青年への鎮魂歌(2)
「合図が見えた!! くそっ、ホムラが言っていた事は本当だったのか!!」
勢いよく飛び出したノースの目が村を映す。
見張り台にある松明の火が大きく左右に揺れている。
魔物を確認した時の合図だ。
「間に合えよ……!!」
明かりが少なく、足元すらおぼつかない夜の森の中を一心不乱に駆け抜けていく。
行きの数倍の早さで入り口に辿り着くと、そこからは村に向かっていく大きなカエルの魔物の集団が見えた。
「フレイムトード!! 何であんなのが村の近くにいるんだ!!」
フレイムトードとは人の腰ほどまである大きさの真っ赤なカエルに似た魔物だ。
通常のカエル型の魔物は毒を吐くが、フレイムトードは名前の通り火を噴く。
森ではなく洞窟や砂漠に生息していることからあまり出会うことがないというだけで、そこまで強力な魔物ではないが、今回の状況では非常にまずい相手だ。
村は全体を木の塀で覆い、人間たちは門を利用することによって魔物の襲撃から身を守っている。
森からまれに降りてくる小型の魔物程度なら木の塀で十分防げるが、火を使う相手では盾になどなりはしない。
幸いなことに、カエル系統の魔物は全て動きが鈍い。
視認した時から走り続けていたノースは、村から数十メートル離れたところでカエルに追いついた。
「1、2、3、……5匹か。これなら俺一人で十分だ」
カエル達も後ろから近づいてくるノースにようやく気付いたようで、こちらを向くがもう遅い。
ノースは近くにいた一匹を腰に差した剣を抜き、背の部分を力任せに叩き切る。
ノースの腕と安物の剣では、脂肪の厚い部分を切り付けるだけでは致命傷を与えられない。
刀身を敵に喰い込ませた後、傷を開くように抉り横に開く。
背中の肉をごっそりと削がれた相手は醜い断末魔を上げながら動かなくなる。
次に横にいるもう1匹の頭を突き刺す。脳を傷つければ魔物でも無事ではない。
一瞬で二匹を仕留めたノースに、残り3匹が一斉にブレスを放ってくる。
火球というよりは燃える水のそれは、放物線を描きながらノ―ス目掛けて飛んでくる。
剣を引き抜き、横にかわしたノースの代わりに2匹の死体が燃えあがる。
「魔法が使えれば楽なんだけど……なあ!!」
距離を詰め、剣を振るう。
フレイムトード達もブレスや舌を鞭のようにしならせて反撃をしてくるのだが、ノースには届かない。
全て回避して、伸ばされた舌は掴みとって
切ってからお返しする。
開戦から一分も絶たないうちに勝敗は決した。
最後の1匹の腹に剣を突き刺すと、ノースは息をつく。
――何とか間に合ってよかった。
「おーい、ノース!!」
見張り台の青年に呼ばれて門の方に行き、情報を整理する。
「いやあ、丁度ノースが戻ってきてくれて助かった」
「間に合わなかったら、俺はおばさんに殺されるよ。それで、今ので全部か??」
「いや、北門の方も襲われているらしい。そっちはいつもの小型の魔物だから大丈夫だとは思うが……」
「まあ一応俺も行くよ。村の中を突っ切るから門を開けてくれ」
「わかった。……ちょっと待て、森の方から何か近づいてこないか!?」
振り返って森の方を見ると、そこには木しか見えない。
ただし、その木のうち1本がこちらに近づいてきているのが。
「あれはトレントか!? ノース、急いで入ってくれ!!」
「あ、ああ」
トレント……木が魔物となったものと言われ、根は足となり地上を自在に歩き回る。
中でも大きなものをオールドトレントという。今見えているあいつもその中の1匹だろう。
しかし、本来トレントとは大人しく、魔物でありながら危害を加えない限りは人間を襲ってはこず、普段は森の中でひっそりと暮らしている。
強力な力を持つオールドトレントもそこは変わらない。
そのはずだが、外にいるあいつは明らかに平常のトレントではない。
トレントも魔物の例にもれず興奮して、見境なく襲ってくるのではないだろうか。
開かれた門の中に入るノースを、村人たちが迎える。
未だ状況を理解できていないその顔は明らかに不安に満ちており、子供たちの中には既に泣き出している者もいる。
今は父親が不在で心細い子も多いのだろう、母親たちに混じってピュセルやミロスが子供たちを慰めている。
「みんな、少し待っていてくれ!! ピュセル、もう少し子供たちを頼む」
「うん、わかった」
とにかくトレントの動きを見るためにも見張り台の上に登る。
「トレントはこちらに向かってきてる。たまたまというのは……希望的観測すぎるな」
「北門の方の魔物は??」
「数が多くて手こずっている。あちらから逃げるのは無理だと考えた方がいい」
「そもそも、トレントがあの速度で向かってきているならただ逃げるだけじゃ意味ないか。子供たちや爺さん婆さんの足じゃすぐに追いつかれる」
トレントは巨木であるにもかかわらず、先ほどのノースと同じぐらいの速度でこちらに向かってきている。
数分もしないうちに村まで辿り着くだろう。
「急いで村を出よう。この北門を開けてトレントとは逆側の、首都を目指して歩くしかない」
「待ってくれ、ノース。君がさっき言ったばかりじゃないか。村人の中には子供や老人もいる!!」
「時間は俺が稼ぐ。倒すのは無理でも、殺されないように注意を引き付けるぐらいならできる」
「そんなこと……!!」
「今、村の防衛を任せられているのは俺だ。時間がない、北門で魔物の相手をしている奴らを呼んできてくれ」
エルフの男は諦めたように頭を振り、走って北門の方に向かっていく。
ノースは下に降りて、集まっている村人全員に今の話を伝えた。
「そういうわけだ、集めてある食料を持って首都の方に向かってくれ!! 向かう間に傭兵を連れた男たちに合流できる。そうすれば村に帰れるさ。さあ、急いでくれ!!」
皆も半ば覚悟の上だったのだろう、足の遅い者を手伝いながら速やかに移動を開始する。
「わりいな、ノース。俺たちがさっさと北門の魔物を追い払えてれば……」
「おやっさん達のせいじゃないよ。それよりピュセルとおばさんを頼む。特にピュセルは体が弱いから気をつかってやってくれ」
「おう、いや待て。なんだその言い方は。まるでお前さんが死ぬみたいじゃねえか」
「……俺はこのまま残って足止めをする」
「はあ!? ふざけてんじゃねえ!? そんなの死にに行くみたいなもんじゃねえか、誰がそんなこと認めるか!!」
おやっさんは顔を真っ赤にして否定する。
その気持ちはとても嬉しいが、ここは譲れない。
「だから皆には言ってない。だからって俺は死にに行くわけじゃないよ。避けるだけなら俺だって自信がある。ある程度時間を稼いだら、逃げるさ」
「なら俺が代わりに……」
「おやっさんがどうやって避けるんだよ。それに逃げられるほど足も速くない。俺は自己犠牲で言ってるんじゃない。一番生き残る可能性が高いから俺がやるって言ってるんだ」
「自分以外の命がかかるならお前さんはそもそもやらんだろう!! ええい、ちくしょう!! 絶対死ぬなよ!!」
「ああ、おやっさんも護衛よろしく」
納得はしていなかったが、自分がいなければ今度は出発した村人全員が危ないとおやっさんはわかっている。
「ピュセルちゃん、ミロスさん急ごう。俺たちが最後だ」
「えっでもノースがまだ……」
「あいつは後から馬に乗ってくる。先に首都に行って救援を呼ぶそうだ」
「そういうこと。だから先に逃げておいてくれ」
おやっさんの苦しい言い訳を後押しするが、ピュセルは何かを察したようにうつむく。
そして一言、
「……嘘つき」
ノースが何かを言う間もなく、涙を流しながらそれだけ言うと、村人の元へと走っていった。
「それがあんたの選択なら私からは何もないわ。馬鹿な子、両親に似すぎよ。揃いもそろってお人よしなんだから」
「ならきっと両親にはおじさんとおばさんも含まれてると思うよ」
ノースの返答に、ミロスは微笑を浮かべながら答える。
「本当……馬鹿な子ね」
※※
後悔はない。
自分が選んで決めたことだ。
心残り。
心残りはある。
幼馴染の少女との最後が、あんなもので終わって良いはずがない。
ならば決まっている。
俺は全身全霊をかけて、生き延びるだけだ。