主人公が特殊な立場にあるのは定番です
次の日は、結局晴れた。地面は濡れているが、すっかりと晴天だ。
「じゃあ、私は仕事に行って来るから。家事、頼んだわよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
八時丁度に家を出た彼女を送り出し、午前中の分の仕事を片付ける。要領が良いとは言えないはずの桜子がテキパキと家事をこなせたのは、やはり、エミリーの身体、ひいては頭なのだからだろう。
(私の意識と記憶が、エミリーに割り込んでるのかしら)
やはり、気になってしまうものは気になる。どう足掻いても、この疑問に決着は付かないため、気にするだけ無駄だとはわかっていても。
「ああ、そっか……」
仕事が終わってしまうと、どうにも暇だ。ゲームをやりたい、と思うものの、この世界にゲーム機や携帯電話なんかは存在しない。習慣付いてしまっているからか、わかっていても携帯を探してしまう。
んー……、と唸りながら、何をするか考える。よくよく考えれば、暇な時間は大体電子機器を弄っていた。ランキング系のイベントが来ていたならば、それこそ休日は丸一日と言っていい程に張り付いていたレベルだ。
こうなったら、もう敵情視察しかないか。そう結論にいたり、出かける用意を済ませて町へと繰り出す。
(そういえば、まだ攻略対象で会ってないのもいるか……)
ウォルターにイーグル、イェルハルト。もう二人ほどいるが、片方は隠しキャラだ。どういった扱いになるのかは桜子自身にもわからないが、この世界が『二週目』以上の世界だったら、出会うかもしれない。
辺りを見渡すようにしながら、彼女は町を歩く。そして、とりあえず人形店に突撃する。
「やあ。エルピディオさんのところの子だね」
甘ったるいいい声が、店内に響く。
「私の名前はエミリーです」
覚えておくよ、と人のいい笑顔で彼は返す。お願いしますね、と貼り付けたような笑顔を浮かべれば、彼はうん、と無邪気に頷いた。
やはり、桜子にとってはかなり苦手なタイプだ。八方美人というか、誰にでも好かれるタイプの人間は、気味悪く感じてしまう。そんな人がいるわけないだろう、と。だが、どうにも説得力があるというか、どこか迫力があるというか。表現のしえない気迫が、彼女にとっては怖い。
「それで、エミリーさん。何の用事かな?」
「お洋服の型紙を、譲ってくれないですか? お金は払います」
「洋服の型紙かぁ」
桜子は桜子並みに、戦略は少々考えてみたのだ。手っ取り早いのは、主人公とウォルターを会話させないことだろう。ということで、意地でも距離を近づけるため、エミリーも人形に携わろうと思ったのだ。それに、上手くいけばエルピディオのためにもなるはずだ。
「人形用の、ってことで良いの?」
「そうです」
彼は少々考えるような素振りを見せた後、笑顔になる。
「わかったよ。彼のところのお嬢さんだし、きっと大事にしてくれるよね。用意するから、待っていてね」
彼が店の奥へと入っていくと、入れ違うかのように、入り口のドアが開く。
「お邪魔するわ。ここは、なんのお店なの?」
凛とした、よく通る声。その声の主を見て、エミリーは目を丸くする。
質素なワンピースに身を包んだ、華のある美女。少々放漫さも見られるその口調。そう、ヒロインである。
「あら、貴方は? 客? 変なワンピース着てるのね」
ジロジロと嘗め回すように、ヒロインはエミリーの洋服をみる。
今日着ているのは、刺繍が特徴的な、ワンピース。童話に出てそうな、可愛らしいものだ。
「人に聞く前に、自分から言うのが礼儀というものではないんですか?」
「随分生意気言うのね。後悔しても知らないわよ?」
「貴方が私を知らないように、私も貴方を存じ上げないというだけです」
生意気はどっちだ、と内心で大きな悪態をつく。
ちょっと前まで普通にプレイヤーだったのだ。当然、ヒロインが何者かなんていうのはわかっている。一国のお姫様である。
「私は、あー、そうね。アンヘラよ、アンヘラ」
ヒロインは、某プリンセス映画よろしく、城の生活に嫌気がさして逃走する。そのため、偽名を使って追っ手から逃れつつ恋をしていく。
徐々に軟化して良くとはいえ、最初は物凄く高飛車だ。それこそ、ゲームをぶん投げようかと思ったほどに、初っ端のヒロインは酷い。
「そうですか。私はエミリーと申します。ここは人形をメインに取り扱っているお店ですよ」