表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

序章

 薄暗いダンジョンの最奥部で死闘が行われていた。

 絶え間なく響く甲高い剣戟の音。


「うおりゃああ!」


 赤髪の勇者が聖剣を渾身の力で振り抜くと、剣先から鳳凰の形をしたエネルギーが発生し、一直線に敵に向かっていく 剣技(スキルアーツ)【竜撃斬】だ。


 グオオオン…!


 【竜撃斬】のダメージを受けた醜悪な姿をした敵――【邪神】の咆哮が響く。その姿は巨大で見上げても全容が見えないほどだ。


「やった、効いてるぞ。今のうちに回復を!」


 彼が対峙しているのは【邪神】デスデザスター。世界に終末をもたらすという災厄の神。すべての邪悪の根源。【邪神】を倒せば世界に平穏が訪れる。そのはずだった。


「いくら【邪神】が全属性耐性を持っていても、【竜技】は特殊属性だからなー」


 いささか暢気な分析をしているのは、やや離れた場所にいるローブをまとった魔導士の男。


「おい、サボんなよ! お前も魔法撃てよ!」

「やってるって。光魔法はタメがでかいんだよ。っと、よそ見しない方がいいよ」


 疾風の速度で動き回って【邪神】を牽制をしている忍者が魔導士に叫んだ。

 魔導士の足元には魔法陣が展開しており、大魔法の発動準備中であることが分かる。

 勇者が魔導士に文句を言っている隙に、【邪神】が攻撃態勢に移っていた。それだけで数メートルはある邪神の拳が一直線に勇者に向かって振り下ろされる。


【絶鋼防御】アブソリュート・シールド!」


 間一髪のところで勇者の前に聖騎士が割り込んだ。全身フルプレートに身を包んだ筋肉質の男の大盾が【邪神】の攻撃を受け止めたに見えた。


 バリイイン


 【絶鋼防御】によって発生したエネルギー障壁が砕け散り、勇者と聖騎士、ついでに魔導士を巻き込んで吹き飛ばす。魔導士が巻き込まれたことにより、魔法陣は発動することなく儚く消えてしまう。

 

「うおっ!」

「くっ、もう持たないぞ」

(……)

「あ、黒ちゃん、もう死んでんじゃん……」


 忍者はその持ち前の素早さでかろうじて避けたが、攻撃による被害は甚大だった。特に防御力の低い魔導士は一撃で死亡していた。

 あわや全滅と思われたそのとき、頭上から光が降り注ぐ。神聖魔法の光だ。


「みんなー、がんばってー♡」


 戦いの場には似つかわしくないかわいらしい声を発したのは、純白のフリルたっぷりフリフリのロリータドレスを着た少女だった。少女は回復魔法を施し全快させたのだ。さらに、死亡した魔導士も蘇生魔法を受けて復活していた。


「ありがとう!」

「かたじけない!」

「サクラちゃんLOVE!」

「Thank you (^O^)」


 四人の男たちは口々に礼を言うと【邪神】を倒すべく向っていく。

「そーれ、おまけだぞっ♡」


 少女は可愛らしいモーションでハート型のステッキを振り回しながら、後方からさらに支援魔法を発動させた。

 


◇◆◇◆


「あー、そんなにちょこまか動かないでよ。上手くタゲれないでしょう」


 狭い四畳半の部屋でVRゴーグルをかぶった男性の口から独り言が漏れる。

 目の前に広がる視界に映っているのは、VRネットゲーム【セイバーオブセイクリッド】のプレイ画面だ。


 【セイバーオブセイクリッド】、略称【SoS】はVR対応のマルチプレイネットゲームだ。


 よくあるファンタジー系RPGの世界で、戦士、聖騎士、重戦士などの直接攻撃を得意とする戦士系の前衛職と、攻撃魔法を得意とする魔導士系職、回復魔法を行使する司祭系職の後衛職でパーティを組み、敵モンスターを倒し経験値やアイテムを獲得していくMMORPGである。

 ゲームシステム自体には特に目新しいものはなかったが、最新のVRゴーグルに対応した初の大作オープンワールドMMORPGとして絶大な人気を獲得ししていた。


 暗い自室で【SoS】のプレイに没頭しているのは、中肉中背の特に目立たない風貌の平凡な容姿の男である。

 年齢は三十路。本人はまだ若いつもりでいるが、最近はたまに若者に「おっさん」呼ばわりされてショックを受けるお年頃だ。


「忍丸くんは放っておくにして、ヴァイスがもうすぐ死にそう。サイトウ氏は……硬いから放っておいてもまだ2、3発大丈夫」


 独り言が多いが、『とある理由』から発言が必要な時以外はマイクはオフにしてあるので、彼の言葉が他プレイヤーに伝わることはない。。


 彼のキャラクターはパーティメンバーのステータスを確認しながら、瞬時に優先順位を判断して仲間を的確に回復魔法をかけるため走りまわる。

 全体の戦況を俯瞰的に把握しつつパーティのHP管理を行わなければ回復職は、意外にも非常に忙しい。


 その間にも【邪神】の正面で攻撃スキルを連打している勇者のHPはどんどん減っていき、既にレッドゾーンに突入していた。


「あーもう。これだから考えなしの勇者様は。一人で突っ込んで、なーにが『回復を!』だか。届きませんよ。回復魔法の範囲いい加減覚えて欲しいね。……あの人、最近生意気だし一回くらい死んだらいいんだよ。……あ、サイトウ氏がカバーした。ちっ」


 画面の中では盾役の聖騎士サイトウ・ケンジが突出して死にそうだった勇者ヴァイスを防御スキルで庇っていた。対象パーティメンバーへのダメージを肩代わりする聖騎士スキル効果のおかげで勇者ヴァイスは生き残りそうだった。


 サイトウの防御によって【邪神】の攻撃を完全に防いだかと思った直後、しかし聖騎士は勇者と一緒に吹き飛ばされた。


「範囲攻撃な上に【シールドブレイク】効果とノックバック付きかー。前衛にはエグいね。でも、ちょうどいい具合にこっちに転がってきた。ナイス邪神!」


 【邪神】の攻撃は、前衛三人とついでに後ろで攻撃魔法を詠唱中だった魔導士も巻き込んで吹き飛ばした。魔法の射程距離外だった四人が一塊になって吹き飛ばされたおかげで、回復させやすくなった。彼は思わず【邪神】に対して親指を立てる。


「あ、巻き添えで魔導士『†暗黒騎士†』死んでる。そんなとこで長時間詠唱してたら潰されるに決まってるでしょう。位置取り考えてよ。それに魔導士のくせに『†暗黒騎士†』ってなんだよ。相変わらずややこしい……」


 中二病的キャラクターネームにげんなりしながらも、彼はパーティメンバーを回復させる。

 ついでに一応、魔導士も蘇生させておく。魔法を使う操作を的確に行いながら、マイクをオンにする


「『みんなー、がんばってー♡』」


 ボイスチェンジ機能で変換された可愛らしい声でキャラクターが喋る。セリフにタイミングを完璧に合わせて、自キャラのアバターにかわいいモーションをさせることも忘れない。


 彼が操るのは回復役の可愛らしい少女キャラクター。


『ありがとう!』

『かたじけない!』

『サクラちゃんLOVE!』

『Thank you (^O^)』


 VRゴーグルごしに次々にかけられる感謝の言葉に、男性プレイヤーはにんまりする。


「んん、気持ちいい。感謝されるのたまらないね『そーれ、おまけだぞっ♡』」


 器用にマイクをオンオフしながら、自キャラ「サクラ姫」に支援魔法を使うよう操作する。もちろん可愛らしい動作をさせることも忘れない。


 並行作業を手慣れた様子で神速の指さばきでこなしていく。


「くふふ、これだから姫プレイはやめられない」


 三十路のおっさんは、ゲームの中では姫だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ