山の上の詩人
山の上に住む詩人の恋のお話しの種。
詩人は、山に住んでいた。
山からは沢山の景色が見える。
遠くのきらきら輝く海も。
人々の暮らす街並みも。
でも、山の上の詩人の声は、誰にも届かない。
そして、詩人は届ける必要を感じていなかった。
自分の想いや言葉に、
一体何の価値があるというのだろう。
誰かを傷つけるかも知れない。
誰も興味などないかもしれない。
誰にも届かない方がいい。
詩などというものがばかばかしい。
そう、詩人は思っていた。
でも、詩人は、ついつい詩を作ってしまう。
そして、山の上で一人、詩を歌う。
大自然の美しさや、
人々の生きる姿に心を動かされるたび、
詩人は詩を紡いだ。
誰にも届かない山の上で、詩を作り続けた。
ある日、街の娘に詩人は恋をした。
届けたい恋の詩は部屋に溢れ、
入りきらなくなっていた。
ついに詩人は、届けたい気持ちが抑えられなくなって、
鞄一杯に詩を詰め込んで、山を駆け下りた。
慣れない山道で、詩人は何度も命を落としそうになったが、
ようやく、街に着いた。
詩人は、娘に手に残った数枚の詩を届けた。
娘は、笑って詩を詩人に返した。
詩人は、山へとぼとぼと帰った。
詩人は、失恋の詩で、部屋を一杯にした。
悲しみに溢れた詩は、いつしか部屋を飛び出して、
山を超え、大きな海に飲み込まれた。
きらきらと輝く海は、全ての悲しみを飲み込んで揺れた。
その様子を見ながら、
詩人は今日も、ばかばかしい、とつぶやきながら、
届かない詩を紡いで、山の上でうたう。