つが重なった結果、哀れハーディーンは、何があったのかもよく分からないままに一撃で意識を奪われてしまったのだ。そして王都の外の草原で、全身から煙を上げつつ、夜明けが来るまで白目を剥くことになるのだった。
「信っじられない!ホンット、信じられないっ!!」
一方、そんな事情は知らないレティシアは、荒れ狂う心情のままに部屋を飛び出し、荒々しい足取りで当て所なく城内を彷徨っていた。
すると、ちょうどそこに私室に向かうルーテシアがやってきた。
メイド達に付き添われながら、眠い目をくしくししながら歩いていたルーテシアは、レティシアの姿を見てふにゃっとした笑みを浮かべた。
「あ、おねぇさまぁ」
「……ルー」
そしてぱたぱたと駆け寄り、そこでレティシアがいつになく険しい顔をしているのに気付いた。更に、一緒に出て行ったはずのハーディーンの姿がないことにも気付く。
「……お姉さま、ハーディーンさまは?」
「……」
コテンと首を傾げながら問い掛ける妹に、しかしレティシアは答えず、ただ眉間のしわを深くした。
そんなレティシアを、ルーテシアは不思議そうに見詰めていたが……やがてポンッと手を打つと、反対側に首を傾げながら問い掛けた。
「お姉さま、ちわげんか?」
「ルー? どっこでそんな言葉を習ったのかしらぁ?」
先程のハーディーンの一件もあり、レティシアのその追及にはいつになく迫力があった。
これにはルーテシアも素直に答えざるを得ない。
微妙に表情を強張らせながらも、ルーテシアは「わ、わからないの」と答えた。
「分からない?」
「うん……あのね? ときどき、かぜにのってこえがきこえるの。おじいさんのこえが……」
「ありがとう、ルー。お姉様ちょっと神界に行ってくるわ」
それを聞いたレティシアは実にいい笑顔を浮かべると、一陣の風と一筋の閃光と共に、その場から姿を消した。
* * * * * * *
「はっはっは、随分と使徒としての生を謳歌しておるようではないか」
「ええ、お陰様で。最近ではルドレアス様のお力もだいぶ扱えるようになりましたわ」
「ほう、それは何よりじゃのう」
「本当に。今ではこんなことも出来るようになったんですよ? そ~っれ!」
ドッ、ゴガアアァァァァン!!! バリバリバリィッ!!!!
「お、おお……なかなかやるのぉ。じゃが、少々狙いが大雑把じゃの。これでは簡単に避けれてしまうぞ?」
「まあまあ、そう言わず。己が使徒の成長をその身で実感してくださいな」
「はっはっは、肌ではビリビリ感じておるよ。正面から受ける気はないがの」
「ふふふ、ところでルドレアス様? 最近信者が増えたそうではないですか?」
「おお、そうじゃのう。この前わしの聖地に祭壇が作られたわ」
「それはそれは……しかし自分で言うのもなんですが、それってわたくしのおかげですよね?」
「ふむ、まあそうじゃのう」
「だからせめて一発殴らせろ」
「遂に本音が出たな。だが断る!!」
* * * * * * *
「おいおい……あれってこっち来るんじゃないのか?」
「ルドレアス様……ここ千年くらいは大人しくしてらっしゃったのに……」
「おい、誰か止めろよ」
「ムリムリ。あんなん死ぬわ」
「む? ……あれは、まさかルドレアス様ではなく、使徒なのか?」
「本当に? まったく……なんでルドレアス様の使徒はあんなのばっかりなのかしら」
「……まあ、使徒は神に似るということだな」
「おい、いいから早くソロイアス様をお呼びするぞ。あんなの放置してたら神殿が十個単位で吹っ飛ぶわ」
* * * * * * *
……翌朝、朝日が昇ると同時に、幸いハーディーンは復活した。
そしてその後の聴取で、ハーディーンにまさかの10歳児並の性知識しかないことが判明。急遽、王家に仕える執事によって、ハーディーンに対する性教育が行われることとなった。
しかし、そういった事情を踏まえてなお、レティシアの(思わせ振りなことをしたハーディーンと、なんだかんだ流されてしまった自分に対する)怒りは収まらず、加えて、全てを理解したハーディーンが、レティシアに対して「ではあの夜、お前はそういうつもりだったのか?」という、デリカシーの欠片もない質問をしてしまったこともあり……ハーディーンは、レティシアに無期限の半径10m以内接近禁止命令を出されてしまうのだった。




