欠ける思慮、足りない色素
「いらっしゃいませ~。食パンが、焼き立てですよぉ~。美味しいですよー」
間延びした、のほほんとした声。公式でアルビノとされている、パン職人のイェルハルドだ。
髪の毛も肌も、どこもかしこも色素が薄い。なんだか、同じ人間には見えない。ゲーム内の世界とはいえ、実際にアルビノの人間を見るのは初めてだ。
「エミリーちゃん。エルちゃん。お久しぶりー。クロワッサンも、美味しいよぉ」
にへぇ、という効果音が付きそうな、ゆるい笑顔だ。それでいても、美形というのは綺麗なんだから羨ましいものである。
「……久しぶり、だな」
「エル君、か。ごめんね、まだ、慣れなくて。でも、今は、他のお客さんいないよぉ」
2人は、幼馴染という間柄だ。イェルハルドは、エルピディオが女性であるということを知っているキャラクターでもある。
桜子がエミリーとして転生した『赤百合が散る頃に』は、バッドエンドの種類が豊富ということに定評のある『ブラッドムーン・ファクトリー』という会社から販売されている。そして、このゲームも類にもれず、ハッピーエンドは二種類しかないというのにバッドエンドは各キャラ三種類ずつ。そして、誰のルートにも入れなかった、共通のバッドエンドというのが一種存在する。
その中の一つにあるのが、イェルハルドとエルピディオが『異性のカップル』として付き合う、というものだ。
(あのルート、なぁ……)
中々にトラウマもので、イェルハルド以外は皆が傷付くルートだ。できれば、そのルートは回避したい。
「ぼくは、エルちゃんを女の子だって思ってるよ」
「ありがとう。ありがたいし、嬉しい。でも、誰が来るかわからないから」
ね、と念を押すように彼が言えば、イェルハルドは首を傾げる。も、すぐに首を縦に振った。
「そっか。嫌なら、やめるね」
真っ白な彼は、どこか精神面が欠如している節がある。子どもっぽいというか、幼いまま成長が止まってしまっているかのような。素直なのだが、その素直が過ぎるというか。
エルピディオは、彼の言葉に微妙な顔をしている。それもそうだ、女性として扱われることが、嬉しくないはずがない。それに、むしろ本人が望んでいることでもある。それを『嫌なら』なんて言われてしまったら。
(主人公に会う直前に、こんなことあったんだ……)
自分の理想を気高く掲げるエルピディオも見たし、自分に自信をなくし、弱り果ててしまう彼女だって見た。どちらも彼女であるが、やはり、どうせなら笑顔の彼女が見たい。そして、出来る限り、最高なハッピーエンドを迎えて欲しい。
「エミリー、何か食べたいパンはあるかな?」
「え? ああ、フランスパン」
予期せぬ質問に、つい思わず目に付いたものの名前を口にする。
「そうか。じゃあ、これと……」
彼はどんどんと注文をし、支払いを終えたら店を後にする。
「エルピディオ様。今日は、もう雑貨屋は大丈夫です。急ぎの用事ではないので」
「……そうか、すまないな」
「いえ。あなたは、明日お仕事もありますし。屋敷で、ゆっくりしましょう」
そこで会話は途切れ、沈黙の中町を歩く。華やかだが、どこか物悲しい。そして、人通りはあるものの、いやに静かだ。
次第に空は曇ってきて、辺りは暗くなる。
「走って帰るぞ、エミリー」
そう言う側から、一つ、二つと、ぽつぽつ雨が降ってきた。
「でも、お人形が」
「ウォルターの梱包なら大丈夫。それに、雨に濡れた方が厄介だ」
「……はい!」
そう遠くない距離だったため、パンもドールも殆ど無害で、二人がそれなりに濡れただけで済んだ。屋敷にたどり着いた後も、どんどんと雨は強くなっていく。
(なーんか、不吉なことが起こりそうじゃん……。でも、意地でも、絶対に、エル様は幸せにするんだから)