聖なる夜でも社畜は社畜
パンがきれていたので、パン屋に立ち寄る。
エミリー的には自分で作るのも良いのだが、エルピディオは、どうやらイェルハルドのパンの方が好きなようだ。器用貧乏というか、家事は何でも出来るものの、特出した特技がないのは少々歯がゆい。
(私も、なにか得意料理とか作ろうかな……)
女子力マイナスの頃とは違い、料理のスキルもある程度は備わっている身体だ。何とかなるだろう。
多種多様のパンを眺めていると、背後から熱烈な視線を感じる。
「なんですか?」
後ろを振り向くことはせずに、そう声をかける。
「エルちゃんは、いないの? どうして?」
何処となく幼いその声の主は、イェルハルドだ。どこか不安げにも聞こえる。
単なる憶測にしか過ぎないものの、アルビノである以上、彼はそう簡単には外出できない。となると、一定の期間以上相手からの面会がないと、不安になるのだろう。なんせ、どんなに恋焦がれても、自分からは会いに行けないのだから。
「最近、お仕事の方が忙しいんですよ」
「裁判官」
「そうです。人々の平和のために仕事してるんですよ。あなたも、何かあって、この仕事してるんでしょう?」
「そんなの、ない、かなぁ」
うーん、と唸りつつ、彼は顎に人差し指を当て、考える。その間、エミリーはパンを選ぶ。エルピディオが好きなのは、さくさくとしたクロワッサンだ。それと、甘すぎないチョコチップ入りのスコーン。それらと、自分の好きなパンをいくつかチョイスすると、彼に会計を頼む。
「税金も合わせると、2506円だねー」
彼は、商品を見ただけで税金も合わせて瞬時に計算をすることが出来る。商品の値段が全て頭に入っているのも、小数の計算が瞬時に出来るのも、桜子としては尊敬する。どんなに早くなっても、きっと、『瞬時に』というのは無理だろう。
きっちりのお金を差し出せば、彼はそれを確認した後にパンを袋詰めする。
「今日は珍しく、お客さんいないんですね。いつも、もっと賑わっているでしょう?」
このパン屋は、彼が外出しなくて良いようにと、自宅を改装して始めたものである。そのため、タイミングがタイミングだと、彼の家族と遭遇することもある。といっても、親などではなく、隠しキャラの子なのだが。そんなお店だが、彼の腕が評判となり、ここ周辺では、この店を贔屓にしている人も少なくない。
それだというのに、今日はがらんとしていて、静かだ。
「明日、クリスマスだからねぇ。昨日は、いっぱいお客さんいたんだけど。皆、きっと家族で過ごしているんだと思うよぉ」
「ああ。そういえば、そうでしたね」
西洋に則ってか、このゲームでのクリスマスは、『家族で祝うもの』というような扱いだ。アンヘラが家族を思い出し、城に戻るかどうか思慮するようなイベントが発生する。
「お祭りでも、大変なんだね。あ、これ、オマケでつけておくよ~。エルちゃんにも、あげてね」
恐らく、彼にとって大事なのはそっちだろう。エルピディオにオマケというなのプレゼントをあげたいだけだ。だが、きっと、聖夜のプレゼントというのは、彼女も悪い気はしないだろう。
彼がオマケとしてつけたのは、アイシングで飾り付けられたジンジャークッキーだ。ありがとう、とお礼を添えて、彼女は屋敷へと帰った。