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ピヤッツァ内戦 前編

戦争とはいつだって醜いものだ。それが身内どうしの爪の引っ掻き合いならば、醜さを通り越して滑稽と言える。ピヤッツァ内戦。滑稽極まりない、同じ国民どうしのいがみ合い。腐敗の打倒?権利の会得?下らない。それでどれだけの血が流れた。そして何を得た?血を流すことで得られたものなどすぐ腐敗する。なにせ使う者共が腐臭を漂わせているからな。

これは私、アルトリリスから見たピヤッツァ内戦の話。私が体験し、私が感じたこの内乱の事実。魔王軍も知らない内容がこれから語られる。ただ前もって言っておこう。


「面白くはないぞ。」


クリハートは村の防衛を行い、軍隊を何度も撃退したというのは聞いただろう。私もここの詳しい内情は知らない。当時から第4師団を率いてはいたが、その時はプリマヴェーラ方面の国境警備に出ていた。おかげで国内の情報が入ってくるのはかなり遅く、クリハートのことを知ったのは彼が反乱軍、「朱雪(しゅせつ)の矢」のリーダーとなったときだった。そしてそうなってから初めて、私に様々な情報が伝わり、出動命令が下されたのだ。


「団長!!」


あの時、団長としては新参者であった私は、この称号に恥じぬよう日々の職務に誠実に取り組んでいた。この日もプリマヴェーラの動きに注意しつつ、不法出入国者の取り締まりを行っていた。そしてその日の職務を終え、休もうとしていた時だった。この報告が私の耳に入ったのは。


「なんだ?慌ただしい。」


この時の私は平静を装っていたが、内心は動揺していたことを覚えている。なにせ寝る前であった故、気が緩んでいたのだ。そこにいきなり部下が駆け込んで来たのだ。動揺するなというのが無理であろう。


「し、失礼しました!!」


だから来てすぐに出ていった部下の行動が理解できなかった。その理由が判明するのに5秒ほどかかったのは実に不覚である。


あらかじめ言っておこう。私は寝る時はあまり着込まないタイプなのだ。


インヴェルノは冬国であるため一年中寒い。だがプリマヴェーラは付近は比較的暖かいため、あまり着なくとも寝ることができる。だから家にいる時よりも開放的になっていた。ここまで言えば何が起きたかは察せるだろう。


そう、ほぼ裸の状態を部下の男に見られたのだ。


(!!!!?!!!?!!!っっっっっ〜~!!?)


叫びたい気持ちを抑え、少しも声を出さ無かったのは我ながら良くやったと言いたい。クールな指揮官というイメージを作っていたため、それが崩れるのは何としても避けたかった。私はそそくさと再び執務服に着替え、至って平静な顔をして彼を再び呼んだ。


「もう良いぞ。入れ。」


「し、失礼します!」


彼の表情はガチガチだった。理由は女性のあられもない姿を見たというのもあるだろう。そしてそれが自分の上司となれば、違う意味でも緊張してくる。これはまず緊張を解すところから始めるべきだと思った。


「無粋なものを見せたな。すまなかった。」


まだ動揺していたということもあるが、この時の私は全てにおいて未熟だった。だから彼の心など全く理解できず、そんなことを言ってしまった。普通、こんなことを言われては尚更緊張するだろうに。


「い、いえ、大変美しいものを見せて頂きました!!このガーティス!一生の宝と致します!!」


これがガーティスとの初めての会話であった。後に彼は私の片腕となるのだが、始まりはこんなにも可笑しく、そんなことは微塵も思えないものだった。


「それで一体どうしたのだ。」


「は!上層部から命令書が届いております!」


そして彼から命令書を受け取る。そこには「ハルンカにおいてクリハート・シュタンメッカが暴動を起こす。彼を討って暴動を鎮圧せよ。」としか書かれていなかった。ハルンカとは例の殺人事件が起きた街の名である。


(暴動?だとしたらわざわざ私に出動を命じるのは変だ。首謀者の名前がわかっているなら、すぐにそのものを捉えればいい。)


 それができなく、第4師団がその鎮圧に乗り出す。ということは。


(反乱か…。とうとう起きてしまったか。


私は今まで何度も反乱を防ぐために対策を立てるべきだと軍上層部に進言していた。政治は貴族が牛耳っていたため、法ではそれを防げない。私も貴族ではあるが、貴族は軍に入って市民を守るべきという考えを持つ一族であったため、他の貴族からは煙たがられていた。だから私は彼らに何かを言う権限はもっていない。

その為に軍に対策を求めたのだが、だがこちらでも私は嫌われ者だ。それは別に貴族だからというわけではない。パーンヴァル家は代々武家として名の知れた家だ。そしてその頭首が昔から第四師団を率いてきた。今更そのことに口出しする者はいない。だが私はこの時から2年前、18歳で団長になった若輩者だ。あまりにも若くして就任したため、完全に親の七光りのお遊びお嬢様だと思われている。その評価は正しい。私も父がなぜ18で団長に任じたのかはわからない。ただそのおかげで軍上層部にも私の居場所はなかった。だから国境警備などという中央から遠ざかった任務をさせられるのだ。


(まぁ私が発言したからという理由だけで場が重くなる中央司令部などには、一秒たりともいたくはないがな。)


 そしてそれだから反乱に対する備えを怠り、こんな結果を招くのだ。全く不甲斐ない。20の小娘の方が先を見通せているではないか。まぁいい。それはまず置いておこう。今はとにかく。


「ガーティス…と言ったな。各部隊長を会議室に集めろ。寝ているものがいたら叩き起こせ。」


 この案件に取り掛からなくてはなるまい。


「は!』


 ガーティスは敬礼をするとキビキビと部屋を出た。私もすぐさま会議室へと向かう。着替えなくて済んだのは不幸中の幸いだった。



「さて諸君。夜分にすまない。今夜つい先ほど、中央司令部から命令書が届いた。」


 会議室大きな円卓に千名の部下を束ねる部隊長が19人、私を入れると20人がこの部屋に集まっていた。


「内容はハルンカにおいて暴動が起きたらしい。首謀者の名前はクリハート・シュタンメッカ。彼を捕らえろとの命令だ。」


 あえて反乱のことは伏せる。この隠された意図を理解できないのならば、私は彼らへの評価を改めなければならない。遺憾ながら悪い方にな。


「暴動?そんな程度のことを我々がやるんですかい?そんな目に見えた手柄、欲しがるやつは山のようにいるでしょうよ。」


そう言ったのは第4大隊隊長のキリード・レンだ。三十過ぎた中年の男性だ。彼は前線で戦うことを何よりも好み、突撃隊長として重用している。


「キリード隊長の言う通りですな。このような任務が私どもに回ってくるなど、あまりに不自然。なにか裏があると見るべきでしょう。」


第2大隊隊長のシルバー・マーディン。五十を過ぎた初老の男性で、作戦参謀として私を補佐している。さすがこの師団の頭脳だけあって明察だな。


「その心は?」


そう聞いたのは私では無い。第12大隊隊長のハナシカ・ザマラキ。この中では若手の男性である。魔法に長けており、魔道部隊の隊長をやっている。


「すばり!これは暴動ではなく、反乱だと私は考えます。その根拠は皆さん言わなくてもわかるでしょう。」


皆、うねり声を上げた後押し黙る。中央に嫌われ、左遷までされる小娘が率いる集団。その我が第四師団に仕事が回ってくる。相当厄介な案件だということを全員理解したのだろう。


「ハルンカはここから近い。それが理由とは考えられないだろうか?」


第7大隊隊長のマーナル・シュトラスが口を挟む。彼は銃の名手で彼の部隊も銃を専門的に扱う。


「それもありうるでしょう。しかしそれは中央の第一師団も、北の第三師団も同じこと。なのに我々というのは、いささか不自然では?」


シルバーの一言に返す言葉もない。


「我々は捨て駒(スタート )か、最後の砦(ラスト )か…。」


そう言ったのは第3大隊隊長アルカ・イスラである。60近くの老齢な女性であるが、その武は未だ衰えを見せない。そして私が最も信頼する部下である。


「出来れば前者であって欲しいな。この国を憂う小娘としてはな。」


皮肉げに言う。そのほうがまだマシだという願いも込めて。


「さて諸君。事情はおおよそ理解出来たな。我々はこれより厄介事に首を突っ込むことになる。しかも我々が動かねばならないほどのな。」


一同が笑う。


「とはいえ全軍を動かす訳にはいかない。代わりの者を寄越すと言ってこない以上、国境警備も続けろということなのだろう。」


それが今回の出兵における、最大の懸念であった。現在プリマヴェーラ国境付近、約280キロメートルを警備していた。無論、その全てをではない。私が今いる砦を起点として、所々にある警備所に兵を配置することで、一応の形を取っていたのだ。とはいえ馬と徒歩でしか移動手段がない現在でその距離を守護しろというのは途方もないことである。師団規模を交代制にして何とかという具合であったのに、ここで兵を割いてしまったら、どんな弊害が起きるかわかったものでは無い。しかし命令書がある以上、出兵しないわけにはいかない。


「期待されてますな。」


そう皮肉を言ったのは第10大隊隊長オスカー・へクマティアル。第四師団の家計簿。彼はもっぱら後方支援が得意で、彼の部隊は補給物資の配達を主任務としている。ここへの来る補給物資も彼の指揮の元であり、彼の管理下である。


「こんな時だけ期待されても困るがな。…仕方がない。鎮圧へ向かうのは第1、第2、第4、第7、第12大隊。第10大隊は物資の輸送に兵を割いてくれ。その他は警備任務の続行。私が不在の間はアルカ・イスラに代行を任せる。」


正直言って不安だが、これが可能な限り万全な体制だ。これ以上の戦力は割けなかった。私がそう命令を出すと、隊長達はとりあえずは返事をした。


「出発は2日後にしよう。指定した部隊は各地に派遣している兵士を呼び戻すように。交代員はこちらから追って指示する。」


悠長なことかもしれないが、急いだところで何も変わるまい。そう思い、少し時間を空ける。


「夜更けにご苦労だった。解散!」


こうして夜中の軍事会議は終わった。皆各々に退室していった。


「シルバー。」


そんな中、私はシルバー・マーティンを呼び止めた。


「なんですかな?団長。」


彼は即座に振り向く。


「今回の件、情報があまりにも少な過ぎる。貴官の判断でハルンカ周辺の情報収集をしてもらいたい。」


第2大隊はこうした密偵の仕事も兼ね備えている。戦争は兵の数、補給物資、情報の3つが勝利の鍵だ。これらのいずれかが不足していれば、苦戦は必須である。


「それは私も思っておりました。ご安心を。既に派遣する用意をするつもりです。」


さすがは第四師団の頭脳。私から指示するのは余計であったか。


「そうか。流石はシルバーだな。それともう1つ…。」


言い終える前に彼は私に手のひらを見せる。


「中央へも調べに行かせるのですな。」


なるほど。言わなくてもいい分かるという意思表示なのだろう。実際、私が喋ろうとした内容はそれだ。またしても流石である。


「ああ。頼む。余力があるのか無いのか。それだけでも構わない。」


彼は大げさにお辞儀をした後、


「かしこまりました。どちらも早朝出発できるよう手配いたいします。」


と言って退出して行った。


「さて明日から嵐となる。私も早々寝ようか。」


その頃の私はまだ事態を軽く見ていた。全てを見通せていたのなら、このような呑気なことは言わなかっただろう。嵐どころか天変地異の前触れであることをまだ私は知らなかった。


「それではハルンカに向けて出発する!!」


2日後、私はインヴェルノ側の門の前にいた。そして私の前には約5000名の兵。これが私の今共に戦える戦友(とも )だ。


「アルカ。行ってくる。」


留守を預かってくれるアルカに一言掛ける。


「お嬢様、お気をつけて。決して油断なさいませんように。」


昔から私の家に仕えてくれている侍女でもある彼女は、私に心配そうな目を向けている。


「あなたの弟子を信じろ。大丈夫。絶対負けない。」


その目を見ると少しでも安心させたくなる。そして彼女にそんな目をさせる自分が歯がゆくなるのだ。だから不安があるのを悟られてはいけない。なので私は彼女に背を向けて、馬を歩き出させた。


「団長。もうすぐですな。」


我が隊の副隊長が声をかけてくる。ここはハルンカから10キロほど離れた地点。雪も少なく、少々開けている。ここを簡易拠点とするのも悪くは無さそうだ。


「先頭のキリードに連絡しろ。もう少しで戦地に入る。更なる用心をせよとな。それとシルバーを呼べ。」


はい。と返事をした後、副隊長は伝令を放つ。馬に乗った伝令は陣形を保ったまま歩く、我が師団の人の波を掻い潜って進んだ。


「お呼びですかな?団長。」


しばらくした後、シルバー・マーティンが乗った馬が私の横につく。


「例の件はどうなった?」


私たちは軍を進めながら話を始めた。


「結論から言いますと。やはり反乱ですな。しかもその流れは国中に広がりつつある。」


もはや驚くに値しない。すでに予想していたことだ。


「市民の間にはクリハートが軍を何度も破っていること。そしてクリハートが受けた仕打ちが噂として流れているようです。」


「仕打ち?」


ここで私はクリハートがなんの根拠も無しに処刑されかけたことを彼から知らされる。


「火種を作ったのは(われわれ )か…。しかし火を消すのに水が必要になるとはな。」


今まで通りならば、ことなかれ主義の市民が口を閉ざし、火は自然鎮火するはずだ。いや、完全には消えなくとも燃え上がることはないはずだ。


(何が…いや誰が…?)


人は自然と違い、勝手に燃えたりしない。人の心に火を付けるのはいつだって人だ。もちろん例外はあるが、今回は山火事レベルまで火が回っている。ならば今回のが人為的であるのは明白だ。


「そして具体的なクリハート側の戦力ですが…。」


ほう、こういったことが得意なシルバーにしては珍しい。よほど敵の情報操作が行き届いているのか。


「ハルンカにも幾人か密偵を送り込んだのですが…。1人として帰っておりませぬ。結論を言いますと、皆殺されたかと。」


彼らは民間人で構成された組織のはず。であるのに密偵に気づき、一人残らず処理できる。ただの素人集団ではないのか…?


「唯一得られたのは、ハルンカに商人らしき人物が何度も出入りしてるとのこと。しかし…それも周辺の町に送り込んだ者達の情報からまとめたものでしてな…。」


シルバーの口が重い。彼としてはこんなおぼろげな情報しか話せないということは、我慢ならないことなのだろう。


「中央の方は?」


ハルンカのことはもういい。次は別件の方を聞こう。


「結論から言いますと、もはや軍としての機能を維持できておりませんな。最高司令官のカーネル・ライヤーの死。その責を追求され、デージスト・ロランセーンの辞任及び自殺。1度に2つも頭が切られたのです。正常な機能など期待できるはずがありませんな。」


こちらの情報は流暢であった。反乱軍よりも情報統制が出来ていないとはな。まったく、本当に嘆かわしい。しかし、まさか本当に最後の砦(ラスト)とはな。事態はこうであって欲しくない方に転ぶ。となれば国がこれ以上戦火を点さないように、火種をここで何としても消さなければ。


「…もう良い、おおよその理解はした。下がってよいぞ。」


 シルバーを自分の持ち場へと戻らせる。さてここからどうするかだ。今だに敵の情報は少ない。戦力差だけでも知れればと思ったが、それすらわからない。となれば最初は様子見するしかあるまい。


(…一度陣を張って、しっかりと軍議を行うべきだったな。今からでも遅くはないか?いや、時間を掛ければ敵に迎撃の用意をする時間を与えてしまう。なるべく早々にこの件を片付けたい。このまま進むとしよう。)


 それは(あなど)りか、焦りか。この時の私は戦の定石を幾つか無視していた。一つはこの戦前の軍議、そして休息。敵は民間人である故、無理な行軍でも勝てると踏んでいたのだろうが、それは大きな過ちであった。そしてここから私の悲劇と喜劇が幕を開ける。


「団長!ハルンカが見えました!」


 先行しているキリードの部隊から連絡が入る。目視できる距離まで来たか。


「全軍!戦闘態勢!!敵が待ち伏せているかもしれん!周囲の警戒を怠るな!」


 なるべく大きな声で指示を出す。拡声の妖精の力も使っているため、全員に聞こえているはずだ。無論、それは街の方まで響いているかもしれんが、全長1kmを超える隊列が間近に迫ってきているんだ。今更気付かれること気にする必要があるまい。


 「いつものようにやれ!さすれば勝てる!」


 これは作戦指示だ。声は全軍まで響くが、敵にまで聞こえる。ならばあらかじめ何パターンか伝えておき、状況に応じてその暗号を伝えれば、敵に察せられずに即座に対応ができる。この戦法で私たちは幾度となく勝利してきた。ちなみに今回のキリードの部隊が突撃し、他の隊はその援護の作戦である。クリハートの首を取れば私たちの勝ちだ。それに全力を尽くそう。




 思えばこれが私が焦っていた証拠だったのだろうな。



 

 前方が急にどよめき始めた。それに伴い隊列が乱れ始める。


「どうした!」


 私は声を荒げる。よほどの緊急事態なのだろうか。訓練された兵がここまで動揺するとは。そして前方か馬に乗った兵が近づいてくる。キリードの副官だ。


「キ、キリード隊長が戦死なさいました!!!」


「なんだと!?」


 予想もしなかった報告だ。まだ敵兵の姿すら見えていないのに、いきなり大隊長の死亡。驚くなという方が無理だろう。


「状況を詳しく説明せよ!何にやられた!!魔法か!?」


「そ、それがいきなり街から何かが飛んできたかと思ったら、それがキリード隊長の頭に当たって…それから隊長が血を出して倒れて…!」


 報告する兵士は動転しているようで、その言葉は拙い。だがおおよそはわかった。


「狙撃か!?この距離を!?」


 それしかあるまい。キリードほどの手練れならば、魔法などすぐに察知できる。弓矢なども同様であろう。だが、今まで見たことのないもの。つまりは最新鋭の武具ならばその反応に遅れが出ても不思議ではあるまい。

 この世界にも銃はある。だがそれは先込め式の単発銃で、その射程距離はどんなに腕が良くとも70mが限界であった。だがエスターテ帝国ではその倍以上の距離を狙い撃て、さらに連射可能な銃が開発されたと聞く。それを用いられたのであれば、キリードが不覚をとったのも頷ける。とはいえ、


「この距離を狙撃できるやつが敵にいるのか…!」


 とはいえだ。今ここはハルンカがようやく見える位置だ。その距離にして5キロといったところだろう。最前線にいたキリードでさえ、4キロないし3キロは離れていた。いくら性能のいい銃を開発したからと言って、この距離を正確に狙い撃てるというのは信じがたい。だが現に歴戦の勇士が為す術もなく、倒されている。認めなければならないか…!


「作戦変更だ!一度引く!!甲羅を背負え!!」


 対策を立てなくてはと思い、防御の陣で離脱にかかる。幸いにも敵はまだ出てきていない。無事に退けるはずだ。


 だが現実はそう甘くなかった。


「団長!後方から敵が!!」


 見たこともない銃を構えた甲冑がこちらに穴を覗かせている。その穴からは今にも鉄が、我々の体を貫こうと駆け寄ってきそうであった。


「怯むな!敵はわずかだ!槍の矛先をねじ込め!」


 回り道をする暇はない。一点突破で戦線を離脱しようとする。


 だが現実はそう甘くなかった。


「団長左右からも敵が!!」


 同じ格好をした集団が次々と現れる。その数は5千名。我々とほぼ同数であった。


「ちぃ!」


 どちらへ行こうともこの銃口からは逃げられないだろう。キリードを殺した銃ならばマーナルに撃ち合いさせても勝てないだろう。しかもあの甲冑、魔法防御の加護を施されている。それを全員に配るなんて、正規軍でも無理だ。こいつらはただの素人ではない。となれば射程が関係無く、近接戦闘に持ち込める市街で戦うしかない。つまりは…。


「全軍!!ハルンカへ走れ!!あそこでなら五分の戦ができる!」


 もはやそれしかなかった。敵兵はハルンカ方面へは配置されてはいない。そう不自然なほどに前ががら空きだったのだ。だが私はそのことに気づいていなかった。いや、この判断が正しいということに過信していた。だから盲目だった。罠だという可能性を根拠なしに否定していたのだ。


「撃て。」


 後ろから銃声が聞こえる。幾つもの銃声が重なって、重奏を奏でているようだった。死の音楽。音を鳴らすたびに人が死ぬ。音を鳴らすたびに観客から苦痛な拍手が湧き上がる。出来上がるは赤黒い絨毯。奏者達がそのレッドカーペットを歩いてくる。そんな中、私は逃げることしかできなかった。私の判断ミスによって大勢の部下が死んでいく。銃弾の雨。傘はなく、雨宿りするためにひたすら走った。


「はぁはぁはぁ…。」


 気がつけば地面が土から石へと変わっていた。どうやらたどり着けたらしい。後ろは惨劇。悲鳴と銃声の二重奏はまだ終わらない。


「こっちだ!!」


 なんとかついてきた部下を引き連れて街の中心へと向かう。街は恐ろしいほど静かだ。まるで残酷な演奏を聴き入っているかのようだった。


「止まれ。」


 街の中心、かつてクリハートが処刑されかけたところに着く。別にここに来たかったわけではない。道がまるでここに誘導しているかのように封鎖されたり、通行できたりしていたのだ。


「完全に嵌められたって訳か…。」


 認めるしかない。私より敵の方が上手だった。部下が不安そうな目でこちらを見る。すまない。そんな言葉しかかけられない。


「投降しろ。君たちはすでに包囲されている。」


 周りを見れば先ほどの奴らと同じ格好をした者たちが、私たちを囲んでいた。もはやこのまま戦っても勝ち目は無いか…。


「…わかった。投降はする。だが部下は逃がしてほしい。」


 一か八か取引を持ちかけてみる。拒否されれば玉砕覚悟で特攻を仕掛けるつもりだった。


「こいつ!そんな口が利ける立場だと…!」


「待て。」


 私に投降しろと言ってきた人物が前にでる。


「いいだろう。部下は逃がしてやる。だが君は剣を捨てて貰おうか。」


「お、お待ちくだされクリハート殿!!」


 小太りの男性が異議を言ってきた。


「みすみす敵兵を逃すのですか!これまで頑張って朱雪の矢の情報を、外部に漏らさないようにしてきましたのに!ここで彼らを逃がしては、 今までの苦労が水の泡に…!!」


 この男の言は正しい。だがこれで意見を変えるようなら、こちらにも考えがあるぞ。なんといっても大将が目の前にいるのだから。


「いいんだ。第四師団はこれで壊滅。アルトリリス・ウォン・パーンヴァルは捕虜となった。このことを伝える証人が彼女の部下にいるのだから、信憑性は高くなる。後は…わかるだろう?」


 その考えも正しい。だが彼はわかっていない。私が死んでも第四師団は壊滅しない。まだ兵力は残っている。それに自分達より年下の上司がいなくなったのだ。彼らとしても嬉しい事だろうさ。アルカには申し訳ないがな…。とにかく今はそのことを悟られないようにしよう。


「なるほど。それもそうですな。分かりました、あなたの言う通りにしましょう。」


 そう言って小太りの男性は下がった。


「お前たちもわかったな!出撃している者たちにも伝えろ!」


 何名かが外へ向けて馬を走らせた。どうやら部下は逃がしてもらえるらしい。


「アルトリリス殿。こちらへ来てもらおうか。他のものはさっさと行くがいい!」


 クリハートの言葉を聞くと、部下はさらに私に視線を送る。


「行け。そしてアルカに伝えてくれ。すまないと。そして後を頼むとな。」


 皆、頷くと来た道を戻り始める。敵側の兵士が何人か付いていったのを見ると、通行書は用意してくれるらしい。見張りとも言うがな。


 さてかくして私の悲劇の舞台は幕を上げたのだった。捕虜。誇り高き騎士にはその汚名は、想像を絶するものだった。だが私は決して諦めなかった。そしてその経験が後の魔族との戦いにも活かされることになるのだが。そのことは当時、誰も知らなかった。


 


 






 



















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