真実の家で
次の日、十二時前まで眠っていた。
目が覚めたら彼女はでかける支度をしていた。
「行ってくるね」
彼女は目が覚めたあたしに気づくと、それだけ言って他には何も言わずにギターを担いで出かけて行った。
ほとんど家にいないとは聞いていたけれど、あたしなんかに留守を任せて出かけるなんて本当に呑気な奴だ。
普通どこの誰とも知れぬものを置き去りにしてでかけるだろうか。
家を空けているすきにあたしが金目の物を盗んで逃げたらどうするつもりだろう。
まあいい平和ボケしているような人の気持ちがあたしにわかるわけがない。
それに一人の時間が長いのはあたしには好都合だ。
これで安心して絵が描ける。
キャンパスはさすがに持ってこれず、画用紙で描くしかない。
何を描こうか。
せっかくだから昨日の彼女との変な出会いの場面でも描こうかな。
画家と言うより漫画家みたいだ。
神戸駅前、ほんの少しのスペースを使ってギターを奏でるあの人、周りには興味本位で近づく者達。
老若男女色んな人達が集まっていた。
若者だけじゃなくて年配の人も集まりたくなるような音楽だった。
優しくて、誰でも安心して聞けるような音楽。
音楽って人柄が出るんだな。
だからムカついた。
構図を決めて、彼女の下書きに入ろうとしたところで手が止まった。
どうしてあの人はあたしをここに連れてきたのだろうか。
お人好しだから、捨て猫でも拾った気分でいるのだろうか?
馬鹿みたいだ。
辞めた。
他の絵を描こう。
画用紙を放ってまっさらな紙と向き合う。
この調子じゃ、画用紙を無駄に使ってしまう。
大量に持ってきた藁半紙に鉛筆を向けた。
何を描こうか。
ギタにしよう。
弾き方によって色んな音を奏でる楽器、ストリートでは力強く響き、室内では弱く謙虚に鳴っていたギター。
彼女が弾いていたギターを頭に浮かべながら真ん中に大きく描いてみた。
鉛筆を滑らせて、大まかな形を描いたところでハッとした。
どうしてあたしは彼女のことばかり考えているのだろう。
一人でふらふらと漂ってどこか適当に辿り着くはずだった。
学生時代一生懸命貯めたわずかな貯金がつきるまでホテルに泊まって、部屋とアルバイトを探そうと思っていた。
どんなことがあってもめげない覚悟でここにきた。
そう、あたしはあんなお人好しな笑顔を浮かべるような奴とは違う。
あたしは一人でも生きられて、あたしはもっと苦労して生きてきた。
夢に向かう姿勢だって違う。
あたしはもっと魂をすり減らすような気持ちで、人生のすべてを絵にかけているんだ。
それなのに・・・。
「あいつはなんで音楽をしているんだろう。
何を目指して、どういう気持ちでやっているんだろう」
ムカつくはずなのに、頭の中から昨日彼女が演奏していた姿が頭から離れない。