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使徒のお仕事

短編『処刑されたと思ったら神の使徒になってました』の後日談集です。

8話限定で短期集中連載します。

 所々でひび割れ、緑もまばらな大地。

 その中心で、多くの護衛と従者に囲まれながら瞑目する1人の少女がいた。

 黒紫色の翼を持ち、同色の神秘的な衣装に身を包んだ彼女は、嵐の神ルドレアスの使徒レティシア。この国の元第一王女であり、現在は女王補佐という地位に就いている。


 彼女がここに来たのは、干ばつに悩むこの地域を救うため。自らが持つ嵐の神格で、水不足に苦しむ民を救おうというのだ。

 しかし、これが思った以上に難しい。


 元々レティシアが持つ嵐の神格は、轟雷、暴風、豪雨の3つの要素からなる。

 今回必要なのはその中の豪雨……というか雨の力なのだが、3つの中からこれだけを単体で、しかも1つの地域を覆うほどの広範囲に、それでいて威力は弱めて使わなければならない。その微妙な力加減が、非常に難しいのだ。

 なにせ元が神の力。うっかり加減を誤れば、滝のような雨で地上の全てを押し流しかねない。

 まだ使徒となって日が浅いレティシアにとっては、これは極めて難易度が高い試みだった。


 だがしかし。

 レティシアは3時間にも渡って並外れた集中力を発揮し、ついに成し遂げた。


 見渡す限りの空を薄く雨雲が覆い、やがてポツポツと雨が降り始める。

 乾いた大地を潤す神の御業に、遠巻きに様子を伺っていた護衛達が感嘆の吐息を零し、集まっていた近隣の村の村長達が歓声を上げた。そして、誰からともなくその場に両膝をつき、レティシアに向かって祈りを捧げ始める。


「……ふう」


 その中心でレティシアがゆっくりと目を開けると、レティシア付きのメイドであるシェイナが、護衛達の間を通り抜けて素早く近付いてきた。

 彼女はレティシアに幼少期から仕えるメイドであり、レティシアが処刑された後は王宮を辞して実家に戻っていたが、レティシアが使徒として舞い戻ったのをきっかけに再び側に仕えるようになったのである。


「お疲れ様です、レティシア様」


 そう言って、シェイナはレティシアに傘と飲み物を差し出した。


「ありがとう、シェイナ」

「随分、苦労されてましたね」

「ええ、思ったより時間が掛かったけれど、これ、で──」


 満足気に周囲を見回していたレティシアの声が、ある方向を見た途端尻すぼみに消える。

 釣られるようにシェイナもレティシアの視線の先を見て……すぐにその理由に気付いた。


 北東の方向から、こちらに向かって一直線に雨雲に切れ間が生じ、陽光が差し込んでいる。

 自然現象ではありえない。自然に生じた雲の切れ間にしてはあまりにも真っ直ぐ過ぎるし、そもそも神の御業で生み出した雨雲がこんな一瞬で晴れるわけがない。

 そう、こんな現象が起こるとしたら、それは──


「レティシア」


 地上に光の道を作りながら、天から純白の翼を持った青年が舞い降りた。

 彼の名はハーディーン。太陽神ソロイアスの使徒であり、今は愛するレティシアのために王国各地を奔走している恋のしもべだ。


「喜べ、北方でのさばっていた麻薬組織は1人残らず捕縛したぞ」


 ハーディーンが笑みを浮かべながらそう言うと、彼を中心に雲が晴れ、周囲一帯にぱあぁぁっと陽光が降り注いだ。


 さながらスポットライトのように、雨雲に開いた穴から降り注いだ光によって照らし出されたレティシアの顔は──これ以上ないほど、引き攣った笑みを浮かべていた。


 愛する少女の予想と異なる反応に、ハーディーンがおや? と首を傾げる。

 すると、次の瞬間レティシアがスッと引き攣った笑みを引っ込め──


「ハーディーン様!! 邪魔なので帰ってください!!」


 全ての鬱憤をぶつけるように、思いっ切り叫んだ。


 その怒声を受け、ハーディーンは目を見開いてのけ反った。しかし、すぐに上体を戻し……そのまま実に分かり易く項垂うなだれた。その顔から見る見る生気が失われ、目が虚ろになっていく。


「邪魔……我が、邪魔……」


 そして、完全に死に切った表情できびすを返すと、王都に向かってふらふらと飛び始めた。


 ……ふらふら、ふらふらと。とてもゆっくりと飛んで行く。



 ……ふらふら……ふらら~~……



 ……ふらっ…………ふらふら……



 ふら……



「あぁーーーもうっ! うっとおしい!! さっさと行きなさい!!」


 いつまで経っても雨雲の範囲内からいなくならないハーディーンに向かって、レティシアが思いっ切り右腕を振るった。


 すると、たちまち巻き起こった突風があっという間にハーディーンを呑み込み、一瞬で地平線の彼方まで吹き飛ばした。


「はあっ、もうっ!」


 部分的に晴れてしまった空を忌々しげに見上げながら、未だに収まらない苛立ちを吐き出すように、レティシアが荒々しく息を吐く。今の気分はさながら、苦労して完成させた絵画にインクでも零されたような気分だった。

 すると、側にいたシェイナがクスクスと笑みを漏らした。


「……どうしたの?」

「いえ……レティシア様は、本当にハーディーン様のことがお好きなのですね」

「……どこをどうしたらそういう話になるの」

「どうしたらも何も、レティシア様があのように遠慮のない態度を取られる殿方は、ハーディーン様だけではないですか」

「っ」


 幼少から見知った仲の、レティシアにとっては姉にも等しい存在であるシェイナにそう言われてしまえば、レティシアは何も言えなかった。


 たしかに、かつての婚約者であるルージット相手でも、あのような態度は取ったことがない。

 いや、そもそもレティシアが完璧な淑女としての仮面を外す相手など、亡き母を除けば異母妹であるルーテシアと、目の前にいるシェイナの2人だけだ。……だけだった、はずだ。

 それが、いつの間に……


「んんっ!」


 強引に思考を断ち切るように、レティシアはわざとらしく咳払いをした。


「さて、邪魔者もいなくなったことですし……もう一度やり直しましょうか」

「よろしいのですか? 少し休憩された方が……」

「大丈夫。さっきの感覚を忘れない内に、もう一回やった方が早いわ」

「畏まりました」


 そう言うと、シェイナは頭を下げて戻っていく。流石に長い付き合いだけあって、引き際はきちんと心得ているらしい。

 その後ろ姿を見送ってから、レティシアは再び目を閉じ、集中し始めた。


 ……しかし、そうは言ったものの一度切れた集中はなかなか戻らず、せっかくの苦労を台無しにされたことによる精神の乱れを落ち着かせるのにも時間が掛かり……また、


(……少し、冷たくし過ぎたかしら? ハーディーン様は元々、わたくしの為に頑張ってくださったのに……わたくしったらついカッとなって……)


 苛立ちが収まってくるにつれ、そんなことをつらつらと考えてしまい……結局、レティシアがもう一度神威を発現させるには2時間半もの時間が掛かった。


「ふぅ……」

「お疲れ様です、レティシア様」

「ありがとう。シェイナ」


 そう言って飲み物を受け取りながらも、レティシアはどこか落ち着きがない。何か気掛かりなことがあるようで、シェイナと何もない空中との間でチラチラと視線を彷徨わせていた。

 しかし、数秒の逡巡の後、レティシアは躊躇いがちに口を開いた。


「あの……わたくし、ハーディーン様に……」


 あまり覚えのない主人の姿に内心首を傾げていたシェイナだったが、その不安と後悔のにじむ声を聞いて、すぐに全てを察した。


「大丈夫です。きちんと謝れば、必ずハーディーン様は許してくださいます」


 微笑みを浮かべながらそう断言すると、レティシアがパッと顔を上げた。

 そして力強く頷くシェイナを正面から見ると、またしても視線を逸らしながら「そ、そう……」と呟く。


「そう、よね……うん。それじゃあシェイナ、わたくし、は……」


 そう言い掛けたレティシアの声が、ある一点を見詰めて再び途切れた。

 「まさか、またハーディーン様が!?」と慌ててシェイナが振り向くと、そこにはこちらに向かってくる一騎の衛兵がいた。

 酷く慌てた様子で向かってきたその騎兵は、当然のようにレティシアの周囲を囲む護衛騎士に止められるが、それを気にした様子もなくその場で声を上げた。


「た、大変です! 空が、急に暗く……っ! 太陽が、欠けております!!」

「……はい?」


 レティシアは、その報告に首を傾げ……すぐに事態を察すると、ピクピクと眉根をひくつかせた。


「ホンットにメンドクサイわね、あの太陽神の使徒……っ!」


 そして、隣にいるシェイナにだけ聞こえる声量でそう毒づくと、呼び寄せた騎士達に最低限の指示出しをして、その場から一気に飛び立った。

 その姿は、疾風迅雷という言葉を体現するかのような速度で、あっという間に王都の方向へと消えていく。


「……大丈夫でしょうか、ハーディーン様」


 心配そうに呟く騎士に、残されたシェイナは頭上を見上げながら言った。


「大丈夫でしょう。口に出しているほど、実際には怒っていらっしゃらないようですし」


 見上げた空に、雷の兆しはない。

 それどころか、いつの間にか雨はどこか温かく、優しく地面に降り注いでいた。



* * * * * * *



 ──そして、王都



「な、なんだ? なんだ!?」

「た、太陽が! 神の怒りだ!!」

「……いや、神の怒りじゃなく、使徒の落ち込みじゃね?」

「俺、さっきハーディーン様が肩を落としてふらふら王宮の方に飛んで行くの見たぞ」

「なぁんだ」

「驚かせやがって」

「お~い、ちょっと明かり持ってこい」

「うぃっす」

「あ、ウチもウチも」

「まったく、しゃーねーなぁ」



* * * * * * *



「それでだな? すぐに拘束したいのを何日も我慢して、ようやく奴らを一網打尽にしたのだ。……我、すごく頑張ったのに……レティシアは──」

「もうっ! ハーディーンさまうるさい!! ルーは今おしごと中なの!!」

「!!?」



* * * * * * *



「あれ? なんか一気に欠けたぞ?」

「うわぁ、真っ暗じゃねぇか」

「女王様に止め刺されたんじゃね?」

「あ~ね」

「ん? あれ……レティシア様か?」

「え? どこ?」

「ほら、あそこ──って、もう王宮の方に行っちまったよ。速ぇなぁ」

「ん~~、まあレティシア様が帰って来られたなら、そのうち明るくなるだろ」

「そだな」

「さ~って、仕事戻るべ」

「うぃ~っす」




 ……その後、しばらくして王宮に一発の落雷が落ち、まもなく太陽は元の輝きを取り戻した。しかし、もう王都民は大して気にもしないのだった。

 なべて世は事もなし。今日も王都は平和だった。

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夫婦喧嘩じゃん。 仲良く喧嘩してろい。
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