素直になれば
「どうだった、どうだった?」
話し終えた女性を見つめていると、後ろから肩を叩かれた。
声からして馴れ馴れしいが意気地のないあの男だと思い、思わず睨みつけてしまった。
「つくづく千恵にそっくりだ」
男は先程みたいに怯えるどころか、可笑しそうに笑った。
「こらこら、若い子変な目で見るんじゃないの」
「朋也君、ちーちゃんが妬いちゃうわよ」
店員が茶化すように言いながら厨房から出てきた。
手にはチーズケーキを載せたお盆が下げられている。
「お疲れさま、頭使ったでしょう? 甘い物を食べて糖分を補給するといいわ」
店員は気弱な男と大人しそうな女が座っていたテーブルに人数分のチーズケーキを置いた。
「こっち座ろう」
彼女はいつも以上に嬉しそうな顔であたしをその席に座るように促した。
「ほら、きちんと挨拶なさい」
あたしと彼女が隣に並び、二人が前に並んだ。
あたしの前には男が座っている。
女性はカウンターの椅子をあたしたちの方に持ってきて、少し上から参加する状態になっている。
まるで立場を現しているようだ。
実際そのつもりなのかもしれない。
「そんなに怒るなよ。佐藤朋也です。気軽に朋也さんって呼んでくれていいからな。
俺は見ての通りカメラマンだ。ここ、まあ場所は違うけどさ。この店に出会わなかったら俺は夢を諦めてしょうもない人生を歩んでいたと思うんだ。
だから、君みたいに明確な夢を持った子にはぴったりの場所だよ」
何を言っているのか、朋也というこの男は輝いた目を向けて嬉々として話している。
「まあこんな男に言われても信じられないでしょうね。でも事実朋也は信じて夢を叶えて、今もまた新しい夢にチャレンジしているの。
あなただって画家という夢があるのなら、あたしたちと一緒にいて損はないわ」
さっきの話を聞いたからか、女性の言葉は何故かあたしの胸を揺れ動かす。
この人はあたしの夢を肯定している?
画家を目指すことを薦めている?
応援して、一緒にいればいいと言っている。
「この子ね、双葉ちゃんっていうの。可愛いでしょう。漫画家さんなのよ。
この子も朋也と同じで自分の夢を諦めようとしていた。まあ環境のせいであきらめざるを得なくなっていたと言った方が正しいわね。
それでもこの子はそんな環境を乗り越えて自分の人生のために、やりたいことをして生きているのよ」
女性の言葉を恥ずかしそうに聞いている双葉という女の子。
あたしよりも恐らく年上なのだろうけれど、可愛らしい人だ。
「だから君も一緒に素直に夢を追いかけられるようになろうよ。こいつに任せれば大丈夫だから」
朋也は嬉しそうに語っている。
初めに感じた気弱さはなくなっている。
「こいつ呼ばわりしたわね。新しい子が来たからって調子のるんじゃないの」
「もう二人共すぐ喧嘩するんだから」
幸せそうだな。
こんな普通な幸せをあたしは今まで得ることができなかった。
馬鹿みたいだな。
本当楽しそうだ。
「あっ、笑ってる!」
突然朋也が指を差してきた。
何事かと思えば、あたしがいつの間にか頬を緩めていたらしい。
「だからあんたはデリカシーがないのよ」
朋也の行動でまた睨みつけてしまったらしいあたしを見て千恵さんは朋也の頭をひっぱたいた。
「楽しい人たちだよね」
彼女の笑顔はいつも通り輝いていた。
そっか。
彼女がお人好しなのは元の性格かもしれないけれど、あたしを家においていたあの優しさは本物なんだ。
彼女の音楽が人を惹きつける理由がわかった気がする。
結局歪んでいたのは、変わっていたのは彼女じゃなくてあたしだったんだ。
千恵さんが本当に昔はあたしみたいだったなら、あたしも素直になれば普通の幸せが待っているのかもしれない。
「あんたの話もっと聞きたい!」
談笑していた人たちが驚いてあたしを見て固まった。
恥ずかしいことしたな。
皆が笑っている姿を見て自分が相当意気込んでしまっていたことに気づいた。
「またいつでもおいで、待っているから」
千恵さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。
なんでだろう。
本当にこの人の笑顔を見ると安心してしまう。