シンガーソングライターとの出会い
「ばっかじゃないの。こんなところで歌って、ちょっと人が集まったからってプロになれるとでも思ってるわけ?」
ただ癪に障った。
この人が発するギターの音も、この人の澄んだ歌声も、周りで楽しそうに聞いている奴らのことも。
ただそれだけだった。
演奏中に割り込むことだけは配慮して、音を発していたギターをケースにしまい始めたところでその人に近づいた。
突然見ず知らずの、しかも自分よりも年下の奴に喧嘩を売られたというのに、その人は嫌な顔をせずにキョトンとした顔であたしを見ていた。
ただ何が起こったのか、把握できていないのだろうと思っていたら、その人はあたしを少し見つめてから微笑んだ。
「旅行? 神戸は素敵なところだよ」
耳を疑った。
同時に腹が立った。
なんて呑気な奴なんだろう。
「旅行? そんな生ぬるいもんじゃねえんだよ。ただなんとなくこの駅で降りただけ。
悪かったね。あんたの邪魔なんてして、じゃあね」
どうして喧嘩を売られている相手に、こんなにも柔らかい笑顔を浮かべているのかわからない。
だけどどうしてとか、理由なんてどうでもよくて、ただその笑顔を見ていると腹が立った。
喧嘩を売ったのはこっちで、勝手なのはわかっているけれど、これ以上この人を見ていたくなくて歩き出した。
だけど、なんとなくどんな顔しているのか気になって、振り返ろうかと思った。
「もしかして家出してきたの? 住むところはあるの?」
歩き出したあたしの肩に手をかけて、その人は心配そうな顔であたしを引き止めた。
「関係ないだろ」
「もしよかったらあたしの家においでよ。そんなに広くないけど寝る場所くらい用意できるよ」
世の中バカみたいにお人好しな奴がいたもんだ。
バカみたいにまっすぐな笑顔にあたしはもう何も言い返すことができなかった。