開戦!魔王様!
「アルトリリス団長!魔族軍に動きが!」
所は変わってインヴェルノ共和国側。国民の脅威となる魔族の軍団を、排除すべく派遣された部隊の司令部。いや、司令部というには随分と簡素である。寒冷な雪空の下であるのに、テント1つ。雨風、いや雪風しのげれば良いとしか考えてないのだろう。
彼らは行軍の真っ只中であり、その場所も休憩のためにのみ立ち止まったのである。直ぐに移動できるように簡素であるのは実に理にかなっている。しかしだ。しかしそれにしては、団長と呼ばれた人物がいるにしては、本当にテント1つしか無いのは可笑しいのではないだろうか。
「どうしました?」
そのテントの中央。団長と呼ばれた女性は静かに佇んでいながら聞いた。
「進軍を開始しました!こちらに向かって行軍中!」
「掛かったか…。」
当然といば当然である。奴らは我らよりも圧倒的に戦力が少ないのだ。過小の軍が大軍に勝つには電撃作戦しかない。決死の覚悟を持って敵軍の中央を叩く。さすれば瓦解した軍など恐るに足りなくなる。ならば手っ取り早く勝利条件を満たすなら首都トランナラーに一直線に向かうのが一番だ。だが、
「浅はかだな…。」
そんなことを見抜けぬほど、私は馬鹿ではない。これまでの戦の様子を見るに奴らには物を考える力がある。ただ本能のままな暴れてきた今までの魔族とは根本的に質が違うのだ。故に私は慢心などしない。強敵として全力を尽くそう。国民のためにも、私のためにも。
「敵は網に掛かった!出陣の用意!」
号令を出す。出てきてくれることが我々の勝利への第一歩なのだ。こちら側からして、やられて一番困ることは籠城されることだ。敵の戦力は不明。だがこれまでの戦闘結果から推測しするに、それなりの規模であるだろう。そんな連中が立て籠もることを選んだのならば、戦闘は確実に長引く。それはまずい。この戦いが長期に渡るのはとにかくまずい。それだけは何としても阻止しなくてはならない。
「作戦地点へと移動する!全軍前進!」
準備が整った後にそう指示する。こうなることは予測していたため、すでにどこへ向かうかは説明済みだ。故に兵たちの動きに乱れはない。悠然と歩を進めていた。私も兜を被り、馬に跨り、出発する。
(見ろよ。あの団長の姿を。)
私が率いる部隊のある兵士が隣の兵士に密やかに話しかける。
(ああ、実に凛々しいな。)
隣の兵士もそれに応じた。
(知ってるか?団長って休んでいる間もあの鎧を着込んだままらしいぜ。)
(本当か!?あの鎧って俺たちのとは違って、簡単に着脱できるんだろ?なんで脱がないんだよ。)
声をかけた方の兵士が話題を出した。これを皮切りに二人の会話はまだ続く。
(なんでも戦地にいる間は気を抜かぬよう、ずっと戦闘態勢でいるらしいぜ。鎧を脱がないのはその覚悟の表れなんだと。だからテントで寝るときもずっとあの格好でいるそうだ。)
(はえー。にわかには信じがたいな…。だけどあの団長だしなぁ。本当にやってそうだな。)
(ああ。なんか他のお偉いさんとは心構えが違うんだよな。本当に立派な人だぜ。)
(そうだな…。あんなに立派なのになぁ。なのに今の国民の奴らは…。」
「おい!その話は…!」
そこまで話したところで別のほうから声が割って入った。
「貴様達ー!!私語は慎まんかー!!」
それは声と言うよりは怒声と言う方が正しかった。会話に夢中になるあまりに密談の域を超えていたのだ。そのため二人は自分が所属している隊の隊長に叱られてしまった。叱咤を受けた兵士達はそれ以降話すのをやめ、黙々と歩くことに集中する。
今の会話を聞いていた身としては複雑な感情を抱かずにはいられない。別に盗み聞きをしていたわけではない。彼らの言った通り、私は戦地ではいついかなる時においても臨戦態勢でいる。それは単純に鎧をずっと着ているという話だけではない。常に視覚、聴覚などの五感をも研ぎ澄ましているのだ。しかもそれを魔法を用いて行っているため、常人とは比べものにならないほどの精度である。そのために二人の会話が聞こえてしまったのだ。
「立派…か…。」
複雑と言ったのは何も褒められたからではない。いや、確かにそれもある。褒められて有頂天になる程、私は出来た人間ではない。しかしなによりも心に引っかかっているのは彼らが最後に言った国民の私に対する評価のことだ。
現状私の立場はそう良くはない。むしろ最悪と捉えられるだろう。というと私が何か重罪を犯したのではと疑われるのだろうが、実際はそうではない。何もしてはいない。何もしなかったからこそ、最悪なのだ。その名誉を挽回する気はない。きっと今更なにをしても無駄だろう。レッテルとはそういうものだ。だからこそ最後の役目を果たさなくてはならない。
「この命代えても。」
私はそう決意した。
「おーう、団体さんのご到着だーい。」
目の前に広がる大軍勢を前にして、俺はそう感想を漏らした。
砦を出て早三日。俺たちは広い雪原に陣を敷いていた。木が一本もない途方にくれるほどの雪原。こんなに白いと自分がどこにいるのかもわからなくなりそうだ。
「到着したのはあたし達ですけどね。」
そう言うのはリリアンテューヌ。ただっぴろいと走りたくなるだろうが、今は開戦前。我慢してもらっている。彼女の言った通り、この場所へは奴らが先に着いていた。三日かかったとはいえ、先に動いたのは俺たちの方だ。なのに後手に回ったということは、
「奴らに行動を読まれていたってことだな。」
予想はしていたが、相手の指揮官は相当な切れ者らしい。少々厄介だな。
「どんな敵が来ようと、あたしが蹴散らしてやりますよ!!」
銀髪の少女の意気込みは勇ましく、頼もしいが、事はそんなに単純ではない。白色の川の対岸には、こちらを大きく上回る大軍が一糸乱れぬ隊列で並んでいる。さらに場所といい、こちらを包囲せんとする陣形といい、その数の有利を存分に使える状況だ。。こちらを侮ってないと見るべきだろう。対してこっちは頭数も少なく、愚連隊と言っても差し支えない集団である。普通にやればまず勝ち目はない。
「やっぱ補給部隊の護衛にチルパニーを当てるんじゃ無かったかなぁ。」
そうだ赤鬼のオーガであるチルパニーは、現在武器や飯を運ばせている後詰めの部隊の護衛として、戦線を離れている。補給は戦の生命線だ。物がなきゃ戦えない。だから実直な仕事をしているチルパニーをその護衛の任に就かせたにだが、おかげで現状こちらは7000から2000減って、総兵力5000しかない。2万対5千。ますます勝ちの目が無いかに思える。
「あ!魔王様!だれかこっちに向かってきますよ!」
どうしたもんかと悩んでいるとリリアンテューヌがそう報告してきた。敵陣の方をよく見ると、確かに馬に乗った甲冑姿の人間が数人こちらへと向かってきている。その一行は両陣営の間にある雪の川の中心で止まった。
「なんですかね、あれ。射抜いていいんですかね、あれ。」
袴姿の人狼少女は平然とした口調でそう言った。つか寒くないのかその格好。まあ寒くないんだろうな。俺たちは皆、魔法が得意な奴らにお願いして防寒魔法をかけてもらっている。さらに元々彼女は狼人間だ。体毛を調節することによって、体内の熱を逃がさないようにすることができる。だからこそ袴とサラシだけという奇抜な格好ができるのだ。というかよく考えたらこいつの格好やべぇな。
「戦の前に話をしようってか。」
そう言う風習があるとは知っていたが、実際に見るのは初めてだ。お互いの大将が顔を会わせ、その首を確認するとか、ただの名乗り上げとして行うとか、様々な意味合いがあるらしい。それを魔族相手にもやるとは、律儀だな。
「付き合う義理はないが…。どういう奴が指揮をしているのか興味はある。おい。」
近くに控えていた俺の隊の副官にいくつか指示を出した。
「…ほう。」
黒い馬に乗った男とこの雪原には似合わない女がこちらに来る。どうやら私の誘いに付き合ってくれるらしい。
敵の指揮官がどういうタイプか推し量るために前に出てみたが、効果はあったようだな。ここで私の首を狙いに進軍させてくるなら、取るに足らない相手として我が軍の全力を持って駆逐できる。だがこちら申し出を受け入れてくれるということは、戦の作法というのを知っていると見て、私も礼を尽くさねばならないだろう。
そう思案している内にお互いの声がしっかりと伝わる距離まで間合いが近づく。兜をしたまま話し合うのは無礼と考え、私は素顔を見せる。
「私はインヴェルノ王国、第4師団団長、アルトリリス・ウォン・パーンヴァル。そちらの名は?」
「俺たちはゼーガリベリオン。世界に刺激を与える、大いなる反逆者だ。んで、俺がその総大将、魔王剣崎秋斗。よろしくな。」
私の前に立った男はそう名乗った。厳密には馬に乗っているのだが。
剣崎秋斗。アウトゥンノ周辺の名前だが、魔王と言っている以上人間ではあるまい。しかし…。
(スキがない…!)
私とて武人だ。その佇まいをみればその力量の大凡は掴める。この男は危険だ。私の本能が、経験が、そう訴えている。魔王というのは本当のようだ。
それにしても隣の女はなんだ!?この寒空の下でなんという格好している!我が軍の兵は馬に乗った男よりもその獣の耳と尾が生えた女に視線が行っている。軍隊とは戦時中は基本禁欲だ。それは仕方ないとはいえ、情けない。まぁいい。今は目の前の男と論ずることに集中しよう。兵への叱責はそのあとだ。
(やっぱリリアンテューヌを連れてきたのは失敗だったか?)
アルトリリスと名乗った女性はともかく、取り巻きも後方の兵士も皆、リリアンテューヌを見ている。まぁ確かに雪の降る場所でこんな肌をさらけ出した姿は異様であるだろうな。しかも普段男だらけの軍属となれば、その刺激は相当なもの推測できる。おかげで団長以外は俺に注意が来ない。ありがたいと言えばありがたいが、なんか形容しにくい気持ちになる。
「しかしインヴェルノ王国は滅んだんじゃないのか?」
とりあえず、団長さえ話を聞いてくれればいいや。そう思い、彼女の言から疑問に思ったことをぶつけてみる。目の前の女性は不意を突かれたような顔をした。どうやら訳ありらしい。
(それにしても、いい女だな。)
長く伸びた金髪と、宝石のように輝く碧眼。それ以外は鎧に覆われており、はっきりとは分からない。しかしこの目を、この魂を見ればこの女の強さがひしひしと伝わってくる。恐らくこいつが、この国を侵略する上での最大の障害になる。無論確証はない。だが間違いないと確信に満ちていた。
「…失礼した。確かに貴官の言うとおりである。改めて名を名乗ろう。インヴェルノ共和国、第4師団団長。アルトリリス・ウォン・パーンヴァルだ。」
一瞬と取り乱しなど、なんのその。その気品の高さは1ミリを失ってはいなかった。最初に王国と言ったことから、2年前の動乱以前から軍人だったのだろう。しかし本当にそのような人物であるのなら、こんなふうに尖兵みたく扱われるのは合点いかない。普通なら重鎮として最重要地点に配置されるはずだ。彼女の表情、性格、他兵の装備から推測して…もしかしたら…。
「いや、言い間違いはよくあることさ、気にすんな。それにしても初戦の相手があんたみたいな奴とはな。インヴェルノにはまだ兵がいるのか、それとも逆か。どっちだい?」
推測の証拠が欲しい。俺の考えが正しく、そして上手くいけばこれからの戦いを有利にできる。
「…やはり止まる気はないと?」
おっとこいつは手強い。質問を質問で返されるとはな。
「そいつは愚問だぜ。あんたも分かっているからこそ、最初に帰れなんて言わなかったんだろ。さぁ、こっちは質問には答えたんだ。あんたも俺の質問に答えてくれよ。」
アルトリリスはしかめっ面になる。おいおい、それは答えを言っているようなもんだ。しかも「自分は感情的になりやすいです。」という、オプションまで付いてな。
「貴官に答える義理はない…!」
「そりゃそうだな。じゃあ、あんたら倒して確かめるとしようか。」
私の感情が高ぶるのを感じる。別に誰を侮辱されたわけではない。彼が聞いてきたことも、私の言に対する返しも至って普通だ。しかし万の言葉を持って私の全てを傷つけられたかのような錯覚を覚える。
「やれるものならやってみろ!その前に我らの剣が貴様達を断ち切る!!」
何故だ?何故私はこんなにも苛立っているのだ。何故私はこんなにも恐れているのだ。
「おいおい、何をそんなに怒ってるんだ?怒らせることをした覚えはないんだが。」
そんなことは分かっている。普段の私ならばこんなにも感情を露わにすることはない。これまでの戦において下卑た言葉を散々聞かされた私だ。多少の兆発など意にも介さない。なのに何故?
「黙れ!貴様らのような、外道をこの先へ行かせるわけにはいかん!ここで夢泡沫に消えるがいい!!」
何故なんだ。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故、何故?心と頭が乖離しているかのようだ。今の私を動かしてるのは理性ではない。では本能か?これが本当の私なのだろうか。こんなにも直情的で、考えなしが本当の私なのか?もしそうだとしても、どうしてこの場面にて面に出てしまったのか?
分からない。今の私の思考はぐちゃぐちゃであった。
「リリアンテューヌ。」
「はい。」
戦いが始まる。既にその気配を獣の勘で感じ取っていた彼女は臨戦態勢であった。そしてこちらの思惑通りに事が進んでいるということも俺らは感じていた。
結局のところ、私の目論見は外れたと言わざるを得ない。剣崎秋斗という人物の情報はほとんど得られなかった。唯一理解しているのはこの男が油断ならないということだけ。だからこそ、ここは本陣に戻って体制整え、相手の進行に備えるのが筋。それは分かっている。相手のほうが数が少い。堅実な戦運びすれば必ず勝てる。分かっている。分かっているのだ。だが、この言葉を言うのを止められない。
「ーー全軍ーー」
止めろ。言うな。言ったら最後、私達は負けるかもしれない。いや、ひょっとしたら勝てるかもしれない。だが、そんな博打に私の将兵を付き合わせるなど、言語道断だ。
頼む。止まってくれ。
「ーー突撃ぃ!!!」
そんな思いを嘲笑うかのように私の口からは、私が最も望まぬ言葉が出てしまった。
(掛かった!)
アルトリリスの号令を出した。見た事のない団長に彼女の兵士達は困惑を隠せない様子であった。たが、サイは振られた。団長の命には従わなくてはならない。一瞬の間が空いた後、天を轟かせるほどの咆哮が木霊する。人の波が押し寄せて来るようであった。
(だが陣形もくそもあったもんじゃねぇな!)
見た目は派手だがそこに知性は感じられない。ただ走って来ているだけだ。まぁ、普通ならそれだけでも脅威ではある。だけどもこちらは最初っからそれを狙っていた。
「リリアンテューヌ!作戦通りにな!」
彼女に念を押す。俺らはここでは躓けない。ただ勝つだけではダメなのだ。次がある以上、可能な限り少い犠牲で勝たなくてはならないのだ。ただでさえ戦力差は4:1。流れはこちらに来てはいるが、どう転ぶかは俺にも読めない。
「行くぜてめぇら!!刺激的にな!!」
俺は馬を走らせた。