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3話


         6


「待て! 死ぬぞ!」


孝太郎の怒鳴り声は届かず、代わりに無音がヘッドホンを通じ広がっていく。


「くっそ」


思わずヘッドホンを叩きつける。

ガシャガシャと嫌な音をたて、二、三度バウンドし、誰かの足元にぶつかって止まった。


「孝太郎君。落ち着きたまえ。気持ちは分かるが物に当っても仕方あるまい。皆も驚いているよ」


その言葉の通り周りの視線を一手に受けていた。どれも珍しいものを見たかのような類のものだ。


「局長……失礼しました。僕としたことが、見苦しいところを見せてしまって申し訳ありません。みんなも謝罪させてくれ」

「どうやら落ち着けたようだね、孝太郎君」

「はい、すみません。ありがとうございます」


重蔵からヘッドホンを受け取り、調子を確かめる。

ためしに朔夜に通信を繋ごうと試みるが失敗に終わった。


「朔夜君は?」

「ダメでした。今も回線を遮断しているみたいです」

「そうか……弱ったな。一度戦わせれば満足すると思っていたが……私の目論見が甘かった。すまない」


最初こそGОサインをだしていた重蔵も先ほどの攻防で戦力差を思い知ったようで帰還命令を承認していた。今もどうにか朔夜を回収しようと眉間を深くしている。


「まもなくプリンセスが市街地に到着します」


オペレーターの報告に心理的圧迫を感じた。もう時間はない。迷っている時間など尚更だ。


「局長。一つ許可をおねがいします」

「ああ、何かいいアイディアを思いついたのか!」


鷹揚に頷き、たった一つの冴えたやり方を提示する。


「Ⅹ・プリメント”2号機”の出撃許可を下さい」



          7



雑木林と舗装された道路を駆け抜け市街地に到着した朔夜はモニターを見て愕然とした。

市街は見るも無残なものへと変わっていた。半壊した家やビルの瓦礫が散らばり、火の手があちこち上がってる。画面の端っこで悲鳴を上げながら走る人も少なからずいる。


「こんな酷いことを……あいつ!」


怪物の位置はすぐわかった。黒煙の跡を辿っていくとこの舞台を作り上げた張本人がいた。

咄嗟に手ごろなビルに屈んで巨体を隠す。

熊の怪物は辺り構わず、その力を振るっていた。その腕で瓦礫を産み出し、あぎとが開けば黒焦げの建物が一つできる。

そのとき、炎の塊が飛来し、X・プリメントの足元にクレーターを穿つ。バランスがわずかに崩れるが大事には至らなかった。


「今度こそお前を倒す。そして、父さんに認めさせるんだ。X・プリメントと僕の力を!」


怪物が視線を外している間に死角から飛び出し、襲い掛かる。その際、ハバキリを変色させる。


「!」


怪物がこちらに気付く。機械仕掛けの巨人ゆえに音で気付かれるのは元より織り込みずみ。不意をついてペースを握ることが目的である。

先制の突きを放つが、体を反らした熊もどきの顔を僅かに掠ることでとどまった。しかし、返し刃の際、第二撃をコアめがけて振りぬく。

今度こそ決まるものだと感じたがあぎとから放たれた炎が手元に当り、太刀を取りこぼしてしまう。

器用なことに怪物は空に浮いているチューブを掴みとった。そして、そのままチューブを千切れんばかり引っ張る。


「こいつ、ハバキリのからくりに気付いてる!?」


再生能力によって培われた防御力もクリスタルのエネルギーを通したハバキリに劣っていることに気付いているとは分かっていたがまさかチューブを直接狙うとは思っていなかった。あの馬鹿力なら切れてしまうかもしれない。


「でも、隙だらけだよ!」


さっきの攻防の仕返しに手元を狙って手刀を振り下ろす。回避すらしない熊がチューブを手放す。

生まれた隙は逃すつもりはない。そのまま

体全体を使った大袈裟な回し蹴りを頭部めがけて放つ。

しかし、熊は上体を反らし紙一重で避ける。

しぶといやつ、と舌打ちするが、予測の範囲内だった。本命は回し蹴りの遠心力を利用し、チューブに引っ張られた太刀だ。

しかし、アクシデントが発生する。熊型のせいでダメージを負っていたチューブが限界を迎えてしまう。手元に戻るはずだった主武装はあろうことか熊型めがけて空に放り出された。


「!」


朔夜は持ち前の反射神経で飛び上がり、太刀を掴み取る。そのまま振り下ろそうとしたがエネルギーの供給が途絶えたハバキリは元の鋼鉄の刀に戻っていた。


(このまま行くべきか!? いや、やるしかない!)


僅かな逡巡を蹴飛ばし、勢いよく大上段から振り下ろす。

ハバキリは敵の腕を掻い潜り、肩を切り付ける。だが、肩ではだめだ。しかも思いの外手応えがない。

危ない、と思った時には敵のカウンターが来ていた。

熊型の下からすくい上げるようなタックルをまともに受ける。元からパワー差があったためⅩ・プリメントの巨体が浮き、半壊したビルに突っ込んだ。大量の瓦礫がⅩ・プリメントを埋める。


【ダメージレベル40%を突破。危険値まであとわずかです】

「……うっ、頭がおかしくなりそう。あと、気持ち悪い」

【プリンセス。気を確かにお持ちください。コードネームと作戦目的を述べれますか?】

「うっ…………コードネームはプリンセス。作戦はあの目の前にいる人類の敵を倒すこと」


今のは流石の朔夜も参った。いまだに視界がはっきりしていない。気分も最悪だ。

突然、アラートがけたましく鳴る。モニターを見れば熊型が何発も火球を吐き出していた。着弾するたびに走行が黒ずんでいく。

冗談ではない、と朔夜はふらつく頭を押さえつけ、機体を転がすように回避させる。


「このまま隠れて態勢を整えるよ」

【ラジャー。マップで表示しますのでそちらに移動して下さい】


ハタチの誘導に従い、近場で一番大きな建物に身を隠す。幸い、敵はこちらを見失ったのか追撃は来ない。


「さっき、なんで刃が通らなかったんだろ……体切り付けたのは初めてだったはずなのに」

【敵の腐肉が減少していました。おそらく、戦闘行為によって傷ついた体を新しく再生させたと推測】

「なるほどね。確かにタックルとかやってたな……あー、まだ頭が痛い」


今日だけで一生分の脳震盪を体験した気がする。頭の痛みを振り払うにはもう少しかかりそうだ。


「ダメージレベル半壊手前で稼働時間は……10分切ったのか」


損傷個所を示したイメージデーターが機体中を赤く塗りつぶしていた。


「これのどこが40%だか……中破一歩手前が奇跡に感じるよ」

【損傷の大半は装甲です。挙動に支障は少ないです】


確かにその通りだが、敵との実力差、機体のダメージと残りの稼働時間から戦闘は次で最後になる。必ず仕留めなければ朔夜の負けだ。ならば、奥の手を使うしかあるまい。

朔夜はバックラーのトリガーを引く。問題なく半回転した円盾から青と赤の2本の試験管のような筒が飛び出る。そのうちの赤いのを取り出し、太刀の柄底にセットする。

本来チューブをつながなければ変色を起こさないリアクターの刀はどういういカラクリか赤く染まった。


「よし、予備もちゃんと機能してるみたいだ。父さんも天才だよね。クリスタルのエネルギーを保存する技術を編み出すなんて」

【しかし、それはまだ未完成です。あまり長くは持ちません】

「分かってるよ。でも、どっちにしろ次で決めるしかないから問題ないよ。ただ、このまま突っ込むのは分が悪いと思う。だから、『カメレオン』を使おう」

【カメレオンを使用した場合残り稼働時間が4分の1ほどになりますがよろしいですか?】

「いいから早く。この頭痛は頭を打った以外にも原因があるみたいだ」


気付かないうちに朔夜の精神は削られていたらしい。普段の訓練ならまだ余裕があったはずだが、これが実戦の緊張感ということか。


【ラジャー。カメレオンを起動】


脳が少しずつ削られていく感覚がする。不快なものだが、無事にカメレオンは作動したようだ。その証拠に徐々に機体が――正しくは装甲が周りの風景と同化――消えていく。

これがX・プリメントの切り札。リアクターとクリスタルの織り成す化学反応が不可視の巨人を作り出す。

ただし、エネルギーの過剰供給が必要なため、著しく稼働可能時間が減る。早めに決着を着けなければ自分の首を絞める諸刃の剣でもあった。


「あいつは……まだいるな」


物陰から様子をうかがう。敵はこちらを探しているようで辺りをしきりに確認している。狙うなら今が好機。


「飛ぶよ」


疑似筋肉が収縮し、大きなタメを作る。それを一気に爆発させ跳躍。多大なGを一手にパイロットスーツが受け止め、降下。轟音と共に熊型の背後を取る。

敵が慌てて背後を振り返るがその姿は見えず、醜悪な顔が驚きに彩られた気がした。


「間抜け!」


威力重視の大振りが熊型の両足を捉える。ズルっと膝から上が滑るように巨体が地面に転がった。そのまま腕だけでの逃走を阻止するために片腕を切り落とすが、それでもまだ逃げようとするためバックラーに搭載されたアンカーを飛ばす。

アンカーの鋭い先端が腐肉を穿ち、内部で固定されるように5本の刃が展開される。


「これで……終わりだ!」


アンカーを勢いよく巻き戻し、熊型を引き寄せるとフルパワーで蹴り上げる。

意外にも手ごたえはなく、簡単に巨体が空を舞った。


【バイタル限界値を感知。カメレオンの機能を停止します】


Ⅹ・プリメントがその姿を晒すが、もはや関係ない。やるべきことは一つ。

伸びきったアンカーをフルパワーで引き寄せ、追いすがるように熊型に飛びつく。


込めるのは必殺の一撃。


真紅の刀が敵の頭部を捉えた。確かな手応えと共にコアごと両断する。

着地と同時に装甲の色が引いていくように鈍い白へと変わっていく。予備電源が作動。


「頭……割れそう。吐き気やばい」


アドレナリンが切れてきたのか朔夜は激しい頭痛を覚えた。モニターの精神値がレッドゾーンに達している。気を抜けば今にも倒れそうだ。

だが、それでも彼は怪物に勝った。今この瞬間、朔夜はヒーローとしての実感を得ていた。


「これで、父さんも少しは僕を――――」


その時、聞き覚えのあるアラートが――意識が飛びそうになった――耳元を襲った。


【プリンセス。まだ終わりではありません】


ハタチの忠告よりも先に視界がかすむほどの衝撃が脳を揺らした。

何が起こったか分からない。理解できたのはⅩ・プリメントが何かに押し倒されたことだけだ。


「なにが…起きて」


カメラを向ける。そこには倒したはずの熊型の怪物がⅩ・プリメントに覆いかぶさっていた。


「なんで、どうして?! 倒したはずだろ。僕は、お前を!」


怪物は答えない。代わりに咆哮と共にその拳を振るう。

そこからは一方的ななぶり殺しが始まった。

熊型は今までの鬱憤を晴らすかのようにあえて爪を使わず、拳だけでⅩ・プリメントを痛めつけた。

白い装甲がへこみ、傷つき、時には破壊され、熊型の手がようやく止まったころには見るも無残な姿ができていた。


「くそっ、動け! 動けよ。このままじゃ負けちゃうだろ!」


だが、どう足掻いてもⅩ・プリメントは微動だにしなかった。パワー不足だ。


「ハタチ。被害状況を! 早く!」

【右腕部半壊。左はかろうじて動きます。両足は怪物に抑えられ動きません。その他の――――】


それから約十秒ほどの被害報告を朔夜は辛抱強く聞いた。その結果は朔夜の心を折るには十分すぎた。

各種センサーは異常を感知。まともに動くパーツなどなく、かろうじて動くのは左腕と背中のスラスター。それとモニターの半分を砂嵐にする頭部カメラのみ。

戦況は絶望的。勝てる見込みなど万一もない。

それが解っているからか、賢いAIはパイロットの安全を優先した。


【プリンセス。脱出を。我々の負けです】

「ハタチ……まだだよ。まだ負けてない」

【機体損傷率70%を超えました。まだシステムが生きているのが不思議なくらいです。じきにこの機体は破壊されます。迅速な脱出が今のあなたの最優先任務です】


しかし、聞き分けの悪い子供は簡単に白旗をあげなかった。


「まだだ。僕は諦めない。負けたくない!」

【否定。我々の敗北です。Ⅹ・プリメントを動かす上で重要なクリスタルの供給は既に望めません。脱出を】

「ハタチ。大事なことを忘れているよ。この機体で一番大事なのはクリスタルじゃない。この僕だ。僕が諦めない限りまだ負けじゃない。最後まで付き合ってもらう」


熱意か狂気か――はたまたただの向こう見ずなだけか。朔夜は決してその席を立とうとはしなかった。


【ラジャー。最後までお付き合いします】


その声はどこか諦めの含んだ無機質な返答だった。

どこか人間らしさを感じるAIはいついかなる時も最後にはこうやって自分のわがままに付き合ってくれる最高の相棒だ。

感謝の言葉を告げ、朔夜は必死にチャンスを待った。それまでの間、壊れた右腕も使い、なんとか攻撃を凌いだ。

そして、稼働時間が30秒を切った時、チャンスは巡ってきた。

敵がとどめを刺すためか拳を大きく振りかぶり、ほんの一瞬だけ拘束が緩む。

朦朧とする意識と視界が捉えた僅かな油断。その一秒にも満たない隙を朔夜は見逃さなかった。

全力でスラスターを吹かせ、危機から脱出する。まだギリギリ無事な右足で切り返し、そのまま左手に持っていたハバキリを水平に構え、突撃した。


「いける……これなら!」


必殺のタイミングだと確信した。このまま刺せばあれを倒せる、と。

熊型の怪物はせめてもの抵抗か火球を吐き出そうとした。今の状態であれに当たれば間違いなく致命傷だが、もう外れることを祈るしかできない。

しかし、その頭部は全く見当違いの方向を向けた。釣られて視線を向ける。そこには映ってはいけないものが映っていた。


「人? 逃げ遅れたのか!?」


よく見れば自分と同じくらいの少女が蹲って何かを揺さぶっていた。いや、何かではない。母親と思わしき女性が瓦礫の下敷きにされていた。その見るも無残な姿はどう考えても生を持った者の姿ではなかった。


「バカ逃げろ!」


その声が届いたかは分からない。それと同時に火球が放たれた。

一瞬の逡巡。あれは自分を試しているのか? と朔夜は考える。

ここで少女を見捨てるか否か。自分の正義を試している錯覚に陥る。

答えは出ていた。考えるよりも先に。

残りの推進剤をすべて吐き出し、勢いを殺すと右足の犠牲と引き換えに急な方向転換に成功する。

少女との間にしりもちをつくように割って入り、碌な防御も取らずに火球をまともに受けた。

すでに半壊気味だったとバイザーが吹っ飛び、焼け焦げたモノアイが飛び出る。第二波で完全に頭部が吹き飛び、三波でコックピットに被弾した。

3発目が着弾した瞬間、コックピットのモニターが比喩ではなく文字通り火を噴いた。

小爆発を起こしたコックピットにいた朔夜はもちろん無事では済まされず、熱風をまともに受けた。幸い、驚きで息が止まっていたため熱気を吸わずに済んだが、爆発の際に破片が彼の目の上を切った。

痛い、痛い、と悲痛な叫び声がコックピットを木霊する。


【予備電源が切れます。プリン……セス。いますぐ、脱……出……】


そして、システムが完全に堕ちた。もうこれでⅩ・プリメントは指先すら動かすことはできなくなった。

クリスタルでの精神の消費に加え、痛みと熱で朔夜はまともな思考ができなくなった。いや、彼の蛮勇は正気じゃない証拠でもあった。

それでも、彼は今にも飛びそうな意識を奮い立たせ、力の限り叫ぶ。


「逃げろ! 逃げろよ! いいから速く! その人を置いて逃げろおおおお!」


その声が少女に届いたかは分からない。スピーカーはとっくに壊れている。カメラもないので少女がどうしたのかは分からない。だが、今はもうどこかへ逃げたと信じるしかなかった。


「なんで、どうして、こうなったんだろ。父さんの言いつけを守らなかったからかな? 僕は悪い子だったからか?」


その呟きに答える者はいない。

いよいよ限界が近づいてきた。朔夜の意識と命がだ。

剥き出しのコックピットから敵の姿が見えた。なぜ見えるかも理解できずに朔夜はその醜い異形を直視した。

血で赤く染まった視界の中、怪物は爪を立て振り上げる。

明確な死を具現化したそれは何の躊躇いもなくⅩ・プリメントの胸部を貫いた。


          8


「ダメだ。許可できない」


この場における最高責任者である重蔵は戸惑いながらも却下した。

2号機の起動の許可を求められたが、乗り手はいないし、候補の少女はこちらに向かっている最中である。仮にこの場にいたとしてもいきなりコックピットに放り込む真似はただ少女を殺すだけだろう。

そういう意図で下した判断だがなぜかちりちりとうなじを焼くような錯覚に陥る。

予兆だ。悪い方の。そして、いつもそれはいやに当たる。


「第一パイロットがいない。候補の彼女はまだ到着していないんだろ? もちろん、朔夜君を乗せるのも当然なしだ。あの子をこれ以上使うのは無理だ。今も戦っているが、今すぐにでも回収すべき精神状態だ」


矢継ぎ早に説く自分に違和感を感じる。どうして自分はこんなに必死になっているんだ。言いしれぬ感情が重蔵の胸に疼く。

そして、重蔵が次の言葉を探すより先に嫌な予感は当たった。


「2号機を動かすのは私です」

「なっ……! 君は何を言っているのか分かっているのか!」

「現状、朔夜を除いてあれを動かせるのは設計者の自分しかいません」


そう言いながらも孝太郎は周りに細かい指示を出していく。その淡々とした姿勢に重蔵の上りやすい血が頭に回る。


「君に万が一のことがあればどうするつもりだ!」

「もう既に代わりは用意しています。まだ若いですが充分優秀ですよ」

「そういうことを言ってるんじゃない! 君がいなくなれば子供たちが悲しむ!」

「もうそんなことを言える余裕は人類にはありません。これから世界に必要なのは僕じゃない。朔夜です。だから、あの子は何を犠牲にしても守らなくちゃいけない」


違いますか? そう問いかける彼に重蔵は言葉を詰まらせた。事情を知っているだけに孝太郎の言い分が正しいことは分かっている。

分かってはいるのだ。

だからこそ納得がいかない。ベストではなくベターを目指す彼に心底憤慨した。


「死ぬつもりか?」


この短い問いに孝太郎は笑った。


「親としての本分を果たすだけですよ」


その答えを聞いて彼を止めることは不可能と知った。否、元から分かっていた。そういう男だったから娘と世界を託したのだ。


「……局長として命じる。プリンセスを救出してきてくれ。その手段は問わない。必要ならば2号機の起動許可を下す」

「了解です。……詩音行ってくるよ」

「パパ……」


か細い声を置いていくように足早と孝太郎が立ち去っていく。その背中にもう2度と会えない予感がした。

そして、その予感は現実となる。


       9


化け物の手刀がX・プリメントの胸部を貫いた。

しかし、それは朔夜の機体ではなくもう一機の――鈍い白色の――X・プリメントだった。

朦朧とした意識でそれを捉えながら、奇跡的に2号機の存在を思い出す。

どうやって動いているのか、誰が動かしているのか分らぬまま朔夜は助けに来たパイロットの安否を考え、吐き気を催した。

どう考えても生存は絶望的だろう。そう思っていた。

しかし、朔夜の予想を裏切り、二号機の外部スピーカーからノイズの音が聞こえた。続いて、息切れにも似た掠れる男の声も。

朔夜は知っている。その声が父である孝太郎の声だと。

朔夜は知っていた。その声が人が死ぬ寸前の声だと。

思考をトレースするよりも早く朔夜は叫んだ。――叫んだつもりだったが、死に体なのは朔夜も一緒だ。とてもじゃないが声なんてでない。

だから、じっと耳を澄ました。


「――夜……聞こ――――るか?」


返事はできない。こちらの外部スピーカーは恐らく死んでいる。


「今か――――爆――る」


何を言っているのかは分からなかった。分かりたくない、と言った方が正しいかもしれない。


「――音ーー守れ」


2号機が嫌な音をたてながら熊に組み付く。

振り解こうと暴れる熊は刺さりどころが悪かったのか中々腕が抜けないようだ。


「さよならだ。朔夜」


次の瞬間、2号機が自爆した。爆風の熱が顔を打ちつけ、視界が白く染まった。

朔夜は最後まで父の名を呼ぶことは叶わなかった。


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