48話 5日目:夕 【夫】アナ
【アダム視点】
アダム伯爵は、死刑台で燃える第三王子を見ていた。
炎に包まれて燃えていく王子。
僕が燃やされるはずだった処刑台で。
第三王子はよく燃えていた。
まさか。
僕がこうして誰かの処刑を見ることになるとは想像もしなかった。
この数時間は何が何だか分からなかった。
僕はもう終わった。
人生に対して諦めていた。
この世をさる準備が出来ていた。
死を覚悟して受け入れていたというのに。
あれよあれよと事態は急転し。
いつのまにか僕の罪、第三王女殺しは消えていた。
今。
僕の罪は第三王子に移り。
犯人として処刑されているのだ。
まったく現実感の薄い感覚。
どこか遠くの国の出来事の様だ。
たとえ、この現実を事前に説明されても信じることは出来なかっただろう。
僕はコロコロ変わる展開についていけなくなっていた。
当事者のはずなのに・・・
僕はただ・・・
傍観者の様に燃える処刑台をみていた。
気づくと、隣にはアナがいた。
いつもの様に、隙のない服装をしている。
公爵令嬢としての彼女だ。
彼女は常に人前ではちゃんとしていた。
決して気を抜かない。
どんな時だってアナはアナだった。
その姿に感嘆し、彼女の強さを感じた。
「奇麗に燃えていますね。夕暮れの空と炎がマッチしていますわ」
「・・・」
アナはまるで奇麗な夕日でも見ているかのような表情だ。
その表情からは、それ以上の事は読み取れない。
本気で奇麗と思っているのかもしれない。
第三王子が燃える姿を。
「アダム。よかったですね。誤解がとけて。罪は晴れたのです。
私も信じていましたわ。あなたの無実を」
何をいっている・・・
この女。
信じていただと・・・
僕をさんざん嵌めて死刑にまで追い込んだのに。
今では立場を180度変えて。
涼しい顔で僕の無実を喜んでいるようだ。
まったく信じられない。
「どうしたのですか、アダム?怪訝は表情をして。嬉しくないのですか?罪は晴れたのですよ」
「・・・とっても嬉しいよ。死刑は回避できたからね」
「よかった。あなたのために頑張ったのですよ。私」
ニッコリと微笑むアナ。
彼女の表情を見ていると、背筋が凍りそうな悪寒が走った。
何を考えているのか全く分からない相手は怖い。
「アナ・・・何を企んでいる?」
「まぁ!何もやましい事は考えておりませんわ。心からアダムの事を喜んでいるのです」
「・・・」
「アダム、一度は愛し合った仲ではないですか。私達」
彼女は僕の手を取ろうとしたが。
僕はさっとかわした。
彼女はやや微笑んで唇を尖らす。
僕が恥ずかしがりや何かで、彼女はそれを包んでいるかのような表情。
「アダム。実はお話しがあるのです。聞いてくださりますか?」
「そうだと思った。それでなんだ?また僕を死刑に送り込む気か?
今度は誰を殺したって?国王陛下か?どこかの将軍か?」
ふふっとおかしそうに笑うアナ。
無邪気な笑い方だ。
僕がおかしなことでもいったかのような態度。
「違いますよ。アダム。そんな事はしません」
「なら何だ?」
「私達、やり直しませんか。再び愛を育むのです。
不幸なすれ違いで残念な結果になってしまいましたが、やり直しませんか?」
「・・・」
!?
言葉が出ないとはこの事だ。
まさか・・・
まさかまさか・・・
僕を死刑に追い込んだアナが復縁を求めてくるとは・・・
彼女は何を考えているんだ。
一体・・・
「どうですか、アダム?」
「何を言っているかさっぱりだ。本気でいってるのか?」
「本気ですよ。私はアダムの罪を許します。
一度裏切られて深く傷つきましたが、乗り越えられると信じています」
「・・・僕は・・・断る」
「まぁ」っとため息をつくが。
アナは微笑を絶やさない。
初めから断られることを予想していたのかもしれない。
思えば・・・
彼女はいつも準備している。
僕の一歩先をいっている。
そんな彼女に僕は翻弄されてきた。
常に僕より先が見えていたのかもしれない。
僕が今回の様な目にあったのは必然だったのかもしれない。
なぜなら。
常に僕はアナに負け続けてきたのだから。
僕はそもそもゲームが行われていることすら察知できなかった。
ならば負けるのは当たり前だ。
彼女はとびきりゲームが上手いのかもしれない。
ここまで僕は何もできなかったのだから。
そういえば・・・
チェスでもカードゲームでも。
彼女と本気でゲームをして勝った事は一度もなかった。
どうでもいい勝負の場合は勝たせてくれるけど。
大事な場面では、いつも何故か負けていた。
「実は、第四王子のティベリウス様からこんなお話しを貰っているのです」
「・・・・聞こうか」
「王族を不倫相手に選んだ罪は重い。王族を汚す行為です。
しかし、国の失態で無実のアダムを死刑に追い込んでしまった事もある。
そこで私、アナスタシアと復縁し。
今回の死刑関連について、国に対して批判を一切行わないのであれば。
伯爵から公爵に位をあげても良いと。
どうですかアダム、悪い話ではないでしょう?」
やはり・・・
理由があったか。
何も無いわけがないと思っていた。
彼女はいつも何か考えているのだから。
「一つ分からない」
「なんですか?」
「どうしてアナと復縁しないといけない?」
「第四王子様は、今回のことで、貴族の評判が低下される事を危惧されているのです。
民衆は力だけでは抑えられないのですよ。妙な教団もおりますし」
「・・・」
「私とアダムが復縁することで、皆様に暖かい風を届けるのです。
今でも表向きは、私は夫の無実を信じている元妻。
あなたは、間違いを犯してしまいましたが、妻を守るために直前になって離婚した夫です。
私達が復縁するのは当たり前の話です。こんな良い夫婦が他にいるでしょうか?」
ははっ・・・
良い夫婦か。
笑えるよ。
アナにしては久しぶりに面白いことを言ったな。
体から思わず力が抜ける。
だけど。
彼女は・・・
又僕に操り人形、ピエロになれというのか。
死刑で散々僕を振り回しておいて・・・
「仮面夫婦を演じたいのか?」
「違いますわ。私はこれでもアダムの事を想っているのです。
もし、私との復縁に応じなければ、あなたは非常にまずい立場に追いやられます。
第三王女様との不義の責任を取り、貴族爵位の取り上げ、禁固刑は確かでしょうね」
「僕を脅す気か?」
「アダムのためです。やり直しましょう。もう一度。
それによく考えてください。アダムを誰よりも知っているのあたしですよ。
だからこそ、今回の事を起こせたのです。あなたの考えを読めなければ、こんな事はできません」
「僕の考えを読めたのなら、死刑に送り込むマネはさけてほしかったね」
「アダム・・・人は過ちから学ぶのです。
あなたも間違いを犯しましたが、私も間違いを犯したのです。
これでおあいこですね。良い教訓になったでしょう」
隣で微笑んでいるアナ。
そんなアナに対して僕は。
不思議と嫌悪感を抱かなかった。
彼女が隣にいることが自然とさえ思えてきたのだ。
僕はここ数日間。
アナに対して実に様々な気持ちを抱いた。
最初は、いきなり逮捕されたことで何がなんだか分からなかった。
牢獄にいる僕を、献身的に支えてくれたアナには愛情を感じた。
深く感謝した。
彼女といっしょになれてどんなに良かったかと思った。
確かに彼女に愛情を感じ、自分のした行為を深く恥じた。
しかし、裁判で死刑においやられ。
彼女の暗躍。
僕に対する裏切りを知ってからは。
彼女に対して抑え切れない怒り、憎しみを抱いた。
でも。
自分の死刑が近づくにつれ。
その気持ちが薄れていった。
よく。
牢屋の中でアナのことを考えることがあった。
怒りや憎しみといった気持ちは長続きしない。
ただ怒っている。
憎んでいるという状態は心地よくないから。
長続きはしないのだ。
それに不倫をしていた手前。
彼女には負い目を感じている。
しかし。
さすがに死刑に追いやられる程の罪でもないと思っている。
今。
僕がアナに対して何を思っているのか。
自分でもよく分からない。
認識できない。
好き嫌いの問題ではない。
そんな段階ではない。
アナといて幸せを感じた事もあったけど、怒りを感じた事もあった。
様々な感情を彼女に抱いた。
彼女の事を考えると心が乱高下して落ち着かなかった。
とても正常ではいられない。
でも・・・
それだけ僕にとっては刺激的な存在であるともいえる。
牢獄で日がなぼーっとしていると。
何の刺激のない生活を送っていると。
特別な存在。
刺激になる存在。
アナの存在に寂しさを覚える事もあった。
僕にとって彼女は間違いなく特別だった。
・・・
認めたくはないけど。
決して認めたくはないけれど。
僕にとっては、アナは必要な存在なのかもしれない。
好き嫌い、怒りと憎しみを超えた存在なのかもしれない。
ここまでの経験をすれば。
彼女に対する想いは他の人とは違う。
精神的な強い結びつきを感じる。
離れなれない引力のようなものを感じる。
逃れられない力を感じる。
正直、アナには適わないと思うし。
絶対に敵に回したくないと思った。
同じようなゲームももう一度しても勝てないと思う。
計画を実行し続ける精神的な強さと。
心の読み合いでは絶対に勝てないと感じた。
それらが女性に備わった強さなのか。
アナ特有のものなのかは分からない。
それに・・・
彼女になら、翻弄されても仕方がないと思ってしまう。
逆に彼女がいない生活に寂しさを覚えるのだと想う。
お酒や薬物と同じようなものかもしれない。
好き嫌いを超えて惹き付ける何かが彼女にはあった。
いいや。
今回の騒動で。
僕にとって彼女は特別な存在になったのかもしれない。
離れられない存在に。
やはりアナは特別だった。
アナが僕の手をゆっくりと取ったが。
僕は今度はさけなかった。
逆に軽くその手を握り返した。
久しぶりに触れた彼女の手は。
女性らしい小さく細い手で。
なんともいえない感触だった。
「アダム。きっと決断してくれると思っていました」
アナが笑顔で微笑む。
その表情を見ていると。
僕はほっと体から力が抜けた。
妙な意地を捨てさったからかもしれない。
心がちょっと軽くなった。
彼女と一緒にいるのも悪くないと思えてきた。
彼女になら、ゲームで負け続けてもいいと思ったのだ。
色々取り払ってアナを見ると。
かわいい顔をしていると思った。
まるで出会った時を思い出す表情だった。
心が洗われる。
彼女は魅力的だと感じた。
「あぁ、君と復縁するよ」
「嬉しいです」
僕はアナと再び夫婦関係に戻った。
一度目にアナと結婚した時は。
今思えば恋愛の熱に押されていた。
彼女の事を深くは知らなかったのだと想う。
でも、今回は違う。
彼女の裏も表を知り尽くしての結婚。
嫌なところも見たくないところも知っている。
でも。
それを受け入れられる。
これでようやく。
僕達は本物の夫婦になれたのかもしれない。
明日。
複数話投稿で完結です。




