商業都市アルベルタ
「あれが、商業都市アルベルタ」
商隊に便乗してフォートランドの街から五日。
遠くに見えてきたのは大きな城塞都市だ。のどかな農村のイメージのフォートランドとは明らかに異なる重厚な石壁に囲まれた都市だった。
「さすがに、野宿は疲れたよ。早く宿で一息つきたい」
「大丈夫ですか。サクラ様」
傍に控えるメイドのレインが心配してくれる。
商隊を率いる商人のリーダーが揶揄を飛ばしてくる。
「おいおい。野宿ったってお嬢ちゃんはずっと馬車に乗ってただけじゃないか」
「馬車に乗るのも疲れるんです。私はか弱いんです」
「がはは。か弱い女の子はグレートウルフを気合で追い払ったりしねえよ」
商隊の馬車を一つ貸し与えられて、お客様待遇だったサクラだが、なにしろこの体は体力がない。商隊で雑務をするために忙しく動き回っている、見習いの奉公人の少年の方がいくらか体力がありそうだった。
野営の準備など、できることはなるべく手伝おうとしたのだが、キャンプ経験もないサクラには何もできず、結局道中の食事の準備などはすべて商隊の人たちがやってくれた。
さらに、こまごまとした雑用もレインが行ってくれたので、本当にただ馬車に便乗しているだけの旅となった。
それでも、あと数日続いていたら体調を崩していただろうことは間違いない。治癒魔法を適宜自分にかけて体力を回復していたから何とか寝込まずにここまで来られたような状態だ。体力のなさにうんざりする。
アルベルタの外壁から街の中に入るところで、都市に入る手続きに商人たちが渋滞している。
入構するためには本来は身分証明やら何やらの手続きがあるようだが、商隊のメンバーとしてまとめて手続きして入れるようなので、大人しく馬車の中に引っ込んでおく。
商人たちが並んでいる窓口では、人のチェックよりも荷物の関税の手続きの方が面倒なようだ。
この商隊は、フォートランド領の農作物を定期的に運んできているので、窓口の人たちとは顔見知りだったが、なにせ荷物の量が多いためチェックに時間がかかるらしい。
「人の出入りの確認は結構適当なんだね」
「ここは商業都市だからな。行き来する人も物も膨大だ。来る人間全員の顔を覚えておくなんてどだい無理だ。顔が割れてるよほどのお尋ね者じゃなければ、関税と入街料払えば入るってもんだ」
手続きがひと段落付いたのか、商隊のリーダーが隣にやってきた。
「これからどうするんだ、お前さんたちは」
「とりあえず宿をとって休もうと思います」
「ははは、たかだか五日ほどの旅でそんなに疲れたか。宿は決まってるのか」
「アレクスターさんに紹介された宿があるんですよね、レインさん」
「はい」
「領主様ご推薦の宿とは、目玉が飛び出る値段なんじゃねえのか」
「それが、今回は宿泊費もアレクスター領主持ちなんですよ。持つべきものは金払いの良いパトロンですね」
「がはは、違いねえ。ならここでお別れだな。俺たちは商品を納品しなきゃならん。連れてくるだけで領主から報酬が出るし関税もかからないあんたらはいい荷物だった。また縁があったらよろしくな」
「はい。色々お世話にになりました」
まだ商品関係の手続きの残っている商隊と別れて、サクラとレインは商業都市アルベルタに入った。
「わあ。アルベルタは都会だね」
『フォートランドと違って』という言葉を口の中に飲み込んで、サクラが感嘆の声を上げた。
商業都市アルベルタの街の中は、道は石畳で舗装されていてレンガ造りの店が並ぶ。メインストリートには店が立ち並び、露店も多く出ている。道行く人々の密度は高く街は喧騒に包まれていた。
「フォートランドの街とはずいぶん違うね。あ、あの露店の串焼きおいしそう」
「フォートランドは農業地帯の街ですから……」
「レインはここには来たことがあるの?」
「はい。昔ここで針子の修行をしておりました」
「じゃあ、土地勘はあるんだね。頼りにしてるよ。まずは宿に行こう」
レインに案内されて街を進むと、次第に雑踏から離れた閑静な区画に入っていく。
「なんか、高級住宅街みたいなところになってきたけれど」
「あそこです」
レインに案内されたのは、アルベルタでも随一の老舗高級ホテルだった。
◇◆◇◆
「本当にこんないいホテルに泊まっていいの? ビジネスホテルで良かったんだけど……」
手続きはすべてレインに任せたのだが、レインの手配した部屋はスイートルームだった。リビングのほかにベッドルームが三つあり、元の世界で隆が住んでいたアパートよりも広い。
サクラが思い浮かべるホテルは、会社の出張でよく泊まる、駅前のベッドとシャワールームしかないようなビジネスホテルだ。同じホテルとは思えない。
「大丈夫です。経費はいただいております」
「経費。経費ね。いい言葉だね」
隆の会社は出張の経費を厳しく制限しているため、ビジネスホテルを探すのも一苦労だった。クーポンや予約サイトを駆使して、一〇〇円でも安い宿を見つけるために何時間もかけていたものだ。
「それに、わたくしの控える部屋も必要ですので」
(なるほど。使用人を使うということは、使用人用の部屋がついた部屋でないといけないのか)
平の会社員にはわからない世界だ。
金銭も手続きもレインが行ってくれるので任せてしまおうと、サクラは思考を放棄した。
「一休みしたら、レインの知り合いの工房に行こうと思うんだけど……一緒に行く?」
「私は……その、ちょっとまだ、その……荷物の整理などをしませんといけませんので」
レインは俯いて逡巡するような表情をする。過去にレインとかつての仲間たちの間に何があったのか、複雑な事情を伺わせるが、俯いたレインの表情からはどのような感情かは読み取れない。
「うん。わかった。ひとまず工房の人と話してくるから」
「申し訳ありません。付き従うのが私の役目なのですが……」
「ううん。まずは一人で行ってみるよ。でも、気持ちの整理がついたら会った方がいいと思うよ。次いつ会えるかわからないんだから……ああごめん。つい、めんどくさい説教だったね」
おっさんは若者に説教をしたくなってしまう生き物なのだ。若者に煙たがられてさらにコミュニケーションが疎遠になってしまうことが分かっていても、口を出さずにはいられない。
たとえ見た目が美少女になったとしても、中身がおっさんのサクラは、つい悩める若者に余計な一言を言いたくなってしまうのだった。
◆◇◆◇
「この辺り……かな?」
高級な建物の並ぶ一角にあるホテルからかなり離れ、サクラは雑多な繁華街に出てきた。
レインから聞いてきた住所を頼りに、メインストリートから奥に入って裏路地の方に入っていく。地元の人間しか入らないような区画のようだ。
「うーん、薄暗い路地ばかりだし、ちょっと治安が不安な雰囲気になってきた」
あまり良家の婦女子が立ち入らないような場所だなと思ったが、サクラは中身がおっさんなのでさほど気にしていなかった。サクラの見た目はまさにその良家のお嬢様なのだが。
よそ者に対する無遠慮な目線が路地の各所から向けられるが、繰り返すが精神がおっさんのサクラは自分がか弱い美少女である自覚がまだまだ薄い。
「あ、ここだ。『カイン工房』! すみませーん」
◇◆◇◆
「君が着ているのはうちの服だね?」
工房に入ると一人の青年が応対してくれた。彼は、工房主のカインと名乗った。
レインの昔の針子仲間で服を作っているというから、勝手に女性かと思っていたが、都会的な雰囲気のイケメンだった。やり手のデザイナーという感じだ。
彼は、一目見るなりサクラの着ている服に目ざとく気づいた。自分の工房の服のデザインはわかるのだろう。
サクラは自分がこの工房の服を着ている経緯を説明する。
「そうか、レインが……。あいつは元気か?」
「この街に来ています。一緒に来ようと思ったのだけど、何か躊躇があるみたいで……」
レインの様子から察するに、過去になにかあったことは間違いない。サクラには、上手い言葉でとりなすようなコミュ力はないのでありのままを正直に話す。
「まったくあいつは。こんなお嬢さんを一人でよこすとは。いや、あいつがいたころはこの区画はまだなかったから知らなかったのか」
「?」
レインの過去の話になるのかと思ったのだが、カインは髪の毛をガシガシとかきながら渋い顔でサクラを見る。
「この辺りは問屋や工房が並んでる中でも、下の方の土地だ。皮のなめし工房とかがあるようなところだぞ。俺たちはまだ駆け出しだからこんなところにしか工房を持てなかったんだ。仕入れには便利だがな」
「よくわからないのですが、治安が悪いのですか?」
「良くはないな。うちの服を着てくれるのはうれしいが、あんたみたいなお嬢さんがそんなこ綺麗な格好で一人で来るもんじゃない。店の方に行ってくれればよかったのに」
「お店、ここじゃないんですか?」
「こんな裏路地に店開いても誰も来ねえよ。目抜き通りに店があるんだ。ああ、その服をここから発送したからその住所見てきたのか……」
どうやら来るべきところを間違えてしまったようだ。例えるなら、いきなりアポなしで生産現場の工場に来たようなものだろう。
話を聞いてもらえる工房主に会えたのは運が良かったと言える。下手をしたら、縫製だけやっている工員しかいなかったという可能性もあったということだ。
「それで結局あんたは何の用でここにきたんだ。レインの話か?」
「服の工房に来る用事なんて一つしかないじゃないですか。服を作ってもらいたいんです」
◇◆◇◆
サクラは、持ってきた【ロリータ・ワンピ・ローブ】をカインに見せる。
「これは……」
「気に入っていたのですが、見ての通りで」
作業台の上に広げた【ロリータ・ワンピ・ローブ】は腹の部分に大きな穴が開いてしまっている。
「これを修繕するのはことだぞ」
「ええ、わかります。同じ布も用意できないので難しいでしょう」
サクラはもはや、【ロリータ・ワンピ・ローブ】を元通りにすることはあきらめている。無事な部分を使ってリメイクするのがせいぜいだろう。ここに来たのは、修繕のためではない。新しく服を仕立ててもらうためだ。
「レインさんに見せてもらったここの服。作りが明らかに他のものと別物でした。服の作りのことはよくわかりませんが、似たような作りを目指しているように見えました」
「確かにこの立体裁断はうちの……いやもっと進んでいる。おい、これをどこで手に入れた!」
カインは真剣な顔でサクラに問いかける。
「私の故郷の国の服です。はるか遠い……東の果ての国です」
「東……確かあいつもそんなことを言っていた」
「あいつ?」
「待ってろ」
カインは部屋の奥に走っていくと、一冊の本のようなものを持ってきた。
「あいつの残していったデザイン帳と型紙だ。俺はこれを見て、これに衝撃を受けてこの工房を作ったんだ」
「これは……!」
今度はサクラが驚く番だった。
そこにあったのは、中世ファンタジーの時代考証に全くそぐわないデザイン。まるで、アニメやゲームに出てくるキャラクターのコスプレ衣装のような服の数々だった。




