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2話

物語はほんの少し巻き戻る。


敵。

AIのハタチは確かにそう告げた。


「っ~~!」


ぶるっと体が震えた。程よく焼けた腕に鳥肌がたつ。

心臓の高鳴りが押さえられない。ぞわぞわと産毛が逆立っていくのがわかる。

それは恐怖から来ているのか? 否、断じて違う。


【警告進言。プリンセスのメンタルパラメーターに変化を確認。深呼吸を提言します】

「武者震いだよ。僕はこの日のために訓練を続けてきたんだ。ずっとこのときを待っていたんだ。これを喜ばなきゃ嘘になるだろ?」


だから、喜べ僕。夢が叶う。

歌うようにうたい、ひどく獰猛な笑みを朔夜は無自覚に浮かべた。


「朔夜! 警報が聞こえてるかい?!」


オペレーションルームから通信が送られる。パネルが切り替わり孝太郎の姿が映し出される。

今まで見たことのない切羽詰った父の姿に目を丸くしながらも「聞こえてるよ!」と返事する。


「状況は? 敵はどんなやつ!?」

「落ちつくんだ朔夜。ここから一番近い自衛隊の駐屯地で巨大生物が現れた。映像を送るよ」


今一度画面が切り替わり、何度か見学した最寄の駐屯地が映る。



そこは戦場だった。



画質は荒く、ノイズがたびたび走ったがソレの姿は確認できた。

巨大生物。怪獣。その名にふさわしい巨体の熊と人の混ざった生物はまるで積み木を崩すかのように建物を破壊していく。

2つ目の施設が破壊されてから慌てて10台程の戦車が出てくるがあれには勝てないのは子供の朔夜でも分かった。

しかし、問題は無い。

所詮、彼らは自分の前座。ようはかませ犬だ。せいぜい舞台を盛り上げてもらおうじゃないか。


「父さん。リフトの用意お願い。15番だよね?」


こういう有事に備えて緊急発進させる装置がいくつかある。

それの大体が重要施設に繋がる秘密通路みたいな役割をもつ。用途はまったく違うが似たようなものだ。

機体を操作し、15番リフト前までくるがいつまでたっても装置は作動しない。

何かしらのトラブルか単に手間取ってるのか。どっちにしろ確認を取るため通信を開く。


「父さん? どうしたのさ。出撃許可を――――」

「ダメだ。出撃許可は与えられない」


え? と奇妙な声が出た。

遅れてジョークだ、と自分に言い聞かせる。


「……父さん。その冗談面白くないよ」

「冗談じゃないよ朔夜。僕は本気だ」


次の瞬間、自分でも驚くくらいの憤りを感じた。

黒い感情に突き動かされるまま怒鳴り込む。


「なんでだよ! こういう時のためにX・プリメントを作ったんだろ! 今行かなくていつ行くんだよ」

「…………」


ついぞ孝太郎は首を縦に振ってはくれなかった。

その煮え切らない態度についに朔夜の我慢が限界に達した。


「僕、父さんのこと分からないよ」

「朔夜、話を聞いてくれ」


孝太郎の咎めるような声に余計に苛立ちが募る。


「昔、僕を助けてくれた父さんみたいになりたい。まるでテレビで見たようなヒーローになりたいんだ。どうして分かってくれないんだよ!」

「朔夜。話を聞くんだ。いいかい? X・プリメントじゃ――――」

「聞かない! これ以上父さんと話をしても無駄みたいだから」

「待つんだ! さく――」


ぶつりとモニターから孝太郎が消える。朔夜が一方的に通信を切ったのだ。


「父さんの分からず屋……」


拗ねた声がコックピットに響く。なぜか胸が僅かに痛んだ。


【メンタルパラメーターに異変を感知。プリンセス、深呼吸をして下さい。冷静になるべきです】

「……わかったよ」


大きく息を吐いてる間も頭から父の顔が離れなかった。

なぜ、父があんなことを言ったのかは分からない。

だが、今は自分のやりたいことを優先するべきだ。


「……よし、もう落ち着いた。迷惑かけたねハタチ」

【それではプリンセス。今後の方針をお決め下さい】


僅かに俯き、やがて結論をだした。


「とりあえず、地上を目指そう。リフトが使えない。でも、確か非常用の脱出口があったはずだ。そこまでの道のりの表示を頼む」


ラジャー、と無機質な返答と同時に新たに回線が開いた。


「その必要はないよ朔夜君」


画面に強面で有名な最高責任者様が映る。


「おじさんも僕を止めるの?」


説得をしに来たのかと忌避したが続く言葉が杞憂へと変える。


「いや、君の意思を尊重する。それにその兵器は戦うために作られたんだからネ」

「さっすが! 話が分かるぅ!」


陰鬱だった気分が大義名分を手に入れたことによって晴れた。


「お父さんのことはおじさんに任せなさい。君は敵をしっかり倒してくるんだ。頼んだよ、ちいさなヒーロー君」

「了解! ありがとうおじさん!」


朔夜の反応に重蔵が満足そうにひときわ強烈な御面相を作った。

本人はとびっきりの笑顔を作っているつもりらしいが、そろそろ誰か真実を教えるべきだ。

そう思っている間に重々しい機械音がうなり、リフトが機体を乗せて動き出す。


「そろそろ集中したいから切り替えるよ。ハタチよろしく」

【ラジャ―】


音声のみに切り替えようとした時だった。


「ま、待って朔夜くん!」


後、コンマゼロ秒いくらのタイミングで割り込みが入った。

ドアップで愛らしい顔が映る。左右の紅の髪が揺れ、彼女の愛称を思い起こさせた。


「あ、あのね、朔夜くん。えっと、私……」


不意に詩音の言葉が途切れた。

この子はいつもこうだな、と微苦笑を浮かべらせずにいられない。

きっと心配しているのだろう、と朔夜は思う。

心配で堪らなくなり、どんな言葉をかけたらいいか分からなくなった、といった所か。

実にらしい。

だが、そんないつも通りが朔夜はたまらなく好きだった。


「ねえ、詩音」

「……うん、何? 朔夜くん」


以前より温めていた言葉を贈る。こんな時でもない限り言うつもりはなかったからいい機会だ。


「僕らは本当の兄妹じゃない。だからかもしれないけど君は僕のことを『おにいちゃん』って呼んでくれないよね」

「それは……ごめんなさい」


朔夜はいやいやと首を振る。叱っているつもりはないのだが、目に見えて詩音の元気がなくなっている。

この話題は一度も詩音に振ったことはなかった。

触れてはならないタブーと朔夜も薄々ながら感じていた。

でも、いつかは向き合いたい事案だったのは確かだ。それが今日だったというだけの話である。


「もっとたくさん話をしよう。他にも色んな所に行って、時間をかけて仲良くなろう。それでいつか本当の兄妹になりたい。いいかな?」


詩音はすぐには返事をしなかった。

深く俯き、考え込む。考える人さながら詩音は迷っているように見えた。

やがて、泣きそうなくしゃくしゃな顔で消え入りそうな声で答えを告げる。


「……考えとくね? 朔夜くん」

「ああ、それでいいよ」


今はこれが限界か、と僅かな落胆が胸に染みた。

しかし、小さな一歩ながらも詩音と心の距離を縮めれたのは素直に嬉しい。


【まもなく地上に出ます。戦闘準備をプリンセス】

「よし、分かった……じゃ、行ってくるよ」

「……がんばれ朔夜くん」


詩音のその儚い泣き笑いが最後の笑顔だったのは今の朔夜に知る由はなかった。



通信を切り替え、モニターが『Sоund оnly』と表示したのと同時に地上へと到達した。

駐屯基地は想像以上に悲惨な状況だった。

あちらこちらに火の手があがり、避難を始めた人たちがちらほらと見えた。

瓦礫に閉じ込められた人と阿智がいるようで救助しているようにも見える。


「許せない。こんなこと」


自然とヒーロー然とした言葉を吐いた、その時だった。

訓練で耳なじんでしまったアラートがけたましく鳴り響いた。

反射的にフットペダルを強く踏み込み、機体を深く沈める。チッとX・プリメントの頭上を何かがかすめ飛んで行った。

次いで、後方で爆発が起こった。


「今のは!?」

【自衛隊の有する戦車と推定。――プリンセス、2時の方向に友軍が敵と交戦中。距離400】


言われた方向を見る。

朔夜の首の動きを馬鹿正直にトレースしたX・プリメントの頭部が敵を捉えた。

醜悪な熊の怪物が自衛隊のMBTを今にも襲いかかろうとしていた。


「あれは……?」


口いっぱいに何かを蓄え、顔を逸らす予備動作に直感が囁きかけてきた。

距離を詰める。400mなぞこの巨体にはあってないようなもの。

走り幅跳びの要領で瞬く間に戦車の前に躍り出ると背中にマウントしていた得物を抜刀。抜きざまに――予想通り熊が吐いた――火球を両断する。

我ながら100点満点の出来だ。余りにもできすぎて胸が躍らずにいられない。


「大丈夫? 生きてる?」


調子に乗って、後ろにいるであろう自衛隊の生き残りに問いかける。

息を詰まらせた気配を感じたが、すぐに返答は来た。


「君は?」


予想通りの返事。内心ほくそえみながらも名乗りを上げる。


「僕? 僕はね――――」


わざと長めのタメをとる。

何度もこんな状況を想定してシュミレーションしてきた。なればこそこの台詞をいわねばなるまい。


「人類の救世主、つまり、ヒーローさ!」


腕部の動きに直結しているマスターアームを巧みに操つり、サムズアップを作ることも忘れない。

決まった。これまでにないくらい決めてしまった。


「子供の声……?」


訝しげに呟くそれをあえてスルーする。

父の厳命である『正体を隠せ』を守るために一々答えるような真似はしない。


【プリンセス。早めに避難誘導を行ってください。敵が来ます】


事実、怪物は一際強い咆哮と共にこちらに突っ込んで。

敵の腕を振り上げる動作が見える。


「おっと」


すぐさまそれに対応するため太刀を下段に構える。

間合いと振りおろすタイミングを合わせ――――


「――――せいっ!」


まるでトビウオのように太刀を跳ね上げ、迎え撃つ。 

肉を斬る鈍い感触が伝わり、思惑通り敵の左手を切り落とす。遅れて、空から肉塊が地に落ちる。


「す、すごい……」


唖然とした賞賛が足元から聞こえる。そんな求めていた声を受け、朔夜の気は大きくなった。


「まあね。……それよりもここは正義の味方に任せて、おじさん達は逃げなよ。戦車なんかじゃ引き立て役にしかならないからさ」


ひどい物言いだったがそれは事実だった。

残骸から見るに10機ほどいたMBT達はたった一機を残して全滅していたのだ。足を引っ張るのは明白だった。

それは彼らも分かっているようで謝罪を口にして後方へと控えていく。

心残りが消えたことによって、改めて怪物と対峙する。

驚いたことに斬りおとしたはずの腕が元通りに戻っていた。


「へー、再生能力か。熊の癖にそんなことできるのか」


敵の再生能力は見るからにして驚異的なものだ。斬っても再生するのなら倒すのにはひどく時間を要いてしまうだろう。

だが、この手の能力には穴があるのは定番だ。

そして、朔夜はすでにそれを見抜いていた。


「ハタチ。敵の腕、再生するのにどれくらいかかってた?」

【約5秒です】

「OK。多分だけどあいつ、再生する時じっとしてないとダメなんじゃないかな? さっきも襲ってこなかったし」

【否定。断定するには判断材料がありません】

「なら、もう一度やってみるよ。サポートよろしく!」


いうや、今度は朔夜から仕掛けた。

肩で担ぐように刀を構えながら距離を詰める。

全長15メートルの巨人が先ほどの衝突を再生するかのように――逆の立場だが――刀を振り下ろした。

怪物はカウンターを狙うわけでもなく、腕をクロスして防御の構えをとった。

だが、それは悪手だ。この得物は敵の肉を斬り、骨を断つことができる。

朔夜の思惑通り、右手を裂き、そして、もう一度左手を――――


「なんで!?」


――――切り落とすことができなかった。

予想外の事態に驚愕の声を上げる。

動揺が敵にも伝わってしまったのか、機を逃さず強い蹴りが機体の腹部に入った。

多大なGが朔夜を襲い、脳と体が激しく揺れる。それをトレースしたのか機体が小刻みにたたらを踏んだ。

それでも何とか距離を取ろう機体を後ろに飛ばすが、当然のように追撃が来た。

想像よりもずっと速く、ほぼ密着といっていい距離まで接近を許してしまう。

嫌な距離だ。あまりよろしくない。

白兵戦仕様のR装備とはいえ、身の丈迫る太刀が主兵装なのだ。懐に潜られてはその刃もなまくらと変わらない。

だからといってここでやられてやる道理はなかった。これぐらいの状況をピンチと呼ぶには少々緊張が足りない。

そう自分を鼓舞し、次の攻撃を見極めようとモニターの標的を睨む。

今度は下からアッパーが繰り出される。それを冷静に左手に装備したバックラーで受け止めた。

熊なだけあって物凄い力だったが、機体の全重量をもって何とか抑え込む。

幸いなことに左はともかく切り落とせた右腕は再生していない。追撃が来ないことをいいことに僅かな言葉を相棒に投げかけた。


「これで僕の言ったこと証明できたんじゃない? あいつの腕生えてきてないし」

【……そのようですプリンセス】


気のせいだろうか? ハタチの声が僅かに悔しさを含んでいたような気がした。

だが、追求する余裕はなく、すぐに意識を敵に向けなおす。


「って……! このっ!」

 

膠着は長くは続かなかった。

熊の咢が開き、口内で炎が踊る。機体が赤く彩られ今にも火球がX・プリメントを襲おうとした。

忘れていたわけではない。むしろ、それを誘った。

ゆえに予備動作が見えたのと同時に首を可動部の許す限り傾けた。

機体の側頭部が僅かに焦げたものの火球は後方へとそれる。朔夜は損傷の確認もせず、機体を思いっきり前へと飛ばす。

赤い弾丸が敵の巨体を押し倒し、上を取った。


「獲った!」


ずっと離さなかった主兵装を逆手に持ち変え、間髪入れずに顔めがけて振り下ろす。

だが、敵もさる者。朔夜の狙いを見抜いたのか数秒前の朔夜と同じように上体ごと動かし、頭部を狙った太刀を避ける。

驚く間もなく、今度はX・プリメントが弾けるように転がった。それが投げ飛ばされたときづ浮くのに数秒の間を要した。幸い柄がチューブに繋がれている太刀を手放さずに済んだが、酷い衝撃に胃の中が逆流を起こす。

何度も口うるさく言われていた次の行動へと移れるように立ち上がるが、どうも目が回ってしまい、機体を起こすだけで精一杯だった。

金属の塊であるX・プリメントを投げた敵は間違いなくパワーだけならこちらを優に上回っている。俊敏差もよくてこちらが僅かに勝るくらいだ。これは思ったより――――


「強敵だねあれ。思っていたより強いや」

【プリンセスの詰めが甘いだけです。本来ならば、確実に首を切断すべきでした】


是非もない物言いだが、それは違うと否定を入れる。


「そりゃ僕も最初は首ちょんぱしようと思ってたけどあんなデタラメな再生能力持ってるんだ。首のない体が勝手に動くこともあり得るだろ?」

【否定。頭部を失って動ける生物などいません。少なくとも熊でその報告は上がっていません】

「あれが生き物であってたまるか。……それに見たんだあいつの口の中に何か球体のような物が。ほら、何か光ってなかった?」


返答の代わりに先ほどの攻防の映像が流れた。そして、お目当てのシーンで停止をかける。


「ビンゴ! ほら、ここだよ。口の中が炎に染まる前に黒い水晶みたいなのが見えてるだろ? これってお約束の弱点じゃない?」

【回答不能。その問いにはお答えできません】


珍しい反応だった。内容はともかく今まで必ず返答してきた相棒が初めて拒絶を示したのだ。それも戦闘中にだ。

どういうことなのかと追求したかったが、敵がそれよりも早く動き出す。

腕の再生を終えた熊は果敢にも腕を振り上げ、こちらに向かってくる。

今は向こうの腕の方が硬度は上だ。下手な防御では刀を折られるかもしれない。

ならば、この機体の――もしくは自分の力の一部を披露するしかない。


「セーフティー解除。ハバキリにエネルギーの供給を開始。それといっしょに活動限界時間も計算し直してハタチ」

【了解】


まもなく大幅に減らされた残り活動時間が表示さる。同時にクリスタルに直結されていたチューブからハバキリへエネルギーが流れ始める。

機体にも使用されている希少金属〈リアクター〉がエネルギーに反応し、変色する。鋼色の刀はX・プリメントと同じ赤へ。研ぎ澄まされた鋭利な刃に硬度という明確な力が上乗せされる。

イメージはできた。狙うは一撃必殺のカウンター。敵より先に弱点であるコアに得物を叩き込む。

セーフティーを解除した以上、多少のリスクをおってでも早期に決着を着けなくてはいけない。人の精神をエネルギーに変換しているクリスタルゆえ供給が激しくなれば機体よりも搭乗者の身が危ないからだ。

だというのに朔夜はそのことを微塵も意識してなかった。それどころか今までにないくらい気持ちが高ぶっている。

――鼓動がいつもよりもずっと速い。いったいこの胸の高鳴りはなんだろう……?

緊張ではなかった。例えるなら徒競走でスタートの合図を待っている時に似ている。

ワクワクしている。これは紛れもなく『悦び』だった。

だからか――敵を討つことしか考えていなかった朔夜は敵のイレギュラーな行動に対応が僅かに遅れた


「!」


突然、熊が急制動をかけたかと思うとそのまま背中を向け、全速力で駈け出して行った。

それが逃走だと気付くのに僅かな間を要した。朔夜が敵を倒すことだけしか考えていなかったゆえの結果だ。

なんじゃそりゃ! と叫びたくなるのを堪えすぐさま機体を走らせる。

単純なスピード勝負では分が悪いが、追いかけないわけにもいくまい。あれの向かった先には何も知らない一般人がいる。もし熊が街で暴れでもしたらどうなるかは考えるだけでも恐ろしい。


【警告。残り活動時間30分です。深追いは危険です】

「そんなこと言ってられないだろ。それに帰り道を考えなかったもう少しいける。最悪予備電源で動けばいい」


ハタチの助言を一蹴し、速度を緩めず追いかけるが、速度に差があるため徐々に背中が遠のいていく。

唯一の射撃武器であるハンドガンを抜くが、この速度と距離、なにより朔夜の腕では当たらなかった。


「くそっ。照準狂ってるんじゃない?」

【計器は正常です。純粋にプリンセスの腕です】


ハタチの訂正と同時に通信が入った。

来たか……と朔夜は内心うんざりとした。相手は十中八九孝太郎だ。恐らく苦言を聞かされるに違いない。

気怠い気分のまま回線だけを開く。


「朔夜! 無事か? 怪我は!?」

「え……ああ、大丈夫だよ。特に痛むところはないけど……」


予想と違う第一声に僅かに戸惑う。

孝太郎はそんな朔夜の反応を知ってか知らずか言葉を続ける。


「よかった。朔夜にもしものことがあればって考えるだけでゾッとするよ。とにかくよかった。無事で」


痛いくらいの心配が場違いにも愛されてる実感を湧かせる。


「っていけないいけない。ガードを崩すな僕……」


思わず気を緩めてしまうがすぐに心を構える。今は喧嘩中なのだ。怒ったポーズを取らなければ朔夜の沽券に関わる。

もはや、怒りは無いことに気付きながらも「フン」と鼻を鳴らしアピールする。

そんな朔夜を見て、ため息まじりに孝太郎は宥める。


「朔夜」


そのたった一声で自分の方悪い気がしてしまうのだから大人はずるい。

しかし、それはあくまで気がするだけ。自分は悪くない。正しい、と何度も言い聞かせ姿見えぬ父を睨む。


「父さんいますぐ避難警報を出して」

「その必要はないよ朔夜。もう勧告は出した。他の自衛隊にも増援と避難誘導を指示している」

「分かった。どれくらいで避難完了はする? このままじゃ敵が街で暴れるよ」

「避難はまだ40%くらいしか完了していない。流石に怪物が現れたので避難して下さい、なんてのは使えなかったからね。それらしい言葉を使って急がせているけど、それでもこの程度が限界だ」


戦闘が始まってから――活動時間から逆算して――30分と少したっている。時間の割には避難できてる方なのかもしれない。

しかし、街には多くの逃げ遅れた人たちがいるはずだ。彼らをかばいながら戦うのは至難の技かもしれない。


「朔夜。行くのかい?」


それでも――――――


「うん、行くよ。だってここで行かなきゃ僕が僕でなくなるから」

「そうか」


孝太郎の短い返事が朔夜に緊張を走らせる。父が次に何を告げるか予測できない。だが、どんな答えが来ても朔夜は戦うつもりだ。孝太郎にも、敵にも。


「僕は反対だ。撤退するんだ」

「――――――っ」


やはり、戦わなければいけない。

僅かな期待が落胆へと変わり、胸がギュッと絞められる。すぐに切り替えることは齢10の朔夜にはできなかった。


「はっきり言うよ。いいかい朔夜。X・プリメントじゃあれには勝てない。君も感じているはずだ」

「そんなこと……!」


ないとは言い切れなかった。

常にモニターされている機体損傷レベルはけして楽観していいものではなかった。

ぞわりとなぜか背筋に悪寒が走る。そんな弱気な自分を打ち消すかのように大声で荒れる。


「そんなことない! この機体は父さんが作った最高傑作なんだ。負けるわけがない。僕とⅩ・プリメントは最強なんだ!」

「朔夜……」

「嫌だ! 僕はまだ戦える。こいつだってまだ動く!」

「朔夜! もう君は戦わなくていい。子供のお遊びはここまでだ」


あまりの物言いに咄嗟に言葉が出なかった。

画面に視線を投げかけるが『Sоund оnly』と示さているだけだ。父には届かない。


「父さん……?」


ようやくでた言葉も虚ろで今にも消えてしまいそうだった。

父が何を言っているか分からない。何を思ってそんな言葉が出たのか理解できない。自分の思考がショートしてしまったのかもしれない。

その証拠に続く言葉がもやがかかっているみたいだった。


「ハタチ。いますぐ帰投しろ。これ以上の戦闘行為は無駄だ」


ひどく冷たい声だった。実はこの声の主は父ではないのではないかとバカな考えがよぎる。


「YES、マスター」


機体が急停止する。ただでさえ差がつきつつあった怪物との距離がみるみる離されていく。


「父さん! なんでハタチなんだよ! 僕に言ってよ! 僕がX・プリメントのパイロットだろ!?」

「なら朔夜に帰還しろっていえば君は帰ってくるのか? 違うだろ? これ以上君の相手はしていられない」

「このままでいいじゃないか! 僕があいつをやっつければそれでいいだろ!」

「倒せないよ。君じゃ……いや、今の人類はあいつらにはまだ及ばない」


ぼそりと「堂々巡りしてきたな」と聞こえた。

カッと頭に血が上る。それはこちらのセリフだと食い下がる。

それすらも簡単に受け流し、再度ハタチに帰還命令を下す。


「ここからは大人に任せなさい。子供は家に帰る時間だ」

「父さん!」


喉元がひりひりと焼き付く。涙で視界がぼやけていく。

悔しかった。親の理不尽が、それに屈する子供である自分に。

どうにかしたい一心で強硬突破を図るが、機体が一歩も動かなかった。


「なんでだよ! どうして動かないんだ!? ハタチ!」

「無駄だよ。ハタチは父さんの命令でX・プリメントのコントロール系統をブロックしている。さあ、後は帰投するだけだ」


しかし、いつまで経ってもX・プリメント――ハタチは動こうとしなかった。

ハタチの絶対である孝太郎の命令はすぐさま行動されているはずだ。

思えば命令自体は既にされている。なのにすぐさま行動に移さなかったのはなぜ?

子供ながらあれやこれや憶測を立てるがそういえばと思い至る。

今朝から何かAIらしからぬ言動があった。それと何か関係あるのかもしれない。

孝太郎もハタチのイレギュラーに気付いたようで再三命令する。

しかし、ハタチはそれには反応せず、あろうことかコントロール系統のブロックを解除した。


「ハタチ!? おい、何をやって!?」

【プリンセス。ご命令を。たった今こちらで演算を行いましたが勝算はあります。恐らくマスターの作戦は――少なくとも自衛隊の命を無駄にするものです】

「ハタチ? 君は……?」

【ご決断を。プリンセスの心に従ってください】


この手の知識のない朔夜でも分かる。明らかにハタチは何らかのバグを起こしている。

言動誤差、命令無視。ここまでの以上を起こせばAIとしての機能を果たしていないに違いない。

しかし、これは最初で最後のチャンスだ。


「そんなの決まっている。戦うために僕はいるんだ。目の前で消えそうな命があるならそれを救う。それが『ヒーロー』だろ!」

「朔夜やめろ! 君じゃ勝てない!」

「ごめん父さん。僕もう行くよ」

「やめろ! 死――――」


通信を切る。父の言葉は最後まで届かなかった。

遠くで地鳴りと爆発音が聞こえる。見れば街から火の手が上がっていた。


「行くよハタチ。サポートお願い」

【了解。支援します】


赤い鋼の巨人が一直線に駆け出す。その先が本当の意味で死地だとも知らずに……

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