有角少女の子守唄(1)
ようやく話が明るくなる&進みます。
地の文、一人称でもよかったかなあと後悔中です。
「苦しい時にすまんがもう少し待っておれ。今こやつらを片付ける故な」
突如として現れたホムラは場に不釣り合いな笑みを浮かべた後、すぐに行動を始める。
生き絶えた大木から降りた少女は、残りの1匹に話しかける。
「おい貴様、言葉がわかるのなら失せろ。こいつを殺してから言うのも何じゃが、わしは無益な殺生は好まん。貴様が退くというなら手出しはせぬ」
ホムラの言葉に、暴走していたはずのトレントが動きを止める。
が、それもほんの一瞬だった。
「向かってくるか。ふんっ、聞かぬというなら仕方があるまい。己が判断を間違えたこと、死して後悔せよ」
一撃。
特別なことを彼女はしていない。
突進してきたトレントにカウンターを入れる形で蹴っただけだ。
それだけで太木は粉々に吹き飛んだのだ。
嘘のような光景だが、いくら目を瞬かせても地に落ちた死体は無くなりはしない。
「さて、邪魔者がいなくなったことじゃし本題に入ろうかのう」
その光景を見せた当の本人は、まるで何事も無かったかのようにこの調子だ。
「どうじゃノース。わしの力、『鬼』の力がどれほどのものか、少しは理解できたであろう??」
返事を返そうにも、言葉が出てこない。
怯えたからではない、血が抜けすぎたようで身体が思い通りに動かないのだ。
それでもホムラはノースの心を読んでいるかのように話を進めていく。
「このままではおぬしはあと数分で死ぬじゃろう。そこで、じゃ。わしが一つ、おぬしが生き残る為の道を提示してやろう」
彼女は腰につけていた謎のものを手に取る。
玉を二つくっつけ先をとがらせたような形のそれには、中に液体が入っているようで、ホムラが傾けるたびに中からチャポチャポと音がする。
「これは瓢箪といってな、中に飲み物を入れておく為の道具じゃ。本来なら酒が入っておるのじゃが先ほど飲み干してしまってな、代わりのものを入れてある。それさえ飲めば傷は癒え、死ぬことはないじゃろう」
ただし、と彼女は付け加える。
「これはおぬしを『鬼』へと変え、『人』として殺す。一度、鬼へと変われば後戻りは出来ない。時間は残り僅かじゃぞ、どうする??」
彼女が言っていることが真実だとは限らない。
だが、こんな死にかけの男を騙したところで何になる。
――いや、考えるだけ無駄だな
どのみちノースが選ぶことが出来るのは頼るか、頼らないかの2択だけだ。
それなら……
自らの意思を伝える為、動かない喉に代わり目で意思を伝える。
「ほう……やはりおぬしは生きることを選ぶか。いやなに、何となくそうではないかと思っていただけじゃ」
愉快そうに笑う彼女は、気付いたらノースのすぐそばに立っていた。
「受け取れと言いたいところじゃが、その様子では自力で飲めぬか。……仕方がないのう」
ホムラは瓢箪の蓋を開けて中身を自分の口に含んだ後、横たわるノースに覆いかぶさるように手足をつく。
顔は吐息が届きそうなほど近く、体は互いの心音を感じられるほどに触れ合う。
そのまま近づいてくるホムラの顔、ノースの視線は自然と彼女の小さな唇に向かう。
濡れた朱色の唇はどこかいやらしく、今までの彼女とは正反対の印象をノースに与える。
まるで幼子をあやすかのように頭を撫でなられる。
やがてホムラとノースの間に距離は無くなり、二人の唇が交じりあう。
――甘い、そしてどこか懐かしい
口移しされるそれが何かは分からないが、体の中から熱くなったことから作用しているのは確かなようだ。
やがてすべてを移し終えたホムラが口を離す。
身を起こし馬乗りの体勢になった彼女が言う。
「すぐに眠りにつく。起きた時にはおぬしもわしらの仲間入りだ。――それまでは私が守るわ。だから安心して眠りなさい」
彼女の言葉が脳に蕩けていく。
言われた通り、ノースはまどろみへと落ちていった。
※※
…………。
「あっ……!? ノースが、ノースが目を開けたよお母さん!! お父さん!!」
「ノース!! 体は大丈夫か!?」
状況が飲み込めない。
何故自分はベッドに寝かされているのか。
そしてその手をここにいるはずがないピュセルが握っているのか。
「ははーん、わかったぞ。これは夢だな。まだ俺は寝たままなんだ」
「母さん、ノースが何だか変なことを言っているぞ」
「放っときなさい、三日も寝続けて頭に毒がまわったのよ」
さて現実から逃げるのはここまでにしよう。
「なあ、俺が起きるまでに何があったか説明してくれるか??」
「えっとね、村から移動した次の日の朝に運よくお父さんたちと会えたの」
「それで話を聞いた俺たちが馬で先に帰ったんだ。そうしたらそこにいたのは角の生えた綺麗なお嬢さんとその子の膝枕で寝ているお前だった」
「マジで??」
「マジだ。それで話を聞くと、トレント三体から必死に逃げるお前を通りすがったホムラちゃんが助けたっていうもんだからな。そりゃあもう驚いた、驚いた」
おじさんからは真剣さを感じないが、おばさんが突っ込んでこない所を見るにどうも本当のことらしい。
「お前はいくら揺すっても起きないし、取り敢えずはホムラちゃんの言う事を信じるしかないわな。いや、今は信じてるぞ。最初はあんなほそっちい娘が魔物なんざ倒せるわけがないと思ってたが、壊れた建物を直すのを手伝うと言って木を1本丸ごと森から引っこ抜いて来やがったんだ。信じられるか、こーんな太いのをだぞ」
「あー……」
おじさんの身振りから察するにかなりの巨木だったのだろう。
しかしトレントをただの蹴りで殺しているところを見たノースからすれば――まあそれくらいなら――程度の感想しか浮かんでこない。
「そんなところだな。お前さんは力尽きて三日間寝っぱなしだったり、酒場のオヤジの店が全焼してたりしたが些細なことだ」
「いや些細じゃないよ全然。ヤバい、おやっさんに謝りに行かないと……」
「あいつなら笑って許してくれるさ。寝ているお前を見て号泣してたからな。さて、さてさて」
おじさんはチラッと台所の方を見て、次に未だにノースの手を握るピュセルを見た後に話を再開する。
「まあ何だ、母さんやピュセルはお前の行動を認めてないが……」
「あたしは認めてるわよ。ただ馬鹿な子だと言ってるだけ」
「それは認めていないんじゃ……。とにかく、俺はお前がやったことは間違ってないと思うぞ。ノース、お前は男だ。そりゃあ誰かをカッコよく守りたいと思うだろう。その思いは間違っちゃいない」
「お、義父……!!」
「その代わり、自分の尻は自分で拭けよ。ってわけで頑張れ」
「はっ??」
おじさんが何のことを言っているのかその時のノースには分からなかった。
すっかり忘れていたのだ、おばさんがその言葉を言うまでは。
「ノース、ピュセル、練習場まで行ってきなさい。仲直りするまで帰ってきちゃダメよ!!」
そう、ノースはピュセルを怒らせていたのだった。