だいごわ 笑顔は作るもの
彼女はこちらに笑顔を向ける。私も、ニッコリと笑って会話を続けた。
「ミルティロロッソさんは、たくさんの楽器が弾けるそうですね」
「いえいえ、そんな、弾ける、という程のものでもないわ」
「謙遜なさらず、私のような者にも噂が届く程ですから」
聴いたものが心を締め付けられるように悲しく、苦しくなるような音を奏でる、と。彼女は、その噂を知っているのか、一瞬、ほんの一瞬だが、眉を寄せた。だが、すぐに笑顔を作ると少し固くなった声でありがとうございます、とお礼を言うのだ。
「リカーさんは、何か楽器は弾けるのですか?」
少し、間を開けてミルティロロッソさんはそう聞いてきた。私は困ったように眉を寄せ、回答する。
「私は恥ずかしいことにヴァイオリンしか弾くことが出来ません……」
苦しそうに、恥ずかしそうに顔を少し伏せて答えると彼女は少し戸惑いを見せた。そして、言葉を紡ぐ。
「そんなに恥ずかしがることではないと思いますわ。一つでも楽器が演奏出来るなんて、素晴らしいことではないですか」
私は、彼女の表情を伺うように顔を上げずに目だけを動かして視界に入れた。彼女から息を呑む音が聞こえる。表情は、困っているように見えるが、どことなく嬉しそうな色が微かに出ていた。
淑女の仮面を被り損ねた道化。
きちんと、私、という存在が悪役令嬢に馴染んでいるようで、心の中で笑う。分かりやすい人は、嫌いじゃない。
「ミルティロロッソさんに、そう言っていただけると、嬉しいのですが……やはり、他の人達に比べると出来ない部類でしょう……?」
「そんな事ありません!」
弱気なことをポロりと漏らすと彼女は勢いよく言葉を吐き出した。私は驚いて顔を上げて彼女を真っ直ぐに見返す。
あぁ、本当に、分っかりやっすい子。
「一つでも、弾けるという事がどれだけ素晴らしい事か。一つ習得するのにどれだけの時間と、努力が必要か……。私とて、15年、15年掛けて楽器を演奏出来るようになりましたが、それでも5種類程ですわ……一つの楽器を演奏出来ることを、そんなに恥ずかしいと、一つしか、という言葉を使ってご自身の価値を、下げないで欲しいわ」
「ミルティロロッソさん……」
私は、驚いたような顔から、優しげな、笑顔を浮かべる。嬉しい、嬉しい、と見えるように、笑顔を貼り付けて。感激したような声を吐き出した。
「そう、言っていただけるなんて。本当に、嬉しいです。もう、なんて言ったら良いのか、分かりませんが、とても、暖かいです」
「あ、いえ、あの……そう感じていただけたのなら、良かったわ」
彼女は自分が何を言っていたのか、どんな風に声を掛けたのか、周りにどんな風に見られているのか、悟った。私はそれに、気付かない振りをして、微笑む。周りの目など、気にしていられない。一歩下がり、腰を折り、感謝の意を示すと、彼女は慌てた。周りのものは気付いていないが、微妙に声が引き攣っている。
可哀想に。だけれど、ここではきちんと見世物になってくれ。
顔を上げて、笑って、笑い掛けて、笑顔にさせるのだ。