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舞台裏の報告会

 領主アレクスターは、王都で行われた定例の会議の後、いつものように馬車で自領へと戻る途中だった。いつもなら箱馬車の揺れに愚痴を漏らしながらも何事もなく通り過ぎる街道でグレートウルフの襲撃を受けたのだった。


 随伴の騎士二名がみるみるうちに倒された。

 アレクスターの乗る箱馬車は、領主が乗るものだけあってそれなりの頑丈さを持っていたので中にに籠もっていればアレクスター自身は安全ではあったものの、自らに仕える前途有望な騎士たちの命が散らされていくのを、成すすべもなく見ているだけなのは歯がゆいものだった。


 しかし、一人の闖入者によって騎士たちの命は救われ、アレクスターともどもこうして無事に館へと戻ってくることができたのだった。


 闖入者の少女に助けられたことは現場の報告ですぐに理解したが、馬車の中にいたアレクスターには、現場でなにが起きたのか詳細までは把握できていなかった。

 現場は混乱していたし、様々な判断から詳細な報告は後回しとしてアレクスターは館への帰還を最優先としたのだった。


 アレクスターは騎士たちを引き連れて、急いで執務室に入った。椅子に座る時間ももどかしく、騎士たちに報告を求める。


「一体、馬車の外で何があった。詳しく報告をせい」

「はっ。急に森から飛び出してきた巨大なグレートウルフに襲われ応戦するも、力及ばず私は先に倒れました……そこからは、エドワード」

「ガラッドが倒れ、私の命ももはやこれまで。その時あのお方が現れ、我らを救ってたもうたのです!」


 エドワードが興奮気味に報告するが、アレクスターには意味不明だ。


「要領を得んな。何があった? あれは年端も行かない少女だぞ。お主らが太刀打ちできなかったグレートウルフに対抗できるとはとても思えぬが」

「あのお方の慈愛の御心が魔物めにも通じたのです!」


 一見して上等な衣服をまとった少女サクラはとうてい村娘には見えなかった。

 どこかの貴族の館にでもいるような、荒事には向いていなさそうなか細い少女である。白い肌に美しい指先は、力仕事などしたことがないことを示している。

 騎士が二人がかりで太刀打ちできなかった魔物を何とかできるとも思えない。


「あのお方はグレートウルフを退けた後、あっという間に我らを治癒魔法で癒したもうたのです」

「そこからはこちらからも見えておった。遠目にもガラッドは重傷のように見えたが」

「はっ。腕の動脈を食いちぎられて瀕死の重傷でした。これをご覧ください」


 ガラッドはグレートウルフの攻撃を受けた腕を見せる。腕部を守っていた金属鎧は食いちぎられ、無残な状態だった。

 しかし、鎧の下の破れた服から見える腕には傷一つなかった。


「お前たちに駆け寄った後に、特段時間をかけて何かしたようには見えなかったが……」

「私は気を失っていたので定かではないのですが、地面に溜まった自分の血の量は明らかに致命傷でした。それが、この通り、傷一つありません」


 治癒魔法に通じた教会の高位司祭ですら、長ったらしい神への聖句を唱えながらうんうんと唸って徐々に傷を治療していくものだ。あの一瞬で、そこまでの傷が治せるとは思えない。


「ふむ。エドワード、お主は?」

「私が気が付いた時、あのお方は『傷は治したつもりだが大丈夫か』と問われました。グレートウルフと対峙されている際も治癒魔法の光が見えましたので、間違いなくあのお方の御業かと」

「やはり治癒魔法か。しかし、瀕死状態から一瞬で治癒させるとは信じられん……。とりあえず失礼のないように確保して連れてはきたが……彼女は何者だ?」

「あのお方は……聖女です」


 エドワードが断言する。

 いつもと違う同僚の様子をガラッドが訝しげに見る。


「おい、エドワード。さっきからどうしたんだ。頭を打っておかしくなったか?」

「私は見たのです! 自らが傷つくこともいとわず、グレートウルフに慈愛の心で抱擁するあのお方の姿を! 瀕死の我々を癒したのみではなく、魔物すらも癒すそのお姿には後光がさしておりました。あれはまさしく、伝説の聖女様に違いありません!」

「エドワード。めったなことを言うな。お前は気が動転しているんだ。落ち着け」


 ガラッドがたしなめる。

 自分と同じく死地から戻ってきて興奮しているだけかと思ったが、いまのエドワードの姿はさすがにおかしい。うっすらと狂気じみたものを感じる。


「エドワードよ。彼女と、サクラ殿となにか話したのか?」

「いえ。しかし話さなくともわかります。彼女は聖女に違いありません!」


 だめだ、エドワードは使い物にならない。アレクスターは溜息を吐いた。


 状況が把握できていなかったので下手なことを言わないよう、アレクスターは馬車の中の会話は世間話にとどめた。

 身の上を婉曲に探ってみたが、遠方のニホンなる国から来たことしかわからなかった。本人もなぜ自分がここにいるのかわかっていないようだった。


 短い会話の中ではあったがやはり、アレクスターは少女はどこかの貴族であると確信していた。会話の受け答えに教養を感じられたのだ。おそらくは、かのニホンという国の貴族階級の令嬢なのだろう。


 相手が有象無象であれば問題ないが、他国の貴族であれば下手な対応は命取りになる可能性がある。

 可能ならばもう少し情報を集めておきたかったが、危機から生還して興奮状態であり、命を救ってくれたサクラに心酔しているエドワードからはこれ以上の引き出せなさそうだ。早々に倒れたガラッドはそもそもサクラが現れた後の状況を知らない。


「エドワード、ガラッドご苦労。一旦下がって休め。傷はないとはいえ疲れているだろう」

「はっ!」

「聖女様はいかがされるおつもりですか!?」

「おい、エドワード!」


 自らの領主の命を無視して問いかけるという無礼に、さすがにガラッドがエドワードの肩を掴んで止めた。


「よい。彼女は……サクラ殿は恩人だ。客人として丁重にもてなす。とりあえずは夕餉(ディナー)にご招待だ。そこで落ち着いた話をするとしよう。下がれ」


 まだ興奮冷めやらぬエドワードだったが、ガラッドに引き連れられて退出していった。

 執務室に一人となったアレクスターは思考にふける。


「ふむ、治癒魔法……聖女……。まずは教会か」


 アレクスターは、使用人を呼び出すベルを手に取った。



◇◆◇◆



「付いてなかった……」


 慣れないスカートとドロワースに苦労しながら用を足したサクラは、どこか吹っ切れたような表情でつぶやいた。


「わかっていたとはいえ、つるつるの下半身にあらためて対面するとショックだね……」


 サクラはトイレの洗面台で自分の姿を見ながら呻いていた。洗面台には鏡があったのだ。


「やっぱり私がキャラメイクした【サクラ姫】の姿……思っていたより幼い……高校生、ううん、中学生くらいかな」


 さすがに中学生を見てどうこう思うような年齢ではないし、何よりも自分の身体である。倫理的によろしくない感情がわいてくることもない。『付いてない』ことはとりあえず気にしないことにした。


 鏡に映る自分の姿をまじまじと観察する。目を見張るような美少女がそこにいた。

 なんとなく笑ってみると鏡の中の美少女が可愛らしく微笑む。自分の『かわいい』をありったけ詰め込んだ理想形の姿があった。


「うん。私、かわいい」


 サクラとしては、そこが一番重要なことだった。


「【SoS】では、かわいくなければ生き残れなかった。現実世界の自分は『かわいくない』からコミュ障だった。学校でも会社でも居場所がなかったのは、私がさえないおっさんで、かわいくなかったから。そう、逆に言えばかわいければなんとかなる。今の私は『かわいい』。うん。なんとかなる……」


 鏡に向かってぶつぶつと呟くサクラ。

 度重なる異常事態によって精神的に追い込まれた【彼】、いや、彼女は明後日のさらに斜め上の方向に歪み始めていた。


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