開幕!魔王様
インヴェルノ方面砦、その外壁の上に立つ。ここは1年中雪が降る国で目の前の景色も白一色である。防寒魔法があるのでさほど寒さは感じないが、見ているだけで寒さが伝わってくる。
「あはははははは!!!見てくださいよ魔王様!!雪ですよ雪!!つめたーい!!さむーい!!あははははは!!」
その背後の中庭にてリリアンテューヌが走り回っている。犬は喜び庭駆け回るとはよく言ったものだ。いや、彼女は狼なのだけど。
「リリアンテューヌ!戦前にへばるなよ!」
そう言うと彼女は「はーい!」と元気な返事をする。まったく本当にわかっているのか。まぁそんな心配あいつには無意味だろう。何せ一日中走り続けられる女だ。そうしてリリアンテューヌを見ていると、
「マオウ。準備終ワッタ。」
チルパニーがそう声を掛けてきた。彼にはリリアンテューヌが遊んでいる間に軍備の確認をしててもらっていたのだ。巨体に見合った頭をしているだけあって、仕事が早い。
「サンキュー。んじゃ作戦を練るとしますか!リリアンテューヌ!!遊びの時間はそこまでだ!作戦会議をするぞ!!」
またしても彼女は「はーい!!」と元気な返事をする。今度は間違いなく大丈夫だろう。あいつは仕事は真面目だから。
布を天井にした、簡素なテントを作る。砦内は人間が使うことを想定されているため、3m以上の身長を持つチルパニーが入れないのだ。なので高さを自由に調節できるテントを使用する。
「偵察部隊からの報告によると、ここへ向かって一個師団が接近中らしい。進軍速度から恐らく5日にはここに到着するだろうとのことだ。」
「ココ、大人数デ戦ウノ、向カナイ。」
「ああ、そうだ。だから奴らの基本戦術は俺らを誘い出すことにあると思う。少数が囮となり、巣から出てこさせ、包囲し、叩く。もしくは巣穴が空になった所を奇襲し、一気に占拠といったところだろうな。」
「しつもーんでーす!天然の城壁があるこの砦を奇襲なんて出来るんですか?」
「ああ、出来る。奴らはこの国の地形に詳しい。気候なんかも熟知しているだろう。朱李から貰った情報だと、今の時期はものすごく吹雪くらしい。1寸先が見えなくなるほどな。その雪に紛れて接近すると考えられる。」
リリアンテューヌが分からないという顔をする。これは多分それでは相手もこの砦が見えないのでは?と考えているのだろう。
「さっきも言った通り、奴らはここをよく知っている。だから幾度かの交戦で幾つかのわかりやすい場所に目印を付けているだろう。それを辿れば、雪の中でも迷わないということだ。」
リリアンテューヌがわかったという顔をした。
「それじゃ、その目印を消すんですか?そうしたら敵はこっちに来れないですよね?」
確かにそれは理にかなっている。俺たちはこの砦を落とされたくない以上、そうするのが当然だろう。だが、幾つか問題がある。
「奴らの目印が分からない以上、探すのに手間取ってしまう。そうしている内に敵が接近してくれば、こちらの戦力が手薄な状態で戦うことになる。そんな中、吹雪いてくれば捜索に出した部隊も帰還しづらくなり、戦わないで全滅するなんてオチも考えられてくる。」
チルパニーが頷く。彼も同じことを考えてたようだ。
「だからここは敢えて奴らの策に乗る。」
リリアンテューヌがは?という顔をし、チルパニーはほう。という顔をする。もちろん今までのは敵にそれらを考えられるだけの頭があればの話なのだが、チルパニーの報告を聞く限り、敵の指揮官は相当有能だと判断し、さっきの策を用いてくるのを前提にする。なにせ、少数でチルパニーを絡めとったそうだからな。そして、そんな有能なやつだからこそ、この策が効いてくるのさ。
俺は幾つかの指示を出した後、進軍用意をする。籠城なんて俺らしくもない。死中に活を見出してこそ刺激的に楽しいのだ。
そしてある程度準備が整うと、また外壁へと登り、中庭に並ぶ俺の兵達を見下ろす。リリアンテューヌの隊2000、チルパニーの隊2000、そして俺の隊3000。合わせて7000の大部隊だ。だが、およそ2万の大兵力に比べれば幾ばくか心もとない。籠城戦に徹すれば何の問題もないのだが、それでは侵攻作戦に遅延が出てしまう。この計画は電撃的に行えばこそ威力を発揮する。だから少しの遅れも致命的になりえるのだ。だから…だからこそ、攻める。ひたすら攻める。守り入れば全てが消える。
「ゼーガリベリオンの諸君!!戦争だ!」
そうして目下に広がる7000の兵にそう宣言する。
「かつて我々は世界から見放された。異族だから、人間でないからと排除の対象となり、僻地へと追い詰められた。我々は屈するべきか?否!膝を抱えて泣いているべきか?否!大いなる反逆者達よ!今こそ雄叫びを上げよ!勝どきを上げよ!安穏と閉塞に刺激的な風穴を開けよ!その秘めたる爪で奴らの喉元を引っ掻いてやれ!!」
咆哮が広がる。地が揺れ、天も震える。幕は開いた。役者も出た。あとは演出を待つばかり。たが確実に脚本通りには行かないだろう。なぜなら俺たちは反逆者。アドリブが至上のひねくれ者ばかりである。彼岸の花束を貰いに地獄の舞台で舞うとしよう。
「出陣!!」
果たして見ている観客は誰なのだろうな。