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旅立ち

「商業都市アルベルタに行きます」

「え?」


 突然のサクラの宣言に、呆けたような声を上げてしまうアレクスター。予想外の展開すぎて思考がついていけない。


「な、何故アルベルタに?」

「ちょっと用事ができまして。いつまでもここにお世話になるわけにもいきませんし」

「い、いや。こちらとしてはずっと滞在していただいて構わないのだが」


 アレクスターとしては、サクラを手元に確保しておきたかった。強力な治癒魔法の使い手というだけで非常に希少なのに、それ気に加えて交流のない他国の王族である。有用性は明らかだ。手放すにはあまりにも惜しい。


「この街に留まっていても、元に戻る手がかりを得るのは難しいように思います。色々回ってみようかと」


 まだ2日しか滞在していないが、フォートランドは田舎町だ。のどかで良いところのようだが、あまり情報の交流があるとも思えない。都会育ちの隆にはそれが、田舎の農村的な閉塞感に映る。


「ううむ。そうか」


 アレクスターは頭を回転させる。

 出ていくというものを引き留めるほどの材料はない。それに、クレマトー司教や住民とトラブルが起きた後だ。引き留めたところで、心証はあまりよくないだろう。

 しかし、このままサクラとの縁が完全に切れてしまうのは良くない。なんとかコネを繋いでおきたい。


「アルベルタには何を?」

「少々、野暮用です」


 服を作りに行きますというと、この街で作ればと言われそうだったのでぼかす。どんな服でも良いわけではないのだ。


「ふむ。では、ずっとアルベルタに留まるというわけではないのですな」

「はい、用がすみましたら、情報を求めて別のところにもいってみようかと」


 アレクスターは数舜、黙考する。


「情報を求めるなら、王都に行くといい」

「王都ですか」

「王都はこの国の中心だ。政治、経済、そして教会、すべての中心なのだ。きっとサクラ殿の国に関する手がかりも手に入るだろう」

「なるほど……考えておきます」


 『考えておく』というのは、社交の世界では暗黙的な断りの言葉だ。それでは困る。確実に行ってもらわなければ。アレクスターはもう一押しする。


「王都には息子のアーノルドが居を構えている。王都に行ったならば、どうかアーノルドを訪ねてほしい。ワシの代わりに王都で政務をやっておるので、政治を政府や教会にも顔が利く。便利に使えるはずだ」

「わかりました」

「アーノルドにはこちらからサクラ殿が行くので協力するよう、便りを出しておく」

「ありがとうございます」


 アレクスターは息を吐く。はっきりと確約はしていないが、実績を作った。サクラが向かうとの便りを出すと伝えれば、無視することは難しくなったはずだ

 アレクスターが胸をなでおろしたのを見て、事態の推移を静かに傍観していたクレマトー司教が口を開いた。


「王都に行ったら、教会にも顔を出してくれないだろうか」

「教会ですか?」

「サクラ殿のような強力な治癒魔法は聞いたことがない。ぜひ王都教会の者と会っていただきたい。教会は各地に根を張って活動しているため独自の情報を持っている。サクラ殿の役に立つ話も聞けるかもしれない」

「わかりました。考えておきます」

「後で紹介状をしたためよう」


 クレマトー司教はアレクスターの意図をくみ取り、さらに念押しをしてくれたのだ。アレクスターはクレマトーに向かって頷いた。


◇◆◇◆



 サクラがフォートランドを旅立つ日がやってきた。

 馬車が並ぶ商隊が出発準備をしている。


「王都についたら息子のアーノルドを訪ねて欲しい」

「教会にもな」


 領主アレクスターとクレマトー司教が何度目かわからない確認をしてくる。


「わかっていますって。交通の手配までしていただいているのですから。必ず行きます。すっぽかしたりしませんよ」


 アレクスターの手配で、フォートランドとアルベルタを定期的に往復している商隊に便乗させてもらえることとなったのだ。


「サクラ様。お荷物を馬車に積みこみます」

「うん。レインさん。ありがとう」


 しかも、傍付きとしてメイドのレインがついてくるという。

 一人で行けると何度も断ったのだが、御身の身分を考えろなどとよくわからないことを言われて押し付けられてしまった。途中の宿などの面倒も見てくれるという。


 交通費を出して貰っている身分であるし、確かに文句は言えないと思ったサクラは受け入れることにした。見知らぬ世界で土地勘もないので、道中の不安もある。同行者がいるのはありがたい。

 それに今回のアルベルタ行きは、レインと関係ある話なので好都合ともいえた。


「サクラちゃん……行ってしまわれるのですね」

「レミゥちゃん。治療院のこと、なんか……色々引っ掻き回しちゃってごめんね」

「いいえ! サクラちゃんのおかげで重症患者さん三人の命は救われたのです。街の者も皆、感謝しています。ほら」


 振り返ると町の住民が集まっていた。


「あんた、お腹のけがはだいじょうぶなのか。」

「司教様と一緒になって疑ってしまってごめんよ。あんたの治癒魔法は本物だった」

「あんなひどい傷がみるみる塞がって。まるで、聖書の一節のようだった。まさしく奇跡だ」


 口々にサクラを心配し、称賛する住民たち。

 サクラがクレマトー司教に糾弾されていた時は、騙されたような態度で一緒にサクラを見ていた住民たちなのだが、民衆の心理など雰囲気で流されてしまうものだ。


「あ、いえ。私もちゃんと説明しなかったのが悪いんです。あまり司教様のことを悪く言わないであげてください。彼も街を守ろうとしていたのです」


 司教を悪者にすることで一発逆転を狙ったこととはいえ、やはり、クレマトー司教に対する風当たりが強くなっている。フォローしておかないと後味が悪い。


「あんな目に会ったのになんてお優しい」

「まるで聖女のように清らかな心をお持ちだ」

「サクラ様のおかげで助かったのだ。俺たちにとっては本物の聖女だ」

「サクラ様!」

「サクラ様!」


 『サクラ様』コールが始まってしまい、サクラは頭を抱える。


「サクラ様はやめてください!……あ、セーラちゃん…と、ダンケルさん、ハンスさんでしたか。もう大丈夫なんですか」


 民衆の中に、治療院に入院していた三人の姿を見つけて駆け寄る。すっかり健康そうだ。


「サクラ様のおかげで命を取り留めました。一体どれだけ感謝すれば良いか」

「私への感謝はいいです。余裕があるときでいいので、治療院のことを手伝ってあげてください。今度は別の方の苦しみを和らげてあげてください」

「しかし、我々には、サクラ様のような治癒魔法は……」

「魔法がなくても、衛生管理をちゃんとやれば治療院の状況はかなり改善するはずです。やり方は……レミゥちゃんが知っています。ですよね?」

「はい!」



「出発するぞー!」


 サクラの乗った商隊の馬車はフォートランドを旅立った。



◇◆◇◆



 商隊が街を離れ街道をゆっくりと進んでいくと、サクラに見覚えのある場所に通りかかった。


「あれ、この辺りは、最初にアレクスターさんの馬車が狼さんに襲われてたあたり」

「おい、お嬢ちゃん。馬車に入った方がいいぞ。この辺りは最近でかいグレートウルフが出るんだ」

「え?」

「商隊を襲えば食い物が手に入ると覚えたんだろう。馬車を見ると毎回襲ってきやがる」


 どこかで聞いたような話に、周りを見渡すと森から三メートルほどの狼が出てくるのが見えた。


「来やがった、いつもの奴だ!」

「サクラ様、早く中へ!」


 隣にいたレインが、サクラを馬車の中に入るように促す。


 グレートウルフは商隊の馬車をぐるりと見渡す。それはまるで、どこを襲えば効果的か考えているようだ。脆弱な場所を一撃で倒す本能がそうさせているのだろうか。

 その視線が一点で止まる。


「あ……」


 グレートウルフとサクラの目が合う。グレートウルフは一瞬怯んだ感じがした。


「来るか。また来るのか、野生生物! フーッ!フーッ!」

「サ、サクラ様?」


 突然様子の変わったサクラにレインが戸惑う間に、サクラは手に持った【ハートステッキ】を振り回して威嚇する。【ハートステッキ】が動くと、サクラの周りにピンクのハートが舞い散る。


 サクラはもう学んだのだ。野生生物に人間の理屈は通用しない。言葉は通じない。気合で負けたら食われる。


 そんなサクラを見たグレートウルフは、心底嫌そうな顔をすると、踵を返して森の中に逃げて行った。


「に、逃げて行ったぞ」

「助かった! 護衛の何人かはやられる覚悟だったのに」

「お嬢ちゃん、それはなんだ。魔物除けの魔道具か。すごい効果だな」


 サクラの行動を見ていた商人の一人が近づいてきた。【ハートステッキ】の効果でグレートウルフを追い払ったと思ったらしい。


「いいえ。ただの玩具です」

「でもいま実際に……」

「気合です。野生動物には気合で勝つのです。奴らに言葉は通じません」

「そ、そうか」


 いまだ凶暴な眼の色をしたサクラに、商人はそれ以上何も言わなかった。



◇◆◇◆



「行ってしまわれたか」


 遠くに消えていく商隊を見守りながら、領主アレクスターは呟く。

 アルベルタから先で見失わないように、目は付けた。あとはレインが王都へ誘導するだろう。


「衛生管理……悪いものは汚い埃や土や砂、布などにいる。熱や強いアルコールに弱い……消毒」


 レミゥが確認するように一つ一つ呟く。

 それを耳にしたクレマトー司教が声をかける。


「サクラ殿の伝えたお話。まだ拙者は半信半疑です。実際に効果があるのか、一つ一つ確かめねばなりません」

「やることはたくさんありますね」

「そうですな。病気の撲滅は教会の悲願でもある。協力しましょう」



 フォートランドではある年を境に流行り病が激減した。

 生まれつき体が弱く、成人まではもたないのではないのかと危ぶまれていた領主の末子ライナスは、いつのまにかすっかり健康になり、領地を支えているという。

 フォートランドの住民たちはこれを「聖女の奇跡」と呼んだ。


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