バスの中で心も揺られ
あれから三日間彼女はあたしに話しかけて来なくなった。
あたしはそれからも彼女がいない間に描けない絵を描こうとして、ごみばかりを出し続けていた。
夕食だけは準備して、彼女が帰ってくる前に先に食べ、彼女が食べる頃には布団に潜り込むような日々を過ごしていた。
そんなある日、いつまで経っても外にでかける様子がない彼女を見つめていると、彼女は何を思ったのか久しぶりに馬鹿みたいな笑顔を浮かべた。
「今日は予定がないから、気晴らしにいこっか」
突然何を言い出すのか、言葉もでなくてただただ呆けた顔で彼女を見つめた。
「ほら、早く準備して。でかけるよ」
彼女は笑顔を浮かべながら、有無を言わせずにあたしを連れて行こうとする。
これまでこんなにも強引な彼女の姿は見たことがない。
あれだけ放っておいたにも関わらず、今更なんだというのだろうか。
だけどここで断れば今まで以上に気まずさが増しそうで、渋々でかける支度をした。
彼女の家は明石駅の近くにある。
兵庫県の地理にうといあたしはただ田舎であるということしかわからない。
知り合いがやっているカフェに行きたい。という彼女は駅の近くにあるバスに向かい、彼女はあたしを乗るように促してから同乗した。
後ろにいたからってここで逃げ出したりはしない。
バスの中、隣に座るこの人に何か話しかけた方がいいのかと考えた。
だけど三日間も口を聞いていないし、これまでだってまともに会話した試しがない。
どんな話をすればいいのか、音楽のことでも聞けばいいだろうか。
やめた、話すのはよそう。
窓際に座ったあたしは目を合わせないために風景を見るフリをした。
いつも何も言わずに出かけるし、あたしに音楽のこと聞かれたるのは嫌なのかもしれない。
それに、あんな風に過ごしていたんだ。
今日こうしてわざわざバスなんかに乗ってカフェに連れて行くのは、きっとあたしのことをどうにかしたいんだろう。
いつまでも家の中散らかして居座られても困るんだ。
何を思ったか知らないけれど、お人好しが成行きで家に呼んだものの、思った以上にやっかいだったからとうとう嫌になったに違いない。
あたしを家においてこの人にいいことなんて一つもないんだから。
こんなバカみたいにお人好しの人に迷惑をかけてまで生きたくない。
早く働き口を見つけないと、ろくに描けもしなかったくせに紙を無駄にしてる暇なんてなかったはずだ。
結局自分は何がしたいのか、なんのためにこんなところに来たのか。
どうしてあたしは画家になろうとしているのだろう。
あんなに皆の反対を押し切って、こんなところまで来て、そこまでしてあたしは画家になりたかったのだろうか?
最近まともに何かが描けた試しもないのに、プロになんかなれるはずがない。
この人はどんな気持ちでライブしているんだろう。
どんな気持ちで音楽を奏で続けているんだろう。
盗み見ようとそっと隣を見て、慌てて窓に向き直った。
どっかよそでも向いているんだろうと思ったらばっちり目が合ってしまった。
この人はいつもあたしの中のなにもかもを見透かしたかのようにまっすぐな目で見つめて来る。
自分の中の何を見られているのか、全てをわかっていると言われそうで気持ち悪くなる。
実際は十分も乗っていなかった。
だけどこの人の隣にいると妙に居心地が悪くて、三十分も経ったかのような気でいた。
「次で降りるよ」
そう言われて小銭の準備をする。
窓の外は家ばかりでどんどん田舎になっていく。
カフェに行くという割には人が来そうにない場所に向かって行っている。
「本当にこんなところにあんのかよ」
「家の並びの静かな場所にあるんだよ。変わっているでしょう。中も変わっているから」
彼女はいつも笑顔だ。
あれだけ避けていても、あたしが睨みつけるような見方しかできなくても、笑顔を浮かべている。
だから嫌だ。
バスを降りて少し歩いた先に一軒家ばかりが並んでいる中で一つだけお洒落な建物を見つめた。
これがカフェなのだろうとすぐにわかったけれど、周りに並んでいるのが家ばかりなだけに変に目立っている。
こんなところに、こんな繁華街にありそうなお洒落な外観のカフェがあって、客なんてくるのだろうか。
ちらりと隣を見れば相手もすぐにこちらを向いた。
「お察しの通りあれだよ。変わっているでしょう。
でもここだからいいんだって」
あくまで到着するまで中身については教えないつもりらしい。
まあどうでもいい。
行けばわかることだ。