6話 3日目 【妻】脱出(下)
【続・アナスタシア視点】
「彼らに挨拶でもしましょうか。
審問前には元お母様と話していたようですから。
完全な他人という訳でもないでしょう」
私の発言に「ぎょ」っと目を見開くカミラ。
あれ?私は何か変な事言っただろうか。
「アナスタシア様。よろしいのですか?
あのような者達と口を聞いても。
アナスタシア様の様な高貴なお方が離す相手としては相応しくないかと」
「何、ちょっと話すだけよ。心配ないわ。
誰かに何か聞かれたら、審問に来た理由を聞いていたって言えばいいわ」
「そうですが・・・」としぶるカミラを引き連れて、私は黒ローブの集団の前に立ちはだかると、彼らは足を止める。
代表の男だろうか、一人が一歩前に出る。
その男はこちらを伺うように見つめる。
「これはこれは、アナスタシア伯爵夫人。
ご機嫌麗しゅう。それで、どうされたのでしょうか?
私達になにか御用でしょうか?」
目の前の男は私の出方を伺ってるみたい。
だって、愛想笑いをしながらも、しっかりと私の表情を見逃さないようにしているんだもの。
「いえいえ、少しお話しでもと思いまして。
最近、あなた方の名前を耳にする事もありますので。
それに、審問にもいらしていたようですから」
男の後ろの信者達は焦るように周りを見回している。
落ち着きがなく、常にキョロキョロしている。
やはり思ったとおり。
この集団はすぐにでも城からでたいのかもしれない。
もしそうなら、話がいがある相手だ。
だって、私の言葉が、私の話が、彼らに影響力を与えるのだから。
「それは嬉しい提案ですが。
立ち話もなんですので、後日日を改めて機会を用意して頂くという事で」
「それは残念ですわ。
とってもお話ししたかったですの。
本当に残念です。
それとも、何かお急ぎの理由でもあるのですか?
先程から、随分そわそわしているようにも思えますが。
ほら、後ろの方など」
目の前の男は後ろを振り返ると、一瞬表情を暗くするが、すぐに元の愛想笑いに戻す。
「いえいえ、アナスタシア夫人を御もてなしするには、この場では不適切かと。
他意はございません」
「そうですの?それなら私は構いませんよ。
このままお話ししても。
ゆっくりとどうですか。あちらに椅子と机がありますわ。
来場者が自由に使ってよいものですのよ」
私が顔を抜けた先を見る男。
口元苦々しく歪めるが。
「間に合わせのものでは夫人を退屈させてしまうかと。
その様な無礼はできません。私達ユヌス教徒は隣人を愛しておりますので」
「まぁ、素晴らしい教義ですこと。
でも、大丈夫ですわ。私は一向に構いませんよ。
ささ、あちらで椅子に座りながらお話ししませんか。紅茶でも飲みながら」
目の前の男はわずかばかり焦ってきているようだ。
それよりも、後ろに控えている黒ローブの集団のそわそわ度合いが半端ない。
いまにも私に飛び掛ってきそうだ。
我慢できなかったのか、一人の女性信者が男の傍に出てきて、私に何かを言おうとするが。
男がそれを止める。
私はそれを見てニヤリとする。
全く、元お母様といい、ユヌス教徒といい、こらえしょうがないのは市民の特徴なのでしょうかね。
「あらあら、そちらの女性は何か私に話があるような顔をしていますけど。
言ってくれても構いません事よ。何なりと。
何かあるのでしたら」
女性信者は私の言葉に気分を害したのか。
男の制止を振り切って口を動かす。
「あなたねー、屁理屈こいてないで司祭に道を空けなさい。
どうせ心の中では私達が急いでる事を分かって嘲り笑ってるんでしょ。
邪魔だって言ってるのよ」
「おい。君、なんてことを」
男が慌てて女性信者をつれて、黒ローブ集団の中に戻す。
(あらあら、まぁ!躾がなっていない集団のようですわ。
それにやっぱりとっても焦ってるみたいね、彼ら。
もうちょっとここにいたらどうなるのかしら。
もっと面白い絵が見れるのでしょうか)
なんだか楽しくなってきちゃった。
「すみません。アナスタシア夫人。我が同胞が無礼な発言を」
すまなそうに謝る司祭と呼ばれた男。
でも、その彼の言葉に全く誠意がこもっていないのは信者の手前か。
彼の後ろでは、女性信者がこちらを睨みつけている。
「いいですのよ。でも、とても傷つきましたの。
何せ理由も分からず、いきなり見当違いな罵倒をされたのですから。
何故そのような発言をなさったのか、詳しく説明していただきたいですわ。
できれば、ご本人にね」
女性信者が前に出てこようとするが、男はそれを制して、悩ましげに考えてから。
「その、私達はこれから宗教儀式を控えているのです。
それで皆、時刻が迫っているので気がせっているのです。
早く教団に帰りたいと。
無礼な言動につきましては、再度申し訳なく思い、謝罪いたします」
『いたぞー!あそこだー!』
『こっちた、いたぞ、奴らはこっちだ!』
黒ローブの集団の後ろから、騎士の声が聞こえる。
どうやらユヌス教団の姿を発見しての声のようだ。
その声に反応して、ユヌス教団はビクビクと震えだす。
やはり、彼らは追われていたようだ。
司祭といわれた男は、振り返って騎士団の姿を確認すると。
余裕がない事を悟ったのか。
「それでは、アナスタシア夫人。
私達は失礼します。大事な用事がありますので」
「あらあら、まだお話ししたいのですが」
私はそういうが、彼らはこちらの返事を聞かずに走り出す。
(もうお話しは無理そうね。
愉快な時間だったのに)
私は彼らとぶつかる瞬間、カミラに助けられて通路の端に移動した。
私は微笑みながら彼らを見ていたけど、その集団の中に見知った人影を見た気がした。
一瞬だけど、あれは・・・マリアンヌ夫人?
そんなまさか。彼女がここにいるわけが無い。
私がそう思っていると、騎士団が彼らを追っていく。
「ねぇ、カミラ、今、あの集団の中にマリアンヌ夫人の姿を見なかった?」
「すみません。顔の確認はしておりませんでした」
「いいのよ。たくさんいたし、皆黒ローブを被っていたから。
私も偶々それっぽい人がいたと思っただけだから」
「はい。ですが、もし本当なら、いささか問題ですね。
アダム伯爵にとって有利な事になるかもしれません」
「大丈夫よ。もしあの中にいたとしても、すぐに騎士団に捕まるでしょうから」
「はい、そうですね」
そう答えながらも、カミラは浮かない顔をしていた。




