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吉野真実の家で

吉野真実というらしいこの女性は、家に向かうまで持ち物は何を持ってきたのか聞いてきた。

気を遣っているのが見て取れたが、彼女は一度もどうして家出をしたのかは聞いてこなかった。



しばらく一緒に住むのなら黙っていても仕方がないと思い、画家になりたいから画材を持ってきたと言ったら、彼女は嬉しそうな顔をしていた。


普通怒るところだろう。


やっぱり変わっている。



「狭くてごめんね。奥の方がいいかな? 絵描くスペースあるかな? あたしほとんど家にいないから広く使ってくれていいからね」



神戸駅前で弾き鳴らしていたギター、今は部屋の隅にぽつりと置かれている。

楽器が部屋にあるのは新鮮な光景だ。



「お腹減ってない? 何か作ろっか、て言ってもあたしあんまり料理できないんだけどね」



「そんなんでよく一人暮らししてんだな。仕方ないからあんたの分も作ってやるよ」


「料理できるんだ。すごいね、ありがとう」



全く調子が狂う。

どうしてこの人はずっと笑顔を浮かべているのだろう。


最初からこの人はおかしい。

喧嘩を売ってきた相手をこんな狭い自分の家に上げるなんてどうかしている。

どこの誰とも知れないのに、年下の女だからって警戒がなさすぎる。



あたしが料理を作っている間、彼女はギターを弾いていた。

時刻は午後六時を過ぎたところだけど、狭いマンションだから音を気にしているのか、路上で弾いていた時とは違い小さな音が響いている。


BGMにしてくれているつもりなのか、ただ練習がしたかっただけなのか、なんだか妙な気分だ。

家の主だから仕方ない。


だけどあたしが喧嘩を売ったことをもう忘れているのだろうか。




「できたけど」



「すごーい、これなら一人暮らししても安心だね。

私も見習おう」


どこまでも呑気だ。

きっと幸せな環境でみんなに愛されて育って、苦労なんてしたことないんだろうな。

いつでも助けてくれる人がいて、さっきみたいに周りに人が集まってくれるような環境にいたに違いない。


あたしもそうだった。

そう思っていた。

だけど、現実は違った。

みんなわかったふりをしていただけだった。


「一緒に暮らしている間に料理教わろーかなー」


彼女は食べている間料理の感想以外何も言わなかった。

普通ならどうして家出をしたのか、親が心配しているから帰った方がいいんじゃないかとか、色々言うものなのに。


この人の真意がわからなくて、探りたくて、料理の味は少しもわからなかった。


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