神の裁き
「治癒魔法を使う少女がいると聞いて様子を見に来れば、大鍋で布を煮込んでいる。これは何の儀式ですか?」
鍋をかき混ぜていたサクラが振り向くと、赤い服を着た大男が威圧するように立っていた。
「どちらさま?」
「クレマトー司教様! どうしてこちらに」
レミゥが駆け寄ってくる。面識がある様子だ。
「司教? 全身真っ赤とは、なかなかイカしたセンスですね」
「貴様が治癒魔法を行使するという娘か? 名を名乗りなさい」
その尊大な物言いにサクラはイラっとした。
「名前を聞く方から名乗るのが礼儀では?」
不快な感情をあらわに乗せて返答してしまった。
慌てたのはレミゥである。
クレマトー司教の統べる南部教区はフォートランド領よりも遥かに広い。領内では領主であるアレクスターの方が立場が上ということになっているが、実際の権力としてはクレマトー司教のほうが大きい部分がある。両者はどちらかが明らかな優位というわけではなく、微妙なパワーバランスが成り立っている。
領主の娘であるレミゥからしてみれば、クレマトー司教は間違っても失礼があってはならない相手だ。むしろ、一見の客人であるサクラよりも重要度は高い。
「サクラちゃん、こちらの方はクレマトー様です。南部教区を統括なさっている司教様ですのよ」
「司教……南部教区?」
「クレマトー司教様。こちらはサクラ様です。本日は治療院の活動に協力していただいていますの」
聞き慣れない言葉をサクラが口の中で反芻しているうちに、レミゥがクレマトーとの間に入り、角が立たないようにそつなくとりなそうとしているのが感じられる。
「拙者は治癒魔法を使う少女がいると聞いてきたのですが、大鍋で何やら煮込んでたいそう怪しげな儀式をしているではないですか。これはいったい何事ですか」
「煮沸消毒です」
サクラが答える。
レミゥが何かを言おうとした気配があったが、鍋で衣類を煮込ませる指示を出したのはサクラであるので、自分が答えるべきだろうと、あえて遮って発言した。
「煮沸……なんですか?」
「消毒です。病原菌……病気のもととなる悪いものを殺しています」
「病気のもと? それが大鍋で退けられると? どこの地方の風習ですか?」
「私の国の医療知識に基づく衛生管理ですが」
「拙者も教会に身を置く者。治癒魔法こそ開眼しませんでしたが最低限の医療の心得はありまする。しかしそんな話は聞いたことがない。一体どこの辺境のまじないですか」
「ま、まあまあ! クレマトー様。ほら、患者さんたちの使っていた衣類やシーツを洗濯していたのです。なかなか強い汚れが取れず気持ちが悪いとのことで、煮込んでおるのです。ね、サクラちゃん」
剣呑な口調になっていくクレマトー司教を見かねたレミゥが、無理やり口を挟んだ。
「患者の衣類? 患者は隔離していたはずでは?」
「患者の皆さんは、サクラちゃんの治癒魔法で全快しました」
「なっ! ここに残っていたのは、回復の見込みがないほどの重症の患者だったはず。治癒魔法で回復の可能性がありそうな患者は、先般、相当の無理をしてサンクト派総本山に送ったではありませんか」
「それが、諦めていた患者さんたちにサクラちゃんが魔法をかけると、みるみるうちに回復したのです。今は全員元気になって、家族のもとに帰られました」
「帰したですと!?」
クレマトー司教は治療院に駆け寄る。病室の中に飛び込み、行ったり来たりして中を見聞して叫んだ。
「確かにもぬけの殻! しかもなんと、治療院の病室が開け放たれているではありませんか! 病が外に出ないように隔離していたのではなかったのですか、レミゥ様!」
「え、ええ。ですが患者さんたちは全員回復したことですし、掃除をしたほうが良いと」
「一見、治ったように見えても、あるいは残念ながら魂が神のみもとに旅立たれた後も、しばらくの間は、身体の中や部屋の中に病は残っております。それを解き放てば、病はあっという間に蔓延しますぞ。レミゥ様もご存知のはずです。だからあえて隔離をしていたのではないですか!」
「も、もちろんでございます。しかし、サクラちゃんの治癒魔法の力は間近で見るも凄まじいものでして、怪我も病気もあっという間に治してしまったのですよ」
クレマトーは苦々しい表情でレミゥとサクラを交互に見る。
その迫力に思わずサクラはひっと声を出してしまった。そして、叱られた子供の言い訳のようにクレマトーに弱々しく反論する。
「あ、あの人たちは、治癒魔法かけたので完全に治ったと思いますよ?」
「思う? 思うですと!? 病が再発したら? 戻った患者達から死が街中に広まったらどう責任を取るのです!」
「……責任!?」
「民草のために治療院を設立したというレミゥ様の志はたいそう立派で、教会でも多くのものが感銘を受けております。だからこそ、有史以前より病気や怪我の人々を救ってきた教会に伝わる知識から、病が広がらないよう助言を与えてきたものを!」
「落ち着き下さい、クレマトー司教様!」
「病人を隔離することは最重要です!」
「ええ、もちろんわかっておりますわ。しかし……」
「このような大鍋のまじないで人心を乱して、病を拡散しようと画策するとはまるで魔女ではないか。やはり、貴様は懸念したとおり、悪魔の使いなのか!」
◇◆◇◆
(どうしてこうなった)
サクラたちとクレマトー司教の騒ぎに、近所の住民が何事かと集まってきた。
「やっぱり、治癒魔法じゃなかったのか?」
「あんなにポンポンと使えるわけがないと思っていたんだ」
「そうだよな、片手間にやってた感じだったし」
「俺なんて目も合わせてくれなかったぜ」
遠巻きに囁きあっているのは、『治癒魔法を使ってくれる美少女』を見ようと、治療院に列をなしてやってきた男たちだ。
(なぜそんなことをいうんだ)
「レミゥ様、貴重な燃料を使って言われるがままにお湯を沸かしましたが、本当に良かったのでしょうか」
「わ、私達が隔離していた病を解き放ってしまったのですか?」
「街は、それより私達は大丈夫なのでしょうか。び、病気になったり……?」
作業を手伝ってくれた近所の主婦のアルミナさん達も戸惑い、恐れている。
(なんでそんな)
大勢から負の感情を向けられ、サクラは呆然と立ち尽くしている。
なぜだ。頼まれたとおり治癒魔法を使ったではないか。なぜ治癒魔法が使えるかも原理もわからないけれど、怪我も病気も治ったではないか。治療院の衛生状態改善も、自分の案に従ってくれたではないか。なぜいまさら非難をする。なぜ。何故。なんで。
「みなさん、なんてことを!」
ぐるぐる回るサクラの思考を、いやこの場の全員の感情を、レミゥの叫び声が遮った。
「皆さんもご覧になったでしょう。サクラちゃんのおかげで、ダンケルさん、ハンスさん、セーラちゃんが元気になったのを。皆さんの傷を献身的に癒やしたのを! クレマトー司教様も、どうか落ち着かれてください」
レミゥは両手を祈るように握り、上目遣いで民衆に訴える。その目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。
スカートが汚れるのも気にせず、ひざまずいてクレマトー司教に、民衆に向かって語りかけている。
地面に膝を付き、土に汚れながら懇願するその姿は痛々しいが、見目麗しいレミゥが行うとそれはむしろ現実感が薄れて歌劇の一場面のように見えた。
さながら悲劇のヒロインを演じるレミゥの叫びに民衆は目を奪われる。
「ああ、そうか……」
民衆の耳目を一身に集めているレミゥをみて、サクラは理解した。
「自分のせいだ」
自分のやり方がこの状況を招いたのだ。自分は失敗したのだ。
「私のやりかたは『かわいく』なかった」
◇◆◇◆
サクラは、「美少女の治療魔法の使い手がいる」と聞いて治療院に押し寄せてきた列をなす大勢の人たちを、適当にあしらってしまった。
どうせ大した怪我ではない。珍しい異邦人を見たいだけの、あるいは、治癒魔法を見たいだけの、ミーハーな野次馬根性の人たちだ。そう思って、ぞんざいに扱った。
必要ないのに自分の利益だけのためにやってきた人たちだと思ったから。自分のためだけに他人に迷惑をかける。卑しい人たちだと思ったから。一人ひとりの顔も見ずに、実務やレミゥとの会話の合間に【治癒】の魔法を、そう、まるで流れ作業のようにかけ続けた。
治療院の衛生状態を向上させようとしたときも、仕事モードに入っていた。
いつもの会社の仕事のつもりで、的確に、必要なことを処理しようとした。金の流れを押さえ、物と人を配置すれば問題は解決する。そう思っていた。
必要な指示を、できる人間に、過不足なく与えた。そこには不足はなかったが一切の過分も存在しなかった。なぜそれが必要なのか、なぜそれをやるのか、相手に納得させる気はなかった。
ただただ、必要な、つまりサクラが必要と思う指示のみが端的にあっただけだ。
クレマトー司教に声をかけられたとき、イラッとしてつい感情的に対応してしまった。
悪感情は相手の不信感を増幅し、些細なファーストコンタクトのすれ違いが、決定的な決裂へと発展してしまった。
山田隆はプライベートではいつもぼっちだった。
必要ないと考えた集まり、遊び、趣味の誘いをすべて断ってきた。
興味がない。時間が、お金がもったいない。わざわざ付き合う価値がない。合理的に考えた結果、不合理を切り捨てた。
結果、他社への関わりは必要最小限になった。
山田隆は会社ではいつもぼっちだった。
仕事とは関係ない、飲み会、サークル、個人的な誘いはすべて拒絶していた。
仕事は仕事である。プライベートに干渉されるのはまったく理不尽だ。
そう思って、業務外の、そして業務時間外の関わりをすべてを拒絶してきた。
そんなサクラが【SoS】の世界で受け入れられれたのは何故か。それは『かわいい』を追求したからだ。
『かわいい』はすごい。かわいければみんな優しくしてくれる。
『かわいい』はすごい。かわいい自分を見ると自分は幸せになれるの。そして、その『かわいい』が伝播してみんなが幸せになってくれる。
『かわいい』は伝染病のようなものだ。感染し、いくらでも広がっていく。外部から隔離した治療院の病室に閉じ込めておかないと、街中に、国中に広がっていく病のように、誰にもまんべんなく伝わっていく。
『かわいい』はすごい。かわいければなんとかなるのだ。
◇◆◇◆
『かわいい』をやめた自分に価値はない。他人に影響する力はない。その結果がこれだ。
自分は『かわいい』から受け入れられるのに、どうしてそれを忘れてしまったのか。
クレマトー司教の前に跪いたレミゥは悲劇のヒロインだった。この場で、レミゥは絶対的な正義となったのだ。なぜなら、レミゥはかわいいヒロインだったから。
サクラの眼に決意の色が宿る。
今度は自分がヒロインになる番だ。サクラはかわいい。だから大丈夫だ。
「申し訳ありません。司教様。私の故郷の風習を押し付けてしまって」
サクラは俯き、まぶたを震わせる。
小動物のようにか細く弱々しく、みんなの庇護欲をそそるように。
「しかし、これは私達の故郷の教訓なのです。幾多の病に倒れた人々を救ってきた、確かに実績のある方策なのです」
目の端に涙を浮かべ、キッと強い目線でクレマトー司教を見つめる。
強い意思で、可憐な乙女が理不尽な暴力に立ち向かうように。
年端も行かない年頃の穢れも知らないように見える美少女と、禿髪の大男のおっさん。対峙すれば、どちらが悪者か。それは本能的に感情に訴えてくるものだ。
そこに論理など存在しない。
もしも、道端で儚げな美少女と禿のおっさんが口論をしている場面に遭遇したら、通りがかった人はどちらが悪者だと思うだろうか。断言しよう。ほとんどの人間は、即座におっさんを悪者と認識する。
なぜなら『かわいいは正義』だからだ。
「し、しかし、伝染病の危険を考えれば、隔離されていた病人を独断で帰したことは、到底許せるものではない!」
「確かに浅慮でした。出すぎた真似をいたしてしまったとも感じております」
先入観のない中立の状態であれば、サクラは『かわいい』だけで正義になれただろう。
だが、サクラは失敗した。すでにみんなサクラを疑っている。ヒロインになるには『かわいい』だけでは足りない。もうひと押しが必要だ。
「そ、そうだろう。治癒魔法で治したというのも信じがたい。治癒魔法とて万能ではない。そこまで即効性があるとは到底思えぬ……」
「お疑いですか?」
サクラはお気に入りの「疑問のときの可愛いポーズ」をしながら疑問を返す。
サクラがこの身体になってから、いや、VRゲームのアバターだった頃から何度も繰り返し、角度や目線が効果的になるように、常に修正し続けたそのポーズは、いまや、見たものすべてにまるで無垢な童女のような印象を与えるものへと昇華していた。
「私の治癒魔法が本物だって、信じさせてあげます」
サクラは微笑を浮かべる。
その微笑は無垢で清らかで、クレマトー司教も、レミゥも、集まった民衆も、思わず目を奪われる。
「何を……!?」
サクラとクレマトーが問答している間も、布類を煮込んでいる大鍋は、かまどの火を受けまだグラグラと煮立っている。
その大鍋が置かれているかまどにサクラは近づく。
サクラは無言でかまどから火かき棒を抜き出した。火かき棒と言ってもただの鉄の棒である。しかし、高温の炭の中に長らく差し込まれていたそれは、鋭い先端が真っ赤に灼熱色を帯びていた。
「お見せしましょう……ぐっ!」
サクラは真っ赤に燃えたぎる火かき棒を、自らの腹に一息に突き刺した。
「なっ!」
「サクラちゃん!」
「うわあああ!」
クレマトーの、レミゥの、そして民衆の悲鳴が上がる中で、サクラの身体にゆっくりと鉄の棒が突き刺さる。
「やめて! やめてください、サクラちゃん!」
「ふ……こんな棒……! お、あの狼さんの牙より全然細い。全然……ぜんっぜん、痛くないですよ! ……【治癒!】」
サクラの一瞬の葛藤(ほんのちょっと腕とか切るつもりだったのにナイフとか持ってないし。何かないかなー。うっわーヤバそうなモノ見つけちゃった。ええい、女は度胸。勢いだ。やっちゃえ)




