不器用な恋にさよなら
俺には好きな人がいる。
そいつは何時も元気で明るくて、俺とは対極な性格をしている。
うるさくて大雑把、女らしさの欠片も無い奴。だけど、俺にはそれぐらいが丁度良くて、一緒にいると心地良いものだった。
好きになったきっかけは、そいつの誰にも負けないものを見せられたからだ。
それは、笑顔。
不意打ちだった。女の子として見ていなかったあいつは、どの女の子よりも輝いていた。
俺はそれに魅せられ、初めて恋に落ちた。
それから側にいるだけで胸の鼓動が速まったり、顔が熱くなったりする。
俺は思い知らされた。こいつの事が好きで好きで堪らないんだって。
想いは日を増すごとに膨らんでいく。だけど、その想いを告げた時、俺達は友達ではいられなくなってしまう。
関係を崩してしまう事が怖くて、想いを口には出せずにいた。
俺はその事を後悔する事となる。
ある休日の昼下がり、何時も通りにあいつの事を考えながら家でボーッとしていると、急にあいつから着信があった。
電話に出るとあいつは「今から会えないか」
俺は喜んで会う事にしたんだ。
その時の俺は嬉しさのあまり浮かれていて、あいつの様子がおかしい事に気付く事が出来なかった。
その頃は夏で、走っていると汗を掻く。
電話で言われた待ち合わせ場所に着くと、あいつはポツンと一人で立っていた。
そこでやっと気付いた。常に明るくて元気な顔しか見せないのに、思い詰めた哀しい顔をしていた。それは今まで一緒にいて初めて見せる顔で、俺は言葉を失う。
突然と告げられる事実。
それは楽しい話や冗談なんかではない、受け止めたくない現実だった。
「何で……今まで話してくれなかったんだ!」
少なくとも俺の前では、そんな素振りを見せなかった。
もっと早く話してくれたら力になれたかもしれないのに、こいつは一人で抱え込んだ。
いや、悪いのはこいつじゃない。気付いてやれなかった俺。
泣いている。その溢れるばかりの涙は、俺を哀しませる。
ここで何て言ったって、心残りになって哀しくなるだけだ。
なら、こいつの為にも言ってやろう。もう会いたいと思えなくなる様な言葉を。
「好きにしろよ! 何処でも好きな所へ行けば良い!」
俺はそう言い残し、走って帰った。
本心じゃない言葉を言うのが、こんなに辛いとは知らなかった。
こんな別れ方しか出来ない自分の不器用さに腹が立つ。
夏の夜に吹く風は丁度良い涼しさをしているのに、俺の心は一向に癒されない。
あいつは親の都合で引っ越しする。それも今日に。
今頃、出発の用意をしているのだろう。
俺にはどうする事も出来ない。仕方がないんだ。忘れよう。
あいつの事なんて知るか。
忘れろ。良いんだ、もう。
あいつの浴衣姿、見たかったな。
馬鹿か俺は、忘れるんだ。良いんだ、これで。
良いわけがない。
教室を飛び出した。
俺はまだ、あいつに伝えなきゃならない事がある。俺はあいつに何もやってあげられていない。
自転車を立ちながら思いっ切り漕いだ。あいつが乗るはずの電車の駅に向かう。
息が切れ、足が重い。それでも漕ぐのを止めない。
着いた時には人が沢山いて、この中からあいつを見つけ出すのは至難の技に思えた。それでも俺は、人混みを掻き分けて探す。
遅かったのか。もう、行ってしまったのか。
すると、あいつが電車に乗ろうとしているのが見えた。
俺は手を掴んで引っ張った。その手は冷たくて、何故かそれが哀しくて。
離したくない。ずっとこのまま手を繋いでいたい。
だけど、それは叶わない事だと分かっている。
言っては駄目な言葉。こんな時、笑顔で見送れたら良いのに、虚しく消えてしまう想いが湧き上がってしまうんだ。
俺はやっぱり不器用だ。
「行かないで」
俺達はキスをした。
互いに愛を確かめ合った。何処かへ行ってしまうのに、俺は安心したんだ。再び会えるんだって、そう思えた。
この手を離すとあいつは行ってしまう。指先が触れる最後には温もりを感じた。
あいつは電車に乗って、窓越しに最高の笑顔を見せてくれる。
最後の最後まで追いかけた。その最高を焼き付ける為に。
帰り際、駅のホームに振り返る。あいつがまだいる、そんな気がして。
残っているのは寂しさ、でもそれは嫌なものではない、大切な気持ちなんだ。
俺は確かにあいつと恋をした。その証なんだ。
空を見上げると見事な満月が咲いている。
それなのに、目が霞んで良く見えなかった。
淡い月は、暗く染まった道を照らしてくれる。
二人の道は繋がっていた。