カフェ ユニオンへ
「いらっしゃいませ」
「真実ちゃん待っていたわよ」
店に入ればカウンターの向こうにいる女性店員がお決まりの挨拶をした。
それに続いてカウンターで珈琲を飲んでいる女性も声をかけてきた。
その他テーブル席にいた男の人と女の人がこちらに手を振っている。
店員が挨拶をするのはわかるけれど、その他の人達は誰なんだろう。
みんな彼女の知り合いなのかな?
その割にはあたしを見ながら手を振っているような気がする。
初対面の誰とも知れないのにいきなり手を振るなんて、彼女と友達だということが頷ける。
馴れ馴れしい。
「真実ちゃんこの子ね? うん、確かに。昔のあたしにそっくりだわ」
カウンターで珈琲を飲んでいた女性が近づいてきた。
見た目はきつそうに見えるけれど、きちっとした柔らかい言葉遣いをしている。
なんていうか、キャリアウーマンっていうのかな。
できる女って感じが伝わってきて、なんだか嫌だ。
どうせこんな何もかもうまくいってそうな人はあたしの夢なんて馬鹿にするのだろう。
そっか、この人、あたしに夢を諦めさせて家に帰るように促すためにこんなところに連れてきたんだ。
お人好しぶって、邪魔なら邪魔って言えばいいのに。
「カフェオレにしましょうか? それともココアがいい?」
店員さんが柔らかい笑みを携えて問いかけてきた。
さすが店員と言うべきか、母性を感じる。
こんな人が母親なら良かったのに。
何もかも包み込んでくれそうだ。
「別に珈琲飲めますから」
「そう」
店員はあたしの口調に気を悪くするどころか、何故か笑って珈琲を淹れに行ってくれた。
「千恵さん、今日は誰もこないんですか?」
「ええ、その方がいいかと思って」
千恵と呼ばれたこのキャリアウーマンはあたしのことをわかっているとでも言うような素振りだ。
一体なんだと言うのだろうか。
今から何が始まるのだろう。
「そんなに警戒しなくていいよ。ほら、前座って」
何故かカメラを携えた男が突然あたしの肩に触れてきた。
ビックリして、睨みつけてやったらさっきまでの馴れ馴れしさはどこに行ったのか、怯えて手を引っ込めた。
意気地のない男だ。
絶対好きな人に思いを伝えることのできないタイプだ。
「若い子にちょっかいかけないの。ほら、おいで」
「何が始まんの」
言われるままに前に言ってみたが、主役に仕立てている割には何も聞かされていないのは腑に落ちない。
「あなたにとっていいお話」
不審になって思わず真実の顔を見つめた。
真実はずっとこちらを見ていたらしく、あたしが顔を向けたことに驚いていた。
「大丈夫だよ」
なんでだろう。
ここにいる人達はさっきからずっとにこにこしている。
何がそんなに楽しいのか。
あたしだけが知らない。
こんなの不公平すぎる。
いや、いつものことか、学校でも家でも、いつでもあたし一人だけが違う方向を見ていた。
その場に馴染むことなんて、あたしにはできないことだ。
「珈琲ここに置いておくわね」
「それじゃあ、始めましょうか」
女性は気合いを入れるわけではなく、自然な様子であたしの目の前に立った。