5話 3日目 【妻】脱出(上)
【アナスタシア視点】
アダム伯爵の元妻であるアナスタシア公爵令嬢は、第三王女殺害事件の審問を終え、特別審問
場を後にしていた。
熱狂的な会場から退出する時、私は大勢の観衆から拍手で見送られた。
会場を出る際に、多くの貴族令嬢が私の手を求めてきて言葉をかけてくれた。
『応援してるわ』
『お辛いでしょうけど、これから頑張ってね』
『よく、審問で証言できました。あなたの気丈さを尊敬しています』
『私にできる事があったら遠慮なくいって下さいね』
『あなのために救済基金をつくりましょう』
『後日、パーティーを開くから是非いらしてね』
私はメイドのカミラに連れられながら、「ありがとう」「ええ、そうするわ」「ありがとう」と繰り返して会場を後にした。
かなりの数の人と握手して、手がすっごくヒリヒリして暖かい。
もーう、華奢な私の手がパンパンに膨れ上がったらどうしてくれるのよ。
人ごみから離れた場所で、私はカミラとほっと息をつく。
それまでしていた悲痛そうな表情を消すと、それを察知したのか、カミラが声をかけてくれる。
「アナスタシア様。お疲れ様でした」
「ええ、とっても疲れたわ。
悲劇のヒロインを演じるのも楽じゃないわね。
何度も気絶したフリをしないといけないし、常に絶望に耐える健気な少女の顔をしないといけないから。
私って元々は楽観的な方なのに」
「ですが、さすがの名演でした。
王都のどんな劇団の女優も、アナスタシア様には及ばないかと」
「まぁ、私クラスの貴族令嬢になるとね。それは簡単な事よ。
それにちょっと楽しかったし。カミラも、「アナスタシア様!!!」って、中々の演技だったわ。
危うくビックリして、誰か急病人でも出たかと心配しちゃた」
「滅相もございません。私はアナスタシア様のお手伝いをさせて頂いた脇役に過ぎません」
「あなたはいつも謙虚ね」
「いえいえ」
「でも、本当に上手くいったわね。
会場の方はアダムが犯人だと思ったみたいだし、白髭おじいちゃん大公は死刑まで求刑しちゃうんだもん。
怖いわねー、無知な群集というのは。思わずぞっとしたわ」
「大衆はいつもあの様なものです。
空気に流される彼らと、アナスタシア様は全く別次元の存在です」
「それにねー。アダムは傑作だったわね。
彼、最後の最後まで、自分が嵌められた事にも気づいていなかったみたいだから。
審問中、最初は私の事を信じて見ていたし、途中はあんなに狼狽しちゃって私の事罵倒するんだもの。
あれじゃー、自分が犯人だといっている様なものなのに」
「アダム様は、少々鈍いところがありますので」
「本当そうね。
だから彼のためにも、最後の最後まで彼の中では「奇麗なアナスタシア」でいたかったんだけど、
私が最後に抱きついたとき、彼は気づいたみたいなのよね。
本当、中途半端に頭がいいと問題ね。馬鹿なら最後まで幸せだったのに」
「やはりそうなのですか。
最後にアダム様と目が会いまして、そのような印象を受けました」
「そうよ。彼ったら私に復讐するとか、とんでもなく見当違いの事いっていたの。
思わず笑いそうになちゃったから、色々言い返してやったの。
元はといえば私を裏切った事が悪いのに、どうしてそんな事が言えるのかしらね。
全く理解不能よ。それに死刑囚に一体何ができるっていうの」
「そうですか・・・」
私は目を伏せたカミラを見て怪訝に思う。
どうしたのだろうか。
「カミラ、何かあるの?いってごらんなさい」
「・・・はい。アダム様の事はあまり侮らないほうがよいかと。
できれば、知らずに刑を確定して欲しかったと」
「でも死刑囚なのよ。今さら問題ないのでしょう」
「通常ならそうです。
しかし、アダム伯爵は平民から伯爵まで成りあがったお方です。
それは普通の人では無理なのです。
ですので、最後まで油断はなさらないほうがよろしいかと」
カミラはやっぱりカミラだ。
私が喜んでいる時でも、彼女は何やら別の問題を心配している。
「もうー、カミラは心配性ね。
分かってるわよ。私は3年間もアダムと結婚生活を送ってきたのだから。
彼の事は全てお見通し。骨の髄までね」
「はぁ、そうでした。申し訳ありません」
「いいのよ。カミラには色々言ってもらいたいから。
それにしても、彼のお母様、マリアンヌ夫人はどうなったのでしょうね?
キチガイみたいに騒ぎ出して、審問場から追い出されていたようだけど」
ほんと。
あの人は一体どうしちゃったのかしら。
審問中、最初は私の事を「頑張って」と支えてくれたのに、途中から私の横で小さく気配を消していたかと思えば、最後にはアレだもの。
証言台の周りで暴れだして、騎士をひっかいたり、噛み付いたりしていた。
鬼みたいに暴れまわるんだもん。みっともなくて仕方がなかったわ。
あれが貴族女性がやる事でしょうか。
「マリアンヌ夫人は、多分拘束されているのでは。
アダム伯爵の罪が確定したとなっては、親族の彼女の刑も決まったも同然ですから」
「そう、残念ね。
私にフキンを投げつけて罵倒するなんてふざけたマネができるのは、彼女ぐらいしかいないのに。
まぁ、あまり好いてはいなかったので少しも心は痛みませんけどね」
すると、私の目の前を何人かの騎士達が駆けていく。
彼らは急いでいるみたい。どことなく城内も慌しいように思える。
「カミラ、何があったのでしょうか?」
「そのようですね。
ですがあまり係わり合いにならない方がよろしいでしょう。
早めに城を後にした方が」
「そうですね。そうしましょう。
今日の用事は終わりましたし」
そうして城の出口に向かっていると、黒ローブの集団にめぐり合う。
彼らは一塊になって城の外に出ようとしているようだ。
確か名前はユヌス教団。
審問場でも姿を見たみみっちい集団。
「なんでここにいるのよ?」っと思ったけど、特に害があるわけでもないので意識から外していた。
彼らはどことなく急いでる様子。
城内が騒がしいのと関係にあるのだろうか。
「アナスタシア様。一つ気づいた事があります」
「何ですか?」
「はい。危険になると思い、ユヌス教団の行動を一部監視していたのですが。
報告で聞いた人数より一人多いです」
ふーん。
それはちょっと面白い事になるかも。
なんだか、とっても良い事思いついちゃったかもしれない。




