表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

青年への鎮魂歌(3)


二人を見送った後、振り返る。


トレントはすぐそこまで来ている。


出来ることは少ないがせめて動きやすいようにと身を整える。


上着も鞘も必要ない。

生き残るために必要なものだけを残して後は捨てていく。


残り100メートル――80――50――30……


「トレント、俺の方に来い!!」


トレントに鞘を当てて、注意を惹く。


近くに来てようやくわかったが、トレントの幹にある顔は怒りに満ち溢れている。

原因が何かはわからないが、冷静に行動している訳ではないのなら安い挑発にも乗ってくるだろう。


思惑通りトレントは数の多い村人達よりもノースを狙うことにしたようだ。


時間稼ぎなら障害物の多いところが良い。

普通なら森の中へと逃げ込むが、トレントが相手の今では木に紛れて姿を確認しづらくなってしまう。


それなら村に逃げ込むしかない。


門をくぐり抜けるとトレントも同じように村の中に入ってこようとする。


だが入り口はせいぜい2メートルほどしかない。


トレントは大人二人を縦に並べてもなお足りないほどに巨大だ。


――しばらくもたついてくれるか


しかし、そんな考えは甘すぎた。


トレントは腕のようになっている部分を掲げると、それを入り口目掛けて振り下ろした。

腕とは言ってもトレントの大きさ的に丸太並に太い。


同じ木のはずなのにいとも容易く門は崩れた。


「やっぱり足止めにもならないか」


家屋を盾にしても同じことだろう。

何もないよりはましだが、根本的な解決になってはいない。


ノースがここから生き延びるにはいくつかの方法がある。

①逃げ続けて傭兵を連れた男たちが帰ってくるのを待つ

②村人とは別方向に逃げ、ある程度村から離れたら引き離す

③トレントにある程度のダメージを与える

④トレントを倒す


①は却下だ。

傭兵たちが来るのはどんなに早く見積もっても明日の昼だ。

人間の体力でその時間まで逃げ続けるのは不可能に近い。


同じくトレントを引き離すほど早くは走れない為②も却下。


残る2つも難しいが不可能とまでは言えない。


トレントの弱点といえば見た目通り火だ。

そこさえ突ければ勝機はこちらにある。


頭を巡らせる。


トレントを吹き飛ばせるほどの火薬の貯蔵はない。

ノースは魔法を使えないため、必然的に使うのはあちらこちらに置いてある松明に限られる。


だからといって松脂片手に突っ込んでいけば先ほどの門のように木っ端微塵になるだけだ。


「……よし。名案を思いついたぞ」


トレントの動きを確認する。

家屋を盾にしながら逃げているうちにある程度の距離は離れたようだ。


これなら目的の場所に辿り着くのは何とかなりそうだ。


速度を落とさず村の中を走り続ける。


息は切れ始めてきたが、体力はまだ残っている。

ここが踏ん張りどころだ。


途中で松明を拾いつつ南門の正反対、北門付近までやってきたノースは一目散に目的の店へと入る。


店は酒場、おやっさんの店だ。


「悪いなおやっさん、ツケといてくれ」


いくつかあった誰かが脱いだと思われる服を1ヶ所に集めそこ目掛けて酒を瓶ごと投げつける。


高い酒、安い酒関係なく投げつけられていく様はおやっさんが見たら失神ものだろう。

だが許してほしい、これも生きる為なのだ。


ダメ押しに酒樽もひっくり返して準備は完了だ。


酒の臭いが充満している部屋で少し待っていると扉付近の壁を破壊して黒い影が店の中に現れる。


獲物を追い詰めたかのようにゆっくり、ゆっくりと近づいてくるオールドトレント。


――罠に嵌っているのはお前の方だ!!


酒瓶をトレントに投げつける。

知性の低い魔物には理解ができない。

割れた酒瓶から出た、自身を濡らす液体こそがノースの切り札であるということを。


「たっぷり浴びてくれたな、助かったぜ。それじゃあな」


仕上げに松明を放る。

地に落ちた火は先ほど作った酒をたっぷりと浸した布の山に引火し盛大に燃え上がる。

勿論、近くにいたトレントも同じだ。


アルコールで濡れた木になど火は簡単に燃え移る。

布の山のおかげで火力も十分だ。


「ギィィィィィィ!!」


苦し気に唸り、火を消そうと必死になるがもう遅い。

腕で叩いても壁にこすりつけても火が消えることはない。


そのうちに体が保てなくなり崩れ落ちていくことだろう。


裏口を使い店を出たノースは、トレントが動きを止めるその時まで炎をジッと見続けていた。



※※



「さて、何とか倒したはいいがこれはどうしたもんかね……」


正直倒せたのは奇跡だ。


普段のトレントならノースが手に持った火に気付き警戒していただろう。

相手が冷静さを失っていたことが今回の勝因だ。


だが、この勝ち方には一つ問題があった。


それが未だに絶賛炎上中である酒場だ。


「おやっさんに怒られるのも問題だが、それ以上にコレをどうやって消すべきかが一番の問題だ」


このままだと周りの塀や家屋に引火する。


だがこの規模の火事を一人でどうにかするのも無理だ。

雨でも降ってくれないものかと上を見るが、空には星と炎のせいでやや赤みがかって見える満月しかない。


再び視線を燃える酒場に戻しあれでもない、これでもないと考えていると、


――ミシッ、ミシッ


遠くから聞き覚えのある音が聞こえてくる。


その音の正体を確かめる為に首を向けると、


そこにはオールドトレントが2体、仲間の死を悼むかのように並んで立っていた。


「おい、嘘だろ……!?」


炎の音で聞こえ辛かったとはいえ、ここまで接近を許してしまったのは安堵感のせいだろう。


ようやく終わった強敵との戦い。

命を懸けた戦闘はいくつか乗り越えてきたが、ここまで自分の死を近くに感じて戦うことはなかった。


それを乗り越えた安堵感は並大抵のものではない。


自分のミスだ、だが自分を責める気にもなれない。


もはや目の前に立つ脅威の前にノースは生きることを諦め、自暴自棄になっているのだろうか。


剣を持つ手は上がらない。

逃げる為の足は動かない。


北門の外は小型の魔物がいる。

開けて逃げる余裕はない。


南門に向かうには2匹をどうにかすり抜けなければならない。


どうやって??

1匹でも命がけ、2匹なら何を懸ければいい??


答えはない。

問いかけるたびに手からも足からも力が抜けていく。


トレントが振るってきた腕を避けることは出来なかった。


体が吹き飛ばされ、地面を転がる。


立ち上がることが出来ないノースを、トレント達は何度も殴りつける。


その度にノースは転がり続け、数回目にはもはや瀕死の状態だった。


骨は折れ、内蔵はかき回されて元の位置に収まってはいない。

意識は朦朧としており、至る所から血がとめどなく流れている。


仰向けに転がったノースの目には再び空が映る。


流れる血が目に入ったのだろう、月が先ほどより色濃い赤に変わっている。


死に瀕した今、思い出されるのは他愛もない日常の風景だ。


義母はは義父ちち、にはよく本当の親のように怒られた。

おやっさんは暇さえあれば子供自慢。逆に息子からは親の愚痴。

村の子供たちの面倒を見ては、母親たちからお礼を言われる。


村人全員との間に小さなことでも思い出がある。


そして最後に思い出すのは幼馴染の少女。


彼女が奏でるリラの音が、ノースは何よりも好きだった。


最後の別れは悲しいものになってしまった、それが心残りだ。


いつの間にか流れていた涙が血を洗い流す。


視界には再び美しい月が戻る。


――ああ、そうだ。心残りといえば、あの不思議な少女、ホムラは無事だろうか。

迎えに行くと言ったが行けそうもない。呆れて一人で逃げてくれていればいいが。


ノースが彼女の事を思い出したその時、何かが月に重なるように空に現れる。


霞んできたノースの目にはそれが何かがわからない。


徐々に落ちてくるそれが何か理解したのは、それが怖ろしい速度でトレントを踏み殺し、口を開いた時だった。


「生きておるな、わが友よ」


それは異世界から来たと謳う、鬼の少女だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ