41話 5日目:昼 【第三王子】夫人
【続・クラウディウス視点】
極寒の緊張感が場を支配する中。
私は歯軋りをし、内心怒りに震えていた。
何を言っているのだ・・・
この女は・・・
よりにもよって・・・
セレステの冥福を祈る場で、あろうことかこの私を殺人犯扱いするなど・・・
「ははは。公爵令嬢。この場ではにつかわしくない冗談ではないのですかな」
私が率先して笑うことで、周りの貴族を釣られて頬を緩める。
『なんだ。冗談ですか』
『そうですわね』
『第三王子様が・・・ありえません』
凍りついた空気が溶かれていく。
私は笑いを維持しながらも。
目の前の女、公爵令嬢に対して疑心暗鬼に襲われていた。
この女・・・
やはり気づいていたのか?
そのような気配などなかったはずなのに・・・
それに証拠など無いはず。
公爵令嬢は私の心の内など知った事が無いように、微笑を浮かべたまま。
「いいえ。私は本気ですよ。
第三王子様。何故セレステ様を殺したのですか?」
和んでいた会場が再びシーンと静まり返る。
公爵令嬢の声のみ響く。
貴族達は私と公爵令嬢のやりとりを戦々恐々と伺っている。
一体この場がどうなるか恐ろしくてたまらないのかもしれない。
自分達に被害が飛んでこないか気が気でないのだろう。
だが一部の貴族は彼女の言葉を信じ始めているのかもしれない。
疑念はまずい。つきまとえばいつか責め口になる。
こうなれば徹底的に否定するしかない。
それに王族たる私に対して今の発言、これは看破できない。
ここで反論しなければ私の権威が落ちる。
「公爵令嬢、無礼であろう!
一度ならずも二度までも。
あろう事か私を犯人扱いするなど!
そこまでいうのであれば、何か明確な証拠でもあるのだろうな?」
どうせあるまい。
私に繋がる証拠など無いはずだ。
ユヌス教団からは、私の血がついた服は引き取って処分済だ。
「第三王子様。無礼をお許し下さい。
しかし証拠ですか・・・勿論ございます」
なんだと!
そんなものあるはずがない。
はったりに決まっている。
「あるのなら、今見せてもらいたい。当然この場でだ!
それができるのであろうな?」
どうだ。
はったりで疑惑を貴族に植え付けるだけならここで終わりだ。
どうせ証拠無しに私に言いがかりを付けに来たのだろうが。
物的証拠がなければ誰も信じまい。
「分かりました。では、お見せいたしましょう」
んん?
馬鹿な!
本当に用意しているのか?
そんな事できるわけがない。
一体何を持ち出す気だ!
「カミラ、お願い」
「はい。アナスタシア様」
公爵令嬢のメイドが大きな袋を持ってくる。
中には何か入っているようだ。
「何かなそれは?愉快な手品でも見せてくれるのかな?
そのような娯楽では私の機嫌は収まらんぞ」
「残念ながら違います。
しかし、皆様は同じように驚かれるかもしれません」
「ほほう。公爵令嬢。
もし十分な証拠を示せなければ、自分がどうなるか分かっているでしょうね?
私に嫌疑をかけた罪は軽くは無いですよ」
「分かっておりますよ。第三王子様」
ちっ。
まるで脅えることが無い。
彼女はメイドに目を向けると。
「カミラ、お願い」
「はい」
メイドが袋を取ると、現れるのは一枚の絵。
これは・・・
何故この絵がここに。
現れたのは裏面にセレステが描かれた絵。
私の部屋に飾っている絵画だ。
これがここにあるという事は・・・
この女・・・私の部屋に入ったな!
そのような狼藉が許されるとでも思っているのか。
それより、何故この絵を?
まさか・・・まずいぞ。
まずい。
もしこの女、この絵の秘密に気づいているのか・・・
いいや、大丈夫。
彼女が気づくはずなどないはずだ。
王城の私の部屋のことなど知るわけが無い。
それにこの絵だけでは私を追い込めまい。
ただの絵なのだから。
逆にこの事は彼女を責める材料に使える。
「公爵令嬢。この絵は私の部屋にある絵ではないのですか。
もしや、私の部屋に無断に入って持ってきたのですか?」
「はい。やむおえぬ理由がありまして。
第三王子様のお部屋から拝借いたしました」
全く悪びれる様子が無い彼女。
さも当然かの様に述べるその姿は、盗人猛々しい。
「自分が何を行っているのか分かっておいでか?
たった今、王族の部屋に盗みに入ったと告白したのだぞ」
「その件については後ほど」
いいだろう。
彼女が何を言いたいかは気になるが、今ので彼女は完全な墓穴を掘った。
公爵令嬢の没落は必須だ。
これならアダム伯爵と一緒に死刑に送れるかも知れんな。
元夫婦で一緒に天に召されるのなら本望であろう。
「それで公爵令嬢。この絵がどうしたと言うのですかな?」
「第三王子様?」
彼女が私を絵の間で視線をいったりきたりさせる。
「何だ?」
「この絵はお好きですか?」
んん?
私の失言でも狙っているのか、公爵令嬢は。
アダム伯爵ならともかく、そんな策にひっかかる私ではない。
「部屋に飾っているのです。それなりに好きです」
「そうですか。良い絵ですものね」
「そうだ」
「ですが、第三王子様の部屋にしてはいささか地味ではないでしょうか?」
「公爵令嬢とは絵の趣味が違うのでしょうな」
「趣味の問題ではないのですよ」
「どういう事でしょう?」
「この絵一見普通の絵画に見えますが、本来の用途は裏面ですの。
裏返すとこの通りです」
メイドが絵画をクルっと反転させると、セレステの姿が現れる。
「第三王女様が描かれているのです」
僅かにざわめく観衆。
だが、裏面に絵が描かれている事に驚いただけであって。
そのざわめきは私の容疑を強めるものではない。
「それがどうかしたのですかな?
家族の絵が部屋にあっても問題ではないでしょう」
「勿論です。
家族の絵は私の部屋にもありますから」
ですが、この絵の場合はどうでしょうかね?」
意味深に絵を観察し、絵の中のセレステに触れる公爵令嬢。
その姿が気に障る。
私のセレステに、汚い手で触りおって。
「何が言いたい?」
「実はこの絵には切れ込みがありましてね。
表の絵と裏の絵の間に一定の空間があるのです」
公爵令嬢は、絵を愛撫するかのように触ってから。
絵の隙間から紙切れを取り出す。
紙を見てギクリと胸が震える。
見覚えのあるその紙。
まずい、ばれているのか・・・
あの事が・・・
公爵令嬢は、私の方を見て微笑んでから。
「これは恋文です。
第三王子様が第三王女様に向けて書いたものです」
『なんですと』
『そんな』
『でも、お二人は兄弟で・・・』
ざわめく観衆。
口々に色めきたつ貴族達。
彼らは控えめながらも私を見ている。
私が彼女の言葉を否定することを期待しているのであろう。
だが、その紙は本物なのだ。
私が夜な夜な彼女の絵を見ては、届くの事の無い思いを込めて手紙を書いていた。
我が妹、セレステに対する愛情を。
筆跡を調べられれば、私が書いていた事は必ずばれる。
ならば否定しても意味は無い。
違う方法で逃れなければ。
「アナスタシア公爵令嬢。誤解なさっているのでは」
「なんのことですか?」
「その紙に書かれているのは、家族愛です。
恋文と勘違いされては困ります。兄が妹を想うのは当然でしょう」
「家族愛・・・
とてもそうは見えませんでしたわ。
読んでいると、女心がときめく程でしたの・・・」
生娘の様に、わざとらしく胸を抑える公爵令嬢。
トキメいて胸を痛めて、貧血にでもなったようにふらつき、メイドが彼女の体を支える。
大げさな彼女達の動きが苦々しい。
だが怒りを抑えて。
「公爵令嬢。先程から何を言いたいのですかな?」
「言いたい事は一つですの」
「てっきり我が妹、セレステ殺しで私を追及していると思ったのですが・・・
間違いですかな?」
「間違いではございません。
これらは第三王子様が第三王女様を好いていた証拠なのですから」
「好くのと殺しでは、正反対なのではないですか?」
「似た様なものです。それを今から証明します」
なっ、どうやって。
証明などできるわけがない。
公爵令嬢が隣に目をむけ。
「お母様、お願いします」
それまで黙っていたマリアンヌ夫人。
公爵令嬢の影に隠れていた彼女が一歩前に出る。
取り囲んでいる貴族達を見回し、最後に私を見る。
彼女は公爵令嬢とは違いこのような場には慣れていないようだ。
私達に軽くお辞儀をした後。
「皆様。第三王子様。
この場で発言をさせてもらってもいいでしょうか?」
貴族達の視線が私に集まる。
皆に聞いている風だが、許可を出せるのは私しかいない。
それにこうなってしまえば、この場で発言の拒否は出来ない。
そんな事をすれば疑いを認めるようなものだ。
「勿論です、夫人。さぞ重要なお話しなのでしょう。
この場で言わなければならない程に」
「ありがとうございます。第三王子様」
「それで夫人、話と言うのは?」
夫人は私に敬意を払いながらも。
腰を低くしながらも、重い口を開く。
「第三王子様。
大変申し上げにくいことなのですが・・・」
そこで黙り、私の方をチラチラ見る夫人。
「いいのですよ。遠慮せずいってもらって」
「はい。感謝いたします。
その・・・私は見たのです。見てしまったのです」
再び私をチラチラと伺う夫人。
とてもいいにくい事があるようだ。
「何をですかな?」
「その・・・」
夫人は目線を下げ、続きを言うのを迷っているようだ。
「構いませんよ。言ってもらって」
「はい。ありがとうございます」
恭しく頭を下げる彼女。
「それで、何を見たのですか?」
「私が見たのは・・・」
「見たのは?」
「第三王子様が、セレステ様を殺す場面です」
なん・・・だと。
私は驚愕に震えた。




