勢いの代償
「お目覚めになられましたか、お客様」
サクラは昨晩貸し与えられた客間のベッドで目を覚ました。傍らには、例の仕事の早いメイドが控えている。
「お客様がお目覚めになったことを、お嬢様たちにお伝えしてきます」
言葉が終わるやいなや、メイドは音もたてずに瞬く間に退出していった。あまりに早すぎて、視界から掻き消えるようだった。
「あの人は忍者か何かなの……」
ぼんやりする頭でツッコミをいれながら、サクラはベッドから身体を起こす。
「あれ、どうしてここに寝ているんだっけ」
昨日とはまた違うデザインの、薄衣のセクシーベビードールを着せられている自分の体を見ながら、ぼそりと呟いた。
◇◆◇◆
火かき棒を腹に突き刺した姿を、集まった人々が目に入れたことを確認したサクラは、即座に【治癒】を自分に使った。治癒魔法の力がお腹の穴をあっという間に修復し、体に食い込んでいた異物を排出する。
焼けた鉄棒がお腹を貫くことで激痛が走っていたはずだが、興奮している中で一息に突き刺したので、思ったより痛くなかった。
おそらくは、数瞬後には気絶するような痛みが襲ってきたのだろうけれど、本格的な痛みを感じる前に完全に治療できたのも大きいのだろう。
「どうですか。見てください。傷一つありません!」
血に汚れた服の穴を広げて、クレマトー司教にすべすべのお腹の肌を見せる。
「ほら、皆さんも見てください。私の治癒魔法の力を!」
服から見えるお腹を、遠巻きに集まっている街の人たちにも見せる。
「サ、サクラちゃん……!」
「レミゥちゃん、どうですか!?」
街の人たちもクレマトー司教も、どうにも反応がよろしくない。みんなサクラの方を直視していない。それとなく目をそらしている。
せっかく大変痛い思いをしてまで行った、、一世一代の種も仕掛けもない人体串刺しマジックショーだったのに。
治癒魔法の効力を疑った結果大変なことになってしまったことへの罪悪感だろうか。
だとしたら狙い通りだ。
それとも、灼熱の鉄棒を腹に突き刺すというショッキングなパフォーマンスの刺激が強すぎたのだろうか。
男たちの目が泳いでいる。
たしかに、サクラとしても、他人が突然自分の腹を串刺しにする場面に出くわしたら引くするのは確実だ。しかも使ったのは熱した火かき棒だ。ガチすぎてドン引きだ。
(大げさにしすぎてヒかれた!? 私だって、ナイフか何かがあればちょっとだけ切って治して見せるつもりだったんだけど、周り見渡したけど使えそうなのがこれしかなかったんだよ!)
「サクラちゃん、もうやめてください!」
「大丈夫だよ。私、治癒魔法特化だから。ほら!」
レミゥに向けて、すべすべのお腹をみせて傷がないことをアピールする。
「ふ、服の穴をそんなに広げてはいけません! レディが殿方に肌をさらしては!」
「服の穴……?」
レミゥの言葉に、サクラは自分の姿がどうなっているのかを客観的に見直す。
サクラのお腹のあたりには大きく血の跡が残っている。
突き刺したのが熱せられた鉄棒だったのが逆に良かったのか、出血は大きくないが、それでも血のシミは大きく広がり、空気に触れて服の腹部にどす黒いシミとなっている。
そして穴の部分の端の布地は、燃える鉄棒に触れたせいで大きく焦げている。その焦げた穴に手をかけて、わざわざ大きく広げて中を見せようとしているものだから、穴の端からボロボロと布が崩れて穴が大きく広がってしまっている。
生まれてから一度も日光に触れたことがないような、白く美しいお腹が衆目のもとに晒されている。かわいいおへその下にちらりと見えるのは下着のフリル。
その魅惑の光景に、紳士な男たちは目をそらしながらも、ちらちらと視線が吸い寄せられるのに抗えない葛藤と戦っていたのだった。
中身がおっさんのサクラは男の視線など気にしない。男たちのそんな葛藤に気づけない。
だがしかし、そんなことよりも、もっと重大かつ緊急事態に気が付いてしまった。
「ああっ! 【ロリータ・ワンピ・ローブ】に大きな穴が! 焦げてる!! 血で汚れてる! ぎゃああああっ!!」
サクラは悲鳴を上げて、ショックで気を失った。
◇◆◇◆
「ああっ、思い出した! 【ロリータ・ワンピ・ローブ】が!!」
思い出したサクラは、ショックで再度ベッドに倒れこむ。
「大きな穴が開いていた。むしろ私がぐいぐい広げたせいで再起不能なまでに。……直すのはたぶん無理。いや、だめになったのはお腹周りだけ。ワンピースだからスカートに仕立て直せば……」
それなりの技術を持った人に任せれば、無事な部分を生かして別の服に直すことは可能かもしれないが、元の形に戻すのは無理だろう。
「はあ……。惜しいけれど物はいつか壊れる。しかたない」
【SoS】のアイテムは永続的なものではない。ときには壊れるものだ。
アイテムや装備には固有の耐久値があり、普通に使っている分には耐久値は減ることはないが、無理な使い方をしたり、武器破壊系のスキルを受けると耐久値が減るのだ。耐久値がゼロになるとそのアイテムは破壊されロストしてしまう。
ゲームの中では、ロストする前ならば修理は可能だったが、現実ではまったく元通りに戻すには同じ布を手に入れる必要がある。なかなか難しいだろう。
「新しい『かわいい』装備を調達しないと。あれに相当するくらいかわいい服、手に入るかなあ……」
◇◆◇◆
壊れたものをいつまでも嘆いていても仕方がない。頭を切り替える。
クレマトー司教の前で披露した『パフォーマンス』のことを振り返る。
「勢いでやらかしちゃった感じがあるけれど、うまくくいったのかな」
サクラがやろうとしたことは、『かわいい』ヒロインになりきることだった。
はっきり言って、クレマトー司教の主張は正しかった。
関係者でも何でもないサクラが、現場の事情も分からずに勝手なことをしでかした。客観的に見れば、それがすべてだ。
もちろん、消毒や衛生状態の改善は急務だっと確信しているが、病原菌の概念もない人たちに納得してもらうことは難しかった。
一応は説明はしたが、完全な納得を得られないまま上から目線で指示を出してやらせたのだ。この街の人間でもない昨日ふらっとやってきたようなサクラが。
治療院にかかわってきたこの街の人間、レミゥや近所の奥さん、クレマトー司教もそうだろう。彼らにとっては、今まで積み重ねてきた苦労を何の事情も知らない新参者にぶち壊されたも同然だ。
そこに正義はなかった。クレマトー司教が断罪したように、あの場ではサクラは確かに悪だった。
サクラがやろうとしたのは、劇的なパフォーマンスですべてをうやむやにして、一発逆転させることだ。
人間の印象なんてあいまいなものだ。かわいい女の子をおっさんが虐めて正義を語れるのは、おっさん側に圧倒的な正義がある場合のみだ。
「あの娘可哀想じゃない?」「ちょっと言いすぎじゃない?」
一瞬でもそういう空気が流れれば、おっさん側の有利なんて瓦解する。ほんの少しで揺らいでしまう。
おっさんがどんなに正しいことを言っていても、女の子が目に涙を浮かべて震えていれば、おっさんが悪者にされていしまう。
おっさんである隆はよく知っていた。世界はおっさんに厳しい。おっさんの存在は儚いのだ。
サクラがやったのは、そういうズルい方法だ。決して正義ではない。だが、圧倒的『かわいい』のパワーで殴りつければそれが正義になる。
「リアル肉体になったせいで、姫プレイの基本を忘れていたんだ」
姫プレイはパーティの姫になることだ。
かわいく振る舞い、男心を――場合によっては女心も――くすぐり、相手の望みを叶えてあげる。そうすると、皆は喜んで従うのだ。みんな楽しいし、自分はみんなに必要とされる。一挙両得、WIN-WINだ。
「ちゃんとかわいくやれたかな。悲劇のヒロインに見えたかな。レミゥちゃんより目立って、私が主役になれたかな」
姫は、場の主役だ。
主役は正義だ。正義を行うから主役なのではない。主役が行うことが正義になるのだ。
「でも……自分の失敗のうやむやにするために、クレマトーさんを悪者にしちゃったのはちょっと良くなかったな。あの人、真面目でいい人そうだったし」
サクラには、クレマトー司教に悪い印象はなかった。サクラにはわかる。あの人は仕事にまじめなただのおっさんだ。
治療院にも助言をしているようなことも言っていた。今後、治療院を運営していくには、彼のような仕事ができる大人の力が必要なのだろう。
そのようなことを考えていると、廊下の方から誰かが走ってくる音が聞こえた。
「サクラちゃん! 目を覚ましたのですか!」
部屋にレミゥが飛び込んできて、サクラの思考は中断した。
◇◆◇◆
「なかなかの騒ぎを起こしてくれたな」
「してやられました」
領主アレクスターはため息を吐いた。前に立つのはクレマトー司教だ。
治療院で騒ぎが起きていると聞きつけた騎士エドワードとガラッドが急いで様子を見に行ったところ、現場は騒然としていたという。
街の治安警備も騎士の仕事だ。騒乱を収めようと乗り込んだ彼らが見たのは、悲鳴を上げて地面に倒れたサクラの姿だった。
腹部に血の付いた姿で倒れているサクラを見たエドワードは半狂乱になりながら、サクラに駆け寄った。
レミゥの説明により、命に別条がないことを聞かされると、エドワードはそのままサクラを抱きかかえて全速力で館に連れ帰ったのだった。
サクラの起こした奇跡の光景に、その場にいた街の者はみな魅了されていたという。特に男たちは熱に浮かされたようにサクラのことを見つめていたと、エドワードが熱心に報告してきた。
「あけ放たれた治療院の状況に取り乱し、拙者が無様をさらしている間にすべてを持っていかれました」
「エドワードめのみではなく、街の住人達をあっという間に魅了してしまうとは。何というカリスマか。やはり只者ではないのか」
アレクスターは唸る。
アレクスターには、サクラが行ったことが民衆を味方につけるためのパフォーマンス的行動だと見抜いていた。
それが、狙ってやったものなのか、無意識でそういうことをするような性質の人間なのかまではわからないが、民衆を味方につけるために、焼けた鉄棒を自分の腹に躊躇なく突き刺すような胆力は、まともではない。
人心を掌握するすべを知っている。人の上に立ち従わせるものの素質だ。あれはやはり、断じて、平凡な村娘などではない。
「クレマトー司教よ、どうだ」
「彼女の治癒魔法は本物でした。あれほど強力な治癒魔法は、教会の上層部でも見たことがない」
真っ赤に熱せられた鉄棒を突き刺した腹を、一瞬で傷一つない状態に治癒するような治癒魔法は常識を超えている。そんなものは伝説でしか聞いたことがない。
自分の目で見たクレマトーにもいまだに信じられない気持ちが大きい。
「そうではない。司教よ。『見極め』てきたのだろう」
クレマトーには他人の【本質】を見通す特殊な能力があった。
魔力や体力などの身体的素質、身に付けた技能やこれから開花するであろう才能。それらを『見極める』つもりで他人を見ると、そういうものが見えるのだという。
偽名を使っていても本名が見えるし、凶悪な犯罪者であれば、その身に背負った罪業が見えることもある。
いわば、その人間の情報が『見える』のだ。
クレマトーは、才あるものを発掘し、悪を暴く。そのためにこの能力を神が自分に与えたのだと思っている。
「ええ、あまり多くは『見え』ませんでしたが、治癒魔法の属する聖属性の魔力の大きな才能。そして、これこそが重要な情報化と思いますが、『名前』が見えました」
「名前? サクラというのは偽名だと?」
「いいえ、サクラというのは間違いなく本名なのでしょう」
どうもクレマトーの歯切れが悪い。
「なんだ、司教殿らしくない。はっきり言え」
「私のこの【見極める眼】に映った彼女の名前は、『サクラ姫』と書かれておりました」
「なっ!? それは……確かなのだな」
「はい、確かに『姫』と」




