June bride
嬉しいわ、やっとこの日が来たわ。
ずっと、ずっと、この日を待っていたの。
明日私達は、やっと結ばれるのね。
嬉しくて嬉しくて、心がふるえているわ。
この気持ち、分かってくれる?
神様の前で、永遠の愛を誓って。
皆から祝福されて……。
でもね、本当は式なんてどうでもいいの。
あなたと永遠に結ばれる。
それだけでいいの。
世界中で一番大好きな人と、一生一緒にいられる。
なんて、素敵なことかしら。
なんて、素晴らしいことかしら。
ありがとう、私を選んでくれて。
たったそれだけのことが、私にとって、どれだけ嬉しいことなのか……。
あなたに分かる?
ずっと、この日を夢見ていたのよ。
本当に夢みたい。
心に花が咲いたみたい。
ほら私、双子でしょう?
それでいつも、妹と比べられていたの。
小さな頃からずっと。
仕方がないのだけれど、
同じ顔立ちなのに、
明るい妹はいつも人気者でね。
だから、あなだが私を選んでくれたこと。
とても、とても嬉しいの。
あなたにとって、私は特別な存在。
それだけが、本当に嬉しいの。
……でもね、ちょっと聞いてくれる?
どうしてもあなたに、聞いて欲しい、の。
……あれは、小学校低学年の頃だった。
ある日のことよ、叔父が遊びに来たの。
ああ、そうだった!
その一ヶ月ほど前に、叔父は私と妹を連れて公園へ行ったのよ。
……春だったわ。
そこに、一面のれんげのお花畑があったの。
クローバーと白いお花。
たくさんの、クローバーと白いお花。
……叔父は、私たちの、写真をとったの。
そのときの写真を、雑誌社に投稿したら掲載された、と言って雑誌を持って来たの。
そこに載っていたのは、妹一人だけの写真だった……。
叔父も母も、とても嬉しそうだった!
妹と三人で話に夢中だった!!
私はお茶を淹れたの。
母に教わった通りに、ちゃんと淹れたのよ。
……でも人数分の湯呑みは、当時の私には重たかったの。
それだけなのに、酷く叱られたの。
人気の雑誌で、本屋に一冊しか無かったらしいのよ……。
それからね、小学生の中学年のときにね、酷く雨が降ったことがあったの。
今日の雨なんかより、もっと、もっとよ。
帰り道の途中の、公園の電話ボックスにね……。
そう! 懐かしいわよね、電話ボックス!
昔はよく見かけたわよね。
そこにね、子犬が捨てられていたのよ。
とても肌寒い日だったわ。
刺すような雨だったの。
子犬は震えながら、弱々しくか細い声で鳴いていたっけ。
私は、この子を助けられるのは私しかいない! と思ったのよ。
湿り気を帯びている、動物らしい匂いを放つその子を抱き抱えることは、服が汚れることを意味するの。
私はいつも妹とお揃いの服を着せられていたんだけど、少しでも服を汚すと母になじられたのよ。
それでも構わなかった。この、小さな命が助かるならば……。
びしょ濡れで帰った私は叱られたわ。叱られて、叱られて。
でも妹が庇ってくれて……、それでおしまい。
私はお礼に、妹に子犬の名前を付けさせてあげたの。
可愛らしい名前を妹が閃いて、子犬は直ぐに家族の一員になったわ。
……でもね、気づいたら子犬は私より妹になついていたの。
雨の日に、びしょ濡れになって、助けたのは誰!?
母や父に叱られながら、その命を救うべく守ったのは誰!?
私は数日後、子犬を散歩に連れ出して……。 人気の無い林の中に、丁度良い石があったのよね。
本当に丁度良い石だったの……。
家に帰った私は、「逃げちゃった」と家族に言ったのよ。
ただ、それだけの出来事なんだけどね。
年頃になった頃私は、一つ上の先輩に恋をしたの。
部活動も勉強も頑張ってらっしゃる、物腰の控えめな、でも気さくな、大人っぽい男性だったわ。
私は委員会が一緒だったから、ご一緒させて頂く機会に恵まれたの。
やだわ! 妬いているの?
その先輩が今はどうしているか、なんて。
知るわけないじゃないの、私にとっては大昔のことなんですからね。
そんなにショックだったの?
心配しないで、その先輩はね、ある日突然いなくなっちゃったのよ。
人気のある先輩だったから、哀しんでいる人は多かったわ。
あちこちに『たずね人』のチラシが貼ってあったの。
でもね。
これは家族だけの秘密なんだけど、先輩がいなくなった日、先輩はうちに来たのよ。
……妹を呼び出したの。
二人は玄関の前で何か話をしてたの。
妹は頬を赤らめて、瞳がうるんでいて、とても綺麗だった。
先輩の声は上ずっていて、いつもの堂々とした先輩じゃないみたいだったわ。
えっ? 何でそんなことを知っているのか、ですって?
だって知っているでしょう?
私の部屋は玄関の真上にあるのよ。
窓から声を聞けば、誰の声かすぐ分かるわ。
憧れてる先輩の声だもの、聞き間違えたりなんかしない。
二人は家の敷地の外の、街灯の下に移動したわ。
私はカーテンに隠れながら、ちょっと覗いただけよ。
妹と別れて、先輩は帰って行ったわ。
妹ったら、先輩を見送りもせず、顔を赤くしてすぐに部屋へに戻っていったの。
私は、数学のノートを使い終わりそうなことに気がついて、慌ててコンビニに買いに行ったのよ。
……ただ、それだけのことなんだけれどね。
ふふっ。
えっ? 何でもないわ。
そうよ、何でもないのよ……。
それからは二人で女子高に進学したの。
まあ、前に話したわよね、これは。
大学は別々のところへ進んだわ。
お互いの文化祭は遊びに行った。
そしたらね、ある日、妹の大学の男の子から呼び出されて告白されたの。
私は有頂天になったわ。
……いやあね、妬いてるの? そんな顔しないで。
だって、妹のすぐ近くの人が私を選ぶなんてこと、それまで無かったんだもの。
でもね、ある日彼が、私の家にいきなり来てたの。
私はその日、アルバイトが急にお休みになったのよ。
家の玄関に彼の靴があって、驚いてそうっと家に入ったの。
そしたら居間で手を取り合い、熱く見つめ合う二人がいたの。
彼は言ったわ、「君のお姉さんと付き合ったのは、君に近づくためだった」って。
私の落胆が分かる!?
誰も私を認めてくれなかった!
ただの一人も、私を愛してくれなかった!!
いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつもっ!!!!
でもね、その人も、いなくなっちゃったの。
ある日突然。
やあね、知らないわよ。何も。
私と彼は違う学校だったんですからね。
一緒にいられる時間なんて、ほとんどなかったもの。
妹は大泣きに泣いてた。
私? そんなに泣かなかったわ。
あのシーンを見た後ではね。
そうよ、あのシーンの方が、よっぽどショックだったんですもの。
……でも、いいの。
あなたがいるわ。
今までの何もかもが、あなたノため二あったノヨ…………。
モウ離レ、ナイワ……。
コノ世界二、たダ、ヒトリのヒト……。
ハナ、……サナ、イ、……カ、ラ……。
ジューンブライドと言いつつ、7月になってしまいました……。