歪み
「家あけていることが多かったから春那ちゃんがいてくれて安心だね」
今晩もあたしがご飯を作ることになった。
本当にこの人は料理ができないらしい。
適当に冷蔵庫にある食材を使って作れば、彼女はまるでご馳走でもでてきたかのように大げさに喜んで食べている。
「なあ、なんであんたっていつもそんなに笑ってられんの?」
あまりにも嬉しそうに食べるものだから、言葉に出さずにはいられなかった。
「だって、笑っていれば自分も相手も楽しくなれるからね」
「あたしは不快」
一瞬バカみたいに浮かべていた笑顔が消えた。
だけど本当に一瞬のことで、次見た時にはまた笑っていた。
さっきまでとは歪んだ笑顔。
違う。
この人のことを否定したいわけじゃない。
ただ本当に、どうしてそんなに楽しそうなのか、本当に聞きたかっただけなのに。
どうすればそんな風に生きられるのか気になっただけなのに。
なのに、どうしてあたしはいつもこんな言葉しか出せないんだろう。
それからはなんとなく重苦しい空気が流れた。
彼女もあたしに声をかけてくることはなくて、食事が終わると彼女が洗い物をしてくれた。
*
次の日も彼女はギターを下げて出かけて行った。
そんなに毎日ライブができるものなのか、本当にライブのために外に出ているのか。
あたしと家で過ごすのが嫌なのではないか。
彼女が出かけてから今日こそはと藁半紙を大量に机に置いて鉛筆をとった。
無駄に芯を整えた鉛筆を紙の上に走らせる。
なんのインスピレーションもわいてこなくて、デッサンをすることにした。
デッサン用のりんごは持ってきている。
見たまま、ありのままを描けばいいだけだ。
りんごに意識を集中させて、鉛筆を走らせる。
りんごに集中しているはずなのに、気づけば上の空になっている自分がいて、完成した作品はすごく歪んでいた。
「絵の歪みは心の現れか」
一体何をどうすればいいのか。
自分には絵を描くことしかない。
それすらもできなくなってしまったのなら、あたしはどうして生きて行けばいいのだろうか。
いっそのこと絵なんて放置して、早く一人暮らしするためにも仕事探しに行った方がいいのかもしれない。
そうだ。
ここにいるからあたしの心は乱れるんだ。
余計なことを考えてしまうから、集中できないんだ。