2話 0日目:昼 【母】恥ずかしいことに、息子の妻を怒らせてしまいました。(下)
題名の【】は視点になります。
【母】マリアンヌ夫人
【夫】アダム伯爵
【妻】アナスタシア公爵令嬢兼伯爵夫人
◆主要登場人物
・アナスタシア:25歳。アダム伯爵の妻であり公爵令嬢。甘やかされて育ったお嬢様。
・アダム :25歳。アナスタシアの夫。平民から成りあがった伯爵。母を大事にしている。
・マリアンヌ :49歳。アダム伯爵の母。夫は蒸発。一人で息子を育てたので愛情深い。貴族生活には慣れていない。
【続・マリアンヌ視点】
昼食。
場所は豪華なダイニング。
天井にはシャンデリアが神々しく光っています。
あれが落ちてきて下敷きになったら死んでしまうのではないかと思うぐらい、重厚感があります。
「あのシャンデリアを繋いでいる鎖や、天井の強度は大丈夫かしら?」といらぬ心配をし、意識的にシャンデリアの下を避けました。
危険物の下で息子は美味しそうに私の手料理を食べてくれます。
息子の姿を見ているだけで私は気分がよくなります。
やはり、自分の作ったものを喜んで食べてくれる事は幸せです。
しかし、アナスタシアはスプーンで1,2口食べただけで終わってしまいます。
お上品に口をフキンで拭き、食事終了の合図。
私が「どうしたんだろう?」と思っていると、
「とても美味しかったです。
さすがお母様。
でも私、調子悪いみたいですの。
陽に当たりすぎたのかもしれません。今日は良い天気でしたので」
彼女は無害に、ピュアにそんな事を申し訳なさそうに言います。
「心の底から思っています」という体で。
太陽光など浴びたことが無いような白い透き通った肌で。
奇麗な彼女がそう言えば、多くの者は「そうか、そうか、それなら仕方が無い」と騙されるかもしれません。
現に私の息子は、「それなら僕が食べるよ。これ美味しいのに」っと言い。
彼女の皿を取っています。
全く、息子はアナスタシアに甘いようです。
真実を見抜けていないのでしょう。
これだから男は・・・奇麗な女には甘い。
どうせ本当のところは。
普段高級料理ばかり食べている彼女には、私の平民感満載の料理が口に合わなかったのでしょう。
でも、そうだとしても、たった二口しか食べないなんて。
私に対する侮辱です。
もし口に合わなくても、ちゃんと最後まで食べるべきです。
そんな分かりやすい嘘などつかずに。
私はアナスタシアに対してイラっとして。
つい。
「そう、それはお大事にね。
日の光は辛いですものね。あたりすぎると死んじゃう人もいる程ですから。
でも。これは平民向けの料理で、息子の大好物なの。
多分、アナスタシアの舌には合わなかったと思うわ。
ほら、生活環境が違うでしょ、私と息子と、アナスタシアとは。
別に悪いことじゃないわよ。
でもね、私達は砂糖菓子の家に住んではいなかったから」
私は溜め込んでいた事を吐き出してスカッとしました。
でも、すぐに後悔しました。
「しまった、ちょっと言いすぎてしまったかもしれない」と。
息子の妻の表情を伺うと。
「あはは、お母様、面白い。
とっても面白いですわ。
でも、さすがに私の家は砂糖ではありませんよ。
砂糖菓子の城は誕生日に貰ったことはありますけど」
明るく笑うアナスタシアの姿。
私は馬鹿にされている様な気がして、彼女の姿に益々イライラしました。
「知っています!」
つい怒鳴ってしまいました。
あら、私ったらなんて事を。
さっきから私はどうしてしまったのでしょう。
「お母様、気を悪くされたのでしたら申し訳ございません」
アナスタシアは肩をすぼめ、かわいく謝ります。
まるで小さな女の子の様な態度に、私の怒気はみるみる内に上がっていきます。
男性にはそうやってかわいく謝れば効果はあるのでしょうけど。
あろう事か同じ女性である私にそんなふざけた態度をとるなんて・・・
私を馬鹿にしてるの?
許せません。
でも、私はなんとか怒りを押さ込みます。
落ち着いて、私。
彼女は子供、私より20歳以上歳下の女の子。
ここは私が大人にならないと。
そうよ、彼女は子育ても働いたことも無い女。
それに彼女は愛する息子の妻なのだから。
人として未熟なのは仕方が無いわ。
私が大人になって導いてやらないと。
私はにっこりと微笑んで。
「怒っていませんよ。私も大きな声を出してごめんなさいね」
「よかった。
ビックリしちゃいました。
私は全然気にしてませんよ。
私とお母様は仲良しですものね」
彼女が美しい顔で笑うと、私と彼女のやりとりをひやひやと見ていた息子もほっとしたようです。
息子は私達の会話に口を出すのを控え、料理を黙々と食べる道を選んでいます。
こういう時に男は役に立たないものです。
それから何事もなく料理は進みました。
そして料理の皿が全て下げられると。
アナスタシアは何かを思い出したようにニコッと笑います。
彼女は色々思いつくようです。
アイデアマンですね。
「そういえば、お母様。
先日某国の大使からお菓子を貰いましたの。
とっても美味しいんですの。是非、お母様にも食べていただきたいわ。
ショコラっていうの」
彼女がそういうと、メイドが頷き、デザートを運び込まれます。
見た事が無い黒と白のふわふわの食べ物です。
冷やしていたのが室温で解けたのでしょうか。
皿に霜が降りているのが分かります。
「ささ、溶けないうちに味わって下さいな。
以前私、ショコラを放置してつい庭を散歩してしまったんです。
蝶が飛んでるのがとっても可笑しくて。
それで戻ってくると、いつの間にかショコラが溶けてしまっていたんです。
もう、あの時はとってもビックリしたんですの」
アナスタシシアがこれでもかと褒めるので、私は目の前のデザートに期待しました。
「では、味わってみますね」
「きっと、とろけますわ」
私は嫌味の一つでもいいってやろうと思い、スプーンで一口食べます。
が、・・・・美味しい。
口の中で甘く解ける冷たい感触。
その甘みが口内に広がり、次の一口を求めます。
気づくと私はスプーンを無心で動かし、皿を空にしていました。
「お母様が満足して下さってとっても嬉しいですわ」
私はその言葉にイラっとしました。
彼女は私の手料理をほとんど食べなかったくせに・・・
私は彼女が出したものを完食してしまったのです。
それも文句を言ってやろうと思って食べたのに。
悔しかった。
本当に悔しかったのです。
私のは手作りに対して、彼女のは貰い物。
彼女は何の行為もしておらず、ただ貰ったものを私に出しただけです。
それなのに私は負けてしまった。
敗北感が彼女への怒りを加速させます。
息子の妻アナスタシアは、私に勝ったといわんばかりに微笑んでいます。
いつも微笑んでいる彼女ですが、今の笑いは私に対する嘲りだと感じました。
メイドが食器を下げて、フキンで机を拭いていました。
高級な机なので手入れが大事なのでしょう。
よく机を見ると、初めて「ショコラ」を食べた私の机の前には、食べカスが落ちていました。
食べなれていないと、上手く食べるのが難しい類のデザートなのです。
対する彼女の机の前に何も無し。奇麗なまま。
その事に私が恥ずかしく思っていると、彼女は私を馬鹿にした様に微笑んでいます。
私は次の瞬間。
メイドのフキンをとり。
気づくと、アナスタシアに向かって投げていました。
そして。
「台拭きぐらい自分でやりなさいよ!
全く気が利かない人ね。
貴族だからっていい気になってるんじゃないわよ!」
「ぺシャ」という音ともに、アナスタシアの顔にフキンはあたり、ストンと彼女の膝の上に落ちました。
思ったより水気を含んでいたためか、水がはじける音は大きかったです。
その光景に、息子もメイドも目を大きく見開き、口をあけて唖然としています
私は、何んてことしてしまったんだと固まってしまいます。
そんな事をするつもりはなかったのに。
本当、気づいたら投げて叫んでいたのです。
ポタポタとアナスタシアの顔から水が垂れる音が響き。
数秒後。
「お、お、奥様!奥様!お怪我はありませんか、奥様!」
我をとりもしたメイドがアナスタシアの傍にかけつけます。
メイドがフキンを取り上げる中、息子の妻は私をきっと睨みつけます。
そこには先程まで微笑んでいた女の子のようなかわいらしさは微塵もありません。
私は、「あの・・・その・・・」と、しどろもどろしていると。
「まぁ!なんてことでしょう!
生まれて初めてこんな侮辱を受けましたわ。
私が何をしたっていうんですか。
私が何かしましたか?
何もしてないですよね?
私はただ、お母様と楽しく過ごしたかったのに。
ただ、それだけなのに・・・
一体、何が不満なんですか!
私にどこが嫌なんですか?
私、席をはずされてもらいます!」
アナスタシアが勢いよく席を立ち、メイドから受けとったハンカチを机の上に叩きつけます。
「お、おい、アナ。待って」
私同様、それまでオロオロし、沈黙していた息子が彼女に手を伸ばすが。
その手を彼女はペシッと払いのける。
「あなた、離してくださいまし!
私はこの上ない辱めを受けたのですよ。
侮辱されたのです。
あなたの妻である私が。
あなたの目の前で。
なのに何故、あなたはそうも冷静なのですか!
あなたもあなたです。
その手を離してくださいまし!」
アナスタシアがピシャりと告げると、息子は彼女に払いのけられた手を引っ込めます。
そして彼女は部屋を出て行ってしまいました。
メイド達は彼女についていってしまったので、部屋には私と息子が取り残されます。
先程までは仲良く話していたのに、急に葬式の様にシーンと静まり変えった部屋。
シャンデリアの光が室内を照らします。
「あの・・・本当にこんな事するつもりじゃなかったの」
私は息子に謝ります。
誠心誠意込めて。
「分かってるよ、母さん。
でも、今日はもう帰ったほうが良いと思う。ここにはいない方がいい。
メイド達は行ってしまったから、出口まで送るよ」
息子は複雑そうな表情で私を慰めてくれました。
やっぱり私は息子に愛されているみたいです。
もしかしたら怒られうかもしれないと思いましたが、そんな事はなかったのです。
私は恥ずかしいことをしてしまいましたが、息子の態度には嬉しく思いました。
「そうね。その、ごめなさい。又、謝りにくるから」
私は息子の家を後にしました。
私のせいで、息子と妻が変な事にならなければいいと祈りながら。