キャラがぶれない君が好き
推しが存在している、というのは何とも奇妙な感覚だ。
一枚絵ではなく動くし、厚みがあり、そう遠くない距離のため、息遣いも感じられる。
(なんか……、怖いな。やっぱ、夢なんじゃ……? でも、夢の中なら便乗しても、ねえ)
ばれない程度に彼の身体を眺める。
身長178センチ、体重59キロ。左利き。好きなものは可愛い洋服と人形、嫌いなものは悪、不公平、他人の不幸。そして、性差別。
乙女ゲーのサブキャラポジションでここまでしっかりとキャラの設定を覚えているのは彼だけだ。下手をしたら攻略対象のキャラ達よりよっぽど鮮明に覚えている。
(推し、この人は絶対に推しだよ。エル様だよ……)
見慣れぬ町の風景に、明らかに私服ではないメイド服。辺りを見れば見る程、ここが元いた世界の新潟ではないという実感が出てくる。
「ねえ、エミリー。どんな夢をみていたの? 思い出したくないのなら、無理にとは言わないわ」
「え? あーっと、何て言うか。死んじゃう夢、ですかね?」
そう返せば、彼は眉間にシワを寄せる。それでも美人というのは綺麗だ。
彼は文字通りの『美男』である。中性的でありながら、しっかりと男性の色気がある。それでいて、貴族の出なのもあってか気品もあり、性格もよく、職業は裁判官。
そんな彼の最大のコンプレックスとなっているのが、心が女性であることだ。
「まあ。それは怖かったでしょう。魘されるのも当然ね」
そう言うと、彼は優しく彼女の体を抱き締めてポンポンと頭を撫でる。
こういったスキンシップが多いのも『同性だから』であって、意中として見られることは絶対にない。あくまでも女性。彼の描かれ方は、媒体が変わってもそこだけは一貫している。だからこそ、推しなのだ。
「その、エル様。今日って、何日でしたっけ?」
「今日? 5月の……、8日よ。多分、合っている筈よ」
「ありがとうございます」
ゲーム通りに行くのなら、ヒロインが動き出すのは明日からだ。そこから、100回行動し、好感度と発生したイベントによってルートが変化していく。その100回は、1日の内に2~3個のイベントが発生することもあるので、決まって100日間、というわけではない。
(それ次第では……、頑張ろ)
一通りゲームをプレイした彼女は、もう全てのルートを知っている。最愛の彼女を苦しめるルートも、幸せをつかめるルートも。
そして、彼女が自ら命を絶ってしまうルートさえあることも。
(そんなこと、絶対にさせない。私自身が意中の相手になることはできなくとも、彼女を幸せにしてあげることならできる)
誰にも言えぬ決心を固めつつ、桜子はメアリーとしての生活を開始するのだった。