18話 4日目 【夫】手紙書く
【アダム視点】
アダム伯爵は、バーニーが運んできた朝食を食べ。
彼と話をする。
バーニーが運んできた昼食を食べ。
彼と話をする。
バーニーが運んできた夕食を食べ。
彼と話をする。
僕はここ数日間四六時中バーニーと一緒にいるためか、まるで夫婦になった様な錯覚を受けた。
そんな事を思ったのは、今朝見た夢のせいか。
夢の中では、僕はバーニーと結婚し、田舎のこじんまりとした木の家で夫婦生活を送っていたのだ。
僕が山に狩に行き、バーニーが家庭菜園で育て、二人でとってきた食材を合わせて料理を作る。
そんな素朴な生活を送っていた。
僕は切り株に座りながら、草で作った笛を吹いた。
「ピュー」っと甲高い音が野原に響いていく。
すると、その音に気づいたのか、バーニーが振り返る。
彼は満面の笑みだった。
「大好きだよ、アダム伯爵」
「僕もだよ、バーニー」
そうして僕達はどちらかといわず顔を近づけ。
・・・
・・・
・・・
「そんな馬鹿なー!」
夢を破壊するように叫び、布団をガバっとはいで起きたのは、つい数時間前。
朝食を終え、夢の動揺を抑えて正気を取り戻した僕は。
王城の一室から出る方法、死刑を覆す方法を考えていた。
それは昨夜からずっと考えている事だった。
なんたって最優先事項なのだから。
僕はいうまでもなく無実だ。
第三王女であるセレステを殺していないのだから。
それは当たり前だ。
そうであるならば、必ず無実を証明する方法があるはずだ。
どこかにいるであろう真犯人の手がかりがあるはずなのだから。
そう考えた結果。
一番の鍵はやはり元妻だった。
アナが審問での発言を撤回してくれ、真犯人の究明に手を貸しててくれれば救われる可能性があるのだ。
彼女の事など少しも思い出したくないのだが、現状アナに関わる証拠が多い以上、それはいたしかたない。
昨日はアナが第三王女を殺したのではないかと思っていたが、よくよく冷静に考えると、彼女が直接手を下すとは思えない。
アナは小さな頃から大事に育てられてきたためか、自分でやらずに周りの者にやってもらう事が当たり前だと思っている。
そんな性格の彼女が、わざわざ危ない橋を渡るわけが無い。
きっと誰かにやらせたか、何かを利用したはずだ。
思い起こせば、彼女はいつも自分ではやらずに回りくどい方法を選ぶ。
それは家事を全てメイドに任せているといった貴族女性独特のものではなく。
彼女の独自のものだと思う。
彼女はじわりじわりと相手を追い込み、最後にさっと正体を現す。
そういえば、これまでは気付くと彼女に良い印象を与えない人間はいつの間にかフェードアウトしていた気がする。
家にいたメイドは勿論、舞踏会で彼女の事を邪険に扱った貴族令嬢や紳士が、いつのまにか没落していった事があった。
偶々だと思っていたが、今思えば彼女が何かしていた様な気がする。
僕はこれまでは、ただそういう事が起こっても運がいいと思う事はあっても気にかける事はなかった。
彼女のそんな面を見てみぬフリをしてきたが、今はその部分をちゃんと見て彼女を理解しなければならない。
そうした上で彼女を利用しなければ。
彼女が僕を操って嵌めたように。
今度は僕が彼女を操ってやりかえさなければ。
それにもう一つ。
さすがに僕も、アナが直接的にしろ間接的にしろ、人を殺すようではない人だとは信じていたかった。その線は越えていないと。
だから今は、アナの協力をなんとしても取り戻さないと。
きっと彼女は今、復讐できた事で少しは僕に対する憎しみが薄れているはずだ。
もしかしたら、ほんの少しは罪悪感を感じているのかもしれない。
それならば、今彼女にアプローチすれば、彼女の気持ちを取り戻せるのかもしれない。
いいや、それしかない。
アナの僕への愛情を取り戻させる事に全てがかかっているといっても過言ではない。
心の内では殺したい程憎らしい彼女だけど、今は心を抑えて彼女に誠心誠意謝罪し、反省しているフリをし、彼女に許しを請わなければ。
そして愛情を取り戻さなければいけない。
そこに僕の命はかかっているのだから。
そうと決まれば行動だ。
僕は部屋の扉を叩き。
「バーニー、バーニー」っと叫ぶ。
数秒後。
「なんですか伯爵。叫ばないで下さい。昼食はまだですよ」
「違う。それで呼んだんじゃない。
ペンと紙を頼む。元妻へ手紙を書く」
バーニーは目を見開いて驚く。
「本気ですか。昨日はあんなに憎んでいたのに。
殺す。絶対に殺すって言っていたじゃありませんか。
一体何があったんですか?」
「何もないよ。
こんな所にいれば何も起こりようがない。
でも本気も本気だ。今すぐ用意してほしい」
「はいはい。分かりました。
直ぐに」
バーニーは数秒後、手紙と筆を用意する。
僕は手渡された筆を見て。
「バーニー、この筆、先が丸まっているぞ。
これじゃーいい字が書けない。心が通じない」
「それは仕方がありません。自殺防止です。
首に指して自殺されたら困りますので。
確か前にそのような事件があったんですよ」
「おいおい僕がそんな面倒な死に方するわけないだろ。
それなら壁に激しい頭突きでもして死ぬよ。
僕をなんだと思ってるんだ」
「伯爵個人は関係ありません。規則ですから」
バーニーは頑としてゆずらなそうな態度だ。
何をいっても無駄だと思う。
「分かった。バーニーは規則が大好きだからな」
「あまり書き間違えをしないで下さいね。
用意できる紙にも限度がありますから」
「分かってる」
僕は手紙と筆を持ち文面を考える。
紙とにらめっこしていると、バーニーが扉の窓から僕をじろじろ見ている。
彼の視線を感じる。
「それで伯爵。何を書くんですか?
呪いの手紙ですか。例えば、この手紙を受け取ったら三日後に死ぬとか」
「そんな趣味はないし、今はその時間が無い。
手紙の期限が来る前に僕が死んでいるだろうな。
でも、余裕があれば匿名で元妻に100通ばかり送って、彼女があたふたする様子を見たいけど、今は我慢する。
心を殺して、元妻への愛情を書くんだ」
言っていて自分が情けなくなってくる。
愛情などもうないのに。これから書くのは見せかけの手紙だ。
「はい?何言ってるんですか?
彼女に嵌められて死刑にされたのではないのですか?
なのに何でそんな事を。頭どうかしたんですか?」
バーニーは本気で驚いているようだ。
それはしょうがないだろう。
僕も元妻にはとんでもない量の憎しみを抱いていて、それを昨日何度もバーニーに語ったのだから
「これが一番良い戦略のはずだ。
それにもう何枚か頼む。
他の人にも書く。
僕がここから動けない以上、変わりに動いてもらうしかないから」
だが、返事が聞こえない。
バーニーの方を見ると、彼は僕の様子を怪しげに伺っている。
まるでキチガイでも見るみたいに。
「バーニー、僕は狂っていない。
正気だ。だから紙を頼む」
僕の声で彼は我を取り戻したのか。
「分かりました。
伯爵の心はよく分かりませんが、何であれ伯爵が元気になってくれてよかったです」
「執筆中は静かに頼む」
「僕はいつも静かですよ」
「そうだったな。さすがバーニー」
「無理やり褒めないで下さい。
何もしませんよ」
「はいはい」
僕は妻への手紙に集中すると、バーニーはそんな僕を扉の窓枠から観察していた。
まるで何かを心配するかのように。
だが僕は、彼の視線を気にすることなく、アナに対する文面を考え続けた。




