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新装備

 サクラは、メイドが用意してくれた服に着替えている。正確には、メイドに着替えさせられている。


 サクラが目が覚ましたという連絡を受けて、客間の寝室にレミゥが飛び込んできたが、泣きながら興奮するレミゥはベッドの上で下着一枚のサクラに抱き着いてきた。

 ベッドの上のサクラに飛びついてきたレミゥにサクラはそのままもみくちゃにされた。


「お身体はだいじょうぶですの? 目を覚まして良かったですわ、サクラちゃん、サクラちゃん!」 

「ちょっ、私こんな格好なので、あ、下着がめくれる! これ以上まず……あれ、私押し倒されてる? レミゥちゃん、目が潤んでる。やめ、こわいよ!」


 その勢いに危機を感じたサクラはレミゥを引きはがし、いったん落ち着かせるために、着替えを口実に退出させた。


 【ロリータ・ワンピ・ローブ】が破損してしまったので、メイドが新たに用意した服を準備してくれていた。


「お客様の着ていらした系統の服は、あいにくご用意できませんでしたので、お似合いになりそうな物をこちらで選びました」


 着せられているのは、シックな紺のワンピースである。それを丸襟ブラウスの上から着る。襟元にリボンがついているのがかわいらしい。

 ワンピース自体はシンプルだが、下に着ているブラウスにはフリルがふんだんに使われており、また、ペチコートで膨らませたスカートが、ロリータ系っぽさを醸し出している。


 【ロリータ・ワンピ・ローブ】はどちらかというと、ごてごて装飾の付いた甘ロリ系だったが、用意されたのはクラシカル系ロリータとでもいうものだった。


「すごい。確かに系統は違うけど、同じカテゴリーの服だ。この辺りではこんな服流行っているんですか」

「いえ、この街では手に入りません。少々……伝手(つて)がありまして」


 珍しく、メイドの歯切れが悪い。その様子に気づかないまま、サクラはメイドの言葉に食いつく。


「伝手? 教えてください! 服をだめにしてしまって、どうしようかと思っていたんです」

「……普通の服ならば、この街でも仕立てられますが」

「違うんです。レミゥちゃんが来ている服。確かにあれもかわいいんですけど、センスが違うんです! もっとこう、スカートがふわっとしてリボンとかフリルとかついてないとダメなんです!」


 メイドは一瞬目を見開くが、すぐに元の事務的な無表情を装う。


「これ、明らかに他の人たちの服と別のとこで作っていますよね? あ、寝間着に用意してくれた下着、あれもそうでしょう? あきらかに『かわいい』パワーが桁違いに高かった!」


 問い詰めるサクラの勢いに、メイドは壁際まで追い込まれる。あと一歩で壁ドン状態となったところで、メイドは観念したように「はあ」とため息をついた。


「お客様にご用意した服は、(わたくし)が個人的な伝手で手に入れた私物でございます」



◇◆◇◆



 三度目にして、ついにコミュニケーションをとることに成功したメイドの名前は、レインということが分かった。


 レインは、今でこそフォートランド領主の館でメイドの仕事をしているが、以前は服を縫う針子をやっていたそうだ。下働きをしながら、同じ境遇の仲間たちとデザインの勉強をして、将来は店を開くのが夢だったという。

 しかし、従来のデザインの範疇を超えた先進的なデザインは、中世的世界の保守的な人々にはなかなか受け入れられず、夢半ばにして仲間たちは別の道へと進んでいった。レインはその中の一人だという。


 しかし、当時の仲間の中で夢をあきらめなかった者たちは努力を続け、最近ついに北の商業都市アルベルタに店を開くまで至ったらしい。

 その知り合いのもとから、かつての仲間であったレインに新作の服が送られてきたもの、それがサクラが着ている服だ。


「お客様の服を見たとき、衝撃を受けました。装飾過多に見えるのに全体としてまとまっている。立体的な裁断から作り出されるライン。これは我々がかつて目指していたものだと」

「服のことはよくわからないけど、そんなすごいものだったんだ、【ロリータ・ワンピ・ローブ】……」

「ええ。どうやって縫っているのかわからない部分が一見しただけで10か所はあります。型紙を是非見せていただきたい、いや分解して研究したいくらいです!」

「お、おう……」


 レインが熱く語りだす。キャラが変わっている。本来はこういう性格だったのか。


(ゲームのアイテムだからなあ。もしかしたら、現実に縫製不可能な作りになっている可能性すらある)


「あ、それなら。この服私が着てよかったの? 大事な服なんでしょう」

「服は着られてこそです。メイドをやっている私には着る機会がありませんので。お客様には似合うと思ったので着てほしかったのです。大変お似合いです」


 微笑を浮かべるレイン。その微笑みはなんだか少し寂しそうで、サクラはつい黙っていられなかった。


「レインさんはそれでいいの? こんなにかわいい服、自分で着たいから作ろうとしていたんでしょう? お友達とお店を持つのが夢だったんでしょう?」

「いえ……」


 レインは何かを言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。


「今の私はメイドですから。では、退出させていただきます」


 レインは元の無表情に戻ると、いつものように瞬く間に退出していった。



◇◆◇◆



「先ほどは、はしたない姿をお見せして失礼しました」


 着替え終わったサクラが部屋を出ると、少し顔を赤くしたレミゥが待っていた。


「サクラちゃんが、あんな無茶をするから! もしこのまま目が覚めなかったら、私どうしていいのかと。サクラちゃん!」


 レミゥが潤んだ目で抱き付いてくる。


「レミゥちゃん。近い近い! 治癒魔法で傷一つなく治ったんだからいいじゃないですか」

「そういう問題ではありませんわ!」


 この娘はこんなに距離感が近かっただろうかと思いながら引き離す。


(心配させてしまってたせいで過保護になっているのかな。吊り橋効果というやつだね。あれ、何か微妙に違う?)


 サクラはあえてその話題を無視して別の質問をする。


「それよりも、あの後どうなりました?」


 【ロリータ・ワンピ・ローブ】に穴が大きな開いてしまったことにショックを受けて気絶してしまったサクラは、事の結末を知らない。

 事態をひっかきまわすだけ引っ掻き回して、力技でカオスにもっていったあの現場がうまく収拾したとは思えない。


「あの場は、騒ぎを聞きつけた騎士がやってきて事態を収めました。あとは……サクラちゃんの治癒魔法で回復した重症患者さんと家族たちが、周りにサクラちゃんのおかげで助かったと話してくれているおかげで街の人たちもかなり落ち着いてきたようです。回復の見込みがなかったはずの患者さんたちの元気な姿を見られて、サクラちゃんの治癒魔法を疑うものはいません」

「クレマトーさんは?」

「執務室で、お父様とサクラちゃんが目を覚ますのを待っておいでです」



◇◆◇◆



「クレマトー司教殿。先ほどは、事情も知らずに出過ぎた真似をして大変申し訳ありませんでした」


 執務室に入ったサクラは、領主アレクスターとクレマトー司教の姿を認めると、開口一番に謝罪をした。


「私めの立場もわきまえずに、ここのやり方を無視して勝手なことを行ったのは軽率でした。どうかお許しください」


 こういうときは謝罪に限る。この場のサクラは社会人モードだ。

 しかし、サクラは失敗を忘れない。ここにいるのはビジネスマン山田隆ではない。大変なことをしでかしてしまって落ち込んでいる『か弱い美少女』なのだ。


「拙者こそ、動転して怒鳴りつけてしまった。せっかく治癒魔法を使って患者を治してくださったという、貴方にひどいことを言ってしまった」

「いえ。司教殿のお立場では当然のことをなされたまでです。心から住人たちのことを思い、病気の予防にご尽力なされているからこその強いお言葉だったのでしょう」


(姫プレイだ姫プレイ)


 サクラは心の中で繰り返し呟く。


「ナイトハルトさん、すごーい! 【サクラ姫】にはそんなダメージ出せないよぉ」

「さすが、+20の聖剣! かっこいい♡ どうやって手に入れたんですか?」

「守ってくれてありがとう♡ 【サクラ姫】体力ないからすっごく助かる!」


 姫は相手を大げさなくらい褒めておけば間違いないのだ。かわいい女の子に褒められて嬉しく男などいない。そして、さりげなく自分をサゲるのもコツだ。優越感を与えられる。

 表面上は、相手の立場を上にしておいて、事実上は自分の手駒としてコントロールして使う。それが姫プレイの神髄だ。


「医者も治癒魔法の使い手もいない街なのだ。病気が蔓延したらひとたまりもない。事実、これまでなんども、病人や死者から病が蔓延して大きな被害をだしてきた。患者を隔離することこそが大事なのだ」


 クレマトー司教は、サクラの殊勝な態度に緊張を和らげる。

 腹を突き刺すパフォーマンスで、サクラは住民を味方につけた。住民の印象は、『かわいい女の子をいじめるクレマトー』である。完全にクレマトー司教が悪者に追いやられている。


 もちろん、ちゃんと説明すればクレマトー司教の行動の正しさは住民たちにも伝わるだろうが、印象というものはぬぐい切れない。

 サクラに表立って糾弾されれば、クレマトーを批判する声が大きくなり、街はまた混乱するだろう。


 やはりサクラは、当初の予定通り治癒魔法だけパパっと使って、重症患者を治して終わりにすべきだったのだ。それを、つい現代知識をひけらかしてしまったことが、今回の騒動の原因だ。


「煮沸……消毒、でしたかな。あなたの国の風習が有効かどうか拙者にはわかない。だが、私には治療院に助言し、病気を封じ込める責任があるのだ。わからないものに頼ることはできない」

「ええわかります。異邦人たる私には、責任はとれません。にもかかわらず口を出しすぎました」


(よし、クレマトー司教もあまり怒ってない。それどころかこっちに対して申し訳なさそうな感じだ)


 サクラはほうっと安堵の息を吐いた。クレマトー司教はなんとか姫プレイの制御下に置けそうだ(・・・・・・・・・)


 相手が自分を尊重し、自分が相手の求める言葉をかければ関係はうまくいく。【SoS】の姫プレイで学んだことだ。

 現実の自分は誰も尊重してくれないので、いきなり前提条件が成り立たなかったのだ。今の姿なら『かわいい』だけで一目置いてもらえる。尊重してもらえる。



「まあまあ。クレマトー司教、サクラ殿。それくらいにしようではないか。過去は水に流すというではないか。過ぎ去った過ちを悔いるよりも、これからの話をしよう」


 領主アレクスターが口を開く。


 クレマトー司教とサクラの関係は最悪の状態となってしまっていた。強力な治癒魔法により傷一つ残らず感知しているが、サクラは大けがを負ったのだ。自傷であるところが救いだが、そこまで追い詰めてしまったのは平身低頭謝罪しても許されるものではないかもしれない。

 それを、なんとかクレマトーが謝罪して、アレクスターが仲裁に入り場をまとめることが、アレクスターとクレマトーの間で決められていたこの会談の筋書きだ。

 先にサクラが謝罪したことで流れが変わってしまったが、大筋で予定通りとなった。


「サクラ殿の教えてくださった煮沸消毒とやらが有効かどうか、これから協力して検証していけば良い。その過程で、司教や、住民たちとのわだかまりも消えよう。治癒魔法の使えるサクラ殿ががこの街の教会や治療院に協力していただけるのであれば、これほど力強いことはない」


 アレクスターの眼がきらりと光った。


 クレマトー司教の【見極める眼】で読み取った情報によると、サクラは、二ホンなる国の姫。つまり王族である。

 今までに得られた少ない情報では、二ホン国がどれほどの規模かはまだわからないが、王族は外交上重要なカードである。


(彼女の言うことを信じるならば、【サクラ姫】が領内に迷いこんで来たことは偶然。何らかの魔法的災害に巻き込まれたように思える。そこは嘘は言っていないようにみえる。しかし、彼女は身分を隠している。いや、それも当然か)


 サクラは自分が王族であることを隠している。まったく国交のない外国でそれを語っても何の利益もないばかりかトラブルのもとになると思ったのだろう。理解できる話だ。


 しかし、クレマトー司教の協力により彼女の重要性が判明したのは行幸だった。

 重要な外交カードをみすみす粗末に扱う手はない。厚遇しておけばフォートランド領に利益をもたらすだろう。無事に二ホン国へ返還するだけでも良いし、その際の交渉によっては、交流や貿易などの利益を得ることができるかもしれない。


「いえ。私にできることはもうありません」

「ん?」


 サクラはきっぱりと言った。


「この街にはこの街のやり方があると理解しました。これ以上混乱させてはいけません」

「そ、そうですな。サクラ殿にあまり重責を負わせるのも筋違いというもの。多くを望みすぎましたな」


 王族であるサクラに、領内の仕事を手伝わせるのは少し虫が良すぎる話だったと、アレクスターは慌てて話を修正する。


「すでに惜しみなく治癒魔法を使っていただいた恩は返しきれない。我が館に好きなだけ滞在なさってください。なるべく、不自由なきよう取り計らうつもりです」


 アレクスターは賓客扱いを宣言した。

 しかし、その言葉にサクラは首を振る。


「いえ。私は商業都市アルベルタに行こうと思います」

「え?」


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