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【ろく】

 マンション前についたタクシーから、宮下と俺は降りる訳だが、降りた途端、宮下はワッと驚いた様な声を上げる。


「えっと……太一ってさ……結構お金在るの?」


 驚いた様な宮下の声だが、その質問をされた俺の鼻はウゥンと唸る。

 答えるのは簡単だが、あまり答えたくない質問だからだ。


【お金は在るか】と言われれば【はい、有ります】だが、それはそっくりそのまま影沼の悩みへと直結する。

 それを問いただす訳にも行かず、俺は曖昧に笑っていた。 


「あー……まぁね、在るっちゃ在るけど、使ってないだけだから……」  


 宮下の質問のをはぐらかすべく、俺は適当にそう言うが、宮下の俺を見る目が変わっていたのには直ぐに気付いた。

 泥酔でもしていれば、或いは気付かなかったかも知れない微妙な変化。


「……ははぁ……なるほど……でも、倹約は良いことだと思いますよ?」


 そう言う宮下ではあるが、さっきまでの宮下の眼とは違い、今の彼女の眼には違う輝きが在った。

 たぶん、それが影沼の嫌だと言った事なのだろう。

 貨幣の価値が多少は下がったとはいえ、意味はそっくりそのまま残っている。


 つまり、持っている者は贅沢が出来た。

 そして、持たない者は慎ましく暮らさねばならない。


 もちろん、仕事をせずとも、慈悲深い国のおかげで生きては行けるが、それは、カゴの中の鶏同然の生活環境である。

 狭苦しい過密の集合住宅に身を置き、日々与えられる餌を貪るという、端から見れば生きているのか死んでいるのか実に曖昧ですら在った。

 それが嫌なら、どんな仕事も文句を言わずこなすしかない。

 だが、ドロイドの普及から選べる仕事は減り、好みなど在って無いようなモノとだろう。

 そう考えると、俺は宮下を疑いだしていた。

 この女は何を思って俺と付き合おうとしているのかと。


 影沼辺りに言わせれば、【お前は彼女の財布だよ】と言われかねない。


 第一、宮下に直接聞くにしても、酷い質問に成ってしまう。


【お前は何が目的なんだ?】と。


 ただ、俺の考えなど宮下には関係無いのか、彼女はグイグイと俺の腕を引いていた。


「ほら、早く行きましょうよ?」

「ん、あぁ……今行くよ」


 宮下に手を取られ、彼女に引かれる形で、俺と彼女はマンションの玄関を潜っていた。


   *


 マンションのエレベーターで自分の部屋が在る階まで上がる内、俺はモヤモヤとしたモノを感じて、それをどうすべきかを悩む。

 タクシーの中でもウキウキ感はどこへやら、俺は酒の酔いも忘れて宮下とどう接すべきかを必死に模索していたんだ。


「ね、太一……此処って……高かったんじゃない?」


 女性にそう聞かれれば、自身満々に答えるべきだろう。


【ああもちろん、でも、少しぐらい良いだろう?】とでも。


 歳の割に俺がなんでこんな所に住んでいるのかと言えば、ある程度防音がしっかりしていて、周りの事を誰もが気にしないという環境が欲しかったからだ。

 ただ、それは俺の見栄で、影沼は俺以上に金を持ってる割には、そこらの安いアパートに平然と一人暮らしを決め込んでいる。 

 奴の信念からすれば、もし本当に誰かを好きなら金ではないというモノを尊ぶとでも言いたいらしい。

 でも、俺からすれば影沼の信念は、間違っている様にも思えた。


 どう足掻こうが、人は見た目という第一印象が全てだろう。

 服装、顔の造り、足まわりの靴はどうか、腕時計はどうか。

 だが、それは男も女も何も変わらない。 


 俺にしても、なぜ上辺だけでも宮下と付き合おうかと考えたかと言えば、ぱっと見が可愛かったというくだらない理由がある。 

 宮下との出逢いについては、そう難しいモノじゃない。

 

   *

 

 ふとした時、上辺の仕事兼アルバイトであるシステムエンジニアとして、俺が彼女の勤める介護施設に行った時、その時施設を案内した上に手伝いまでしてくれた。


「田上って、システムエンジニアなんですよね……私、そう言う機械全然駄目で」

「いや、何でも慣れですよ。 もし良ければ、教えますけど?」

「え、あ……じゃあ、お願いしちゃおうかな……」


 それが、俺と宮下の初めての会話だった。

 出逢いの形は色々あるけど、俺も宮下とこういう関係に成るとは、当時は全然考えてもいなかったんだ。 

 でも、そうやってその昔も今も、ずっと男女はそうやって争いながらも付き合い、なんとか命を繋いで来たとは言え、ここ最近はそれも代わり始めている。

 理想を探すよりも、作った方が単純に早く、一々相手との相性を考える必要も無ければ、相手の事を思う必要もない。

 だからこそ、ドロイドは爆発的に増えた。 

 そのおこぼれを、俺は預かっているだけなんだよな。

 

   *


 そんな時、俺の耳にエレベーターが『到着しました!』と告げる。


「おっと、ついたみたいよ?」


 そう言う宮下の僅かに上擦ったウキウキ声に、俺は「おう」としか返事が出せなかった。 

 部屋の前に着いた俺は手持ちの鍵を差し込む訳だが、この時ばかりは部屋に女の子を連れ込むというのに、実にノロノロとした動きしか出来ない。

 端から見れば、初めて部屋に女の子を連れ込む事にトギマギしてるかの様でもあるかも知れないが、実のところでは、これでは嫌がっているみたいだと、我ながら自分を笑うしかなかった。


「さ、どうぞ」気を取り直した俺は、ドアを開け放ち宮下に向かって微笑む 


 俺の行動が彼女にどう見えるかは知らない。


 それでも、宮下は「えっと……お邪魔しまーす!」と、実に元気良く部屋に上がった。


   *


 自宅のリビングに宮下を通した時、彼女はキョロキョロも辺りを見渡すと、クルッと回って口を開く。


「広いんですね……でも、汚いって言う割には全然綺麗じゃないですか?」 


 そう言う宮下の質問には、俺は頭をボリボリと掻くばかりだ。 


「いや、ほら……流しの所……」


 俺はそう言ってキッチンを指さしていた。 

 悲しいかな、飲みかけの飲料が中身も半分ほどにそこに放置され、ついでとばかりに、選択ハサミで口を止められたスナック菓子の袋。

 それを見た宮下は、目を丸くし俺を見る。


「それだけですか? 私……えっと、もっときたな……散らかってるのかなって……勝手思ってて」


 俺が綺麗好きが何かと、宮下は勘違いしたらしい。 

 でも、その事実はもっとつまらないモノでしかないんだ。

 掃除に関して言えば美機には出来るし、流しにも使用済みの皿が転がるなどと言うことはない。


 問題なのは、美機には口が空いていようが、閉じていようが、それは袋としか認識出来ず、【勝手に俺の持ち物には触ることが出来ない】という制約でもあった。


「あー……ほら、中身が湿気しけってますよ? でもほら、湿気ったポテチってもの良いと思いません? 私、こういう濡れせんべいみたいなのとか、結構好きなんで……」


 そう言うと、宮下は袋の中身を物色し、少し唇に挟むように食べ始めてしまった。 

 でも、こうした彼女の機微というか、細かい動きとでも言うべきか、俺はそれを造り上げて見たくなっていた。 


【言われたからする】ではなく、自分の意志を持って【言われずともこなす】という、人なら当たり前のそれを。


 ただ、当たり前という事がどれほど難しい事なのか、それは俺自身理解もしていたんだ。

 ともかくと、俺はグラスを二つ手に取り、宮下に見せる。


「ほら、ツマミ在るんだし……少し飲むか?」


 俺はそう言うと、軽くグラスをぶつけた。


  * 

 

 俺の手の中のガラスのグラスは、あの想像の瓶の悪態ではなく、チィンと澄んだ高い音を奏でた。


 自宅での俺と宮下の飲み会は、概ね彼女の愚痴を聞いてやる事が多い。

 そして、意外にもこれに対しては影沼のアドバイスが俺には利いていた。


【考えなくて良い、ただ受け入れろ】と、それは影沼の談だ。


 この事自体は、奴との会合というか、その辺の居酒屋で影沼から聞かされた話ではあるが、奴曰く、女性に反応だけしていれば良いと、影沼はそう言う。

 俺はその時、奴に対してはこう話した。


「なんだよそれ、そんなもんなら壁に話してれば良いだろうが?」


 俺のそう言う声に、影沼はただ頷く。


「……そうだよ? お前にそんな機会が在るかどうかなんて、そんな事は俺は知らないが、もしそんな時が在れば、穏やかに笑ってただ壁になれ。 音を反射する壁にな……」


 そう言う奴は、やけに遠くを見ていた様な気もする。

 強ち間違いでもないが、その時の俺は別の事を考えてもいたんだ。


 影沼の言葉そのままなら、俺達男の存在意義はただのロボットになっちまうだろうな。

 毎日毎日、金を稼ぐ為に仕事をあくせく働く。


 それは、働きアリやハチの様に勤勉なら可能だろうが、俺はそれほど社会主義という訳でもない。

 空想的な社会主義の理想論は、全ての個体が社会の為に生産され消費されるという、実に簡単かつ単純で素晴らしいモノだ。


 だが、人間って奴は虫ほど単純には行かない。

 物事を深く悩み、色々と夢や希望を抱いて明日を夢見る。

 そして、当然の様に欲望って奴も在るんだ。 


 だからこそ、俺は宮下の裏側が知りたくなり始めていた。

 もちろん、世の中には知らない方が良いことも山ほど在る。

 偶々買ってきたチキンナゲットが、【どの様に造られているか】なんて、知らない方が良いに決まっている。

 そして、人の内側なんて、その最たるモノだろう。


「ほら、ビールやるから、少し何か見て待っててくれ」


 自分の裏はともかく、俺は缶ビールを宮下に渡した。


「お? なんか作っちゃうの?」

「ん、まぁ……酒の肴ぐらいならね……」


 宮下のやんわりとした声に、俺も答え、キッチンへ向かう。


「ごめんね、じゃ……適当に大人しくしてまーす」 

「おう、借りてきた猫みたいにな」


 彼女とのたわいない話を交わしながら、俺はフライパンを手に取っていた。  

   *


 何を作ろうか悩むけど、そう小難しいモノは作りたくない。


 フライパンにゴマ油を敷いてみじん切りのネギを放り込む、後は冷蔵庫から豆板醤とケチャップ、砂糖と醤油に酢を注ぎ、煮立ったら水溶き片栗粉でまとめてチリソースは良しとしよう。

 電子レンジで温めたナゲットにソース掛ければ【なんちゃってチキンのチリソース掛け】にはなる。


「おーい、今持ってくから」 


 後は、買ってきた漬け物などを適当なトレイに、それを持った俺は宮下が待ってくれているリビングへと足を向けた。


「おー……豪勢ですな……」


 宮下の声に、テーブルに幾つか料理とグラスを並べ、俺も自分の分のビールの封を切る。

 プシュッと音がし、空いた口からは白い泡が顔を覗かせた。


「じゃ、まぁ……乾杯」「………乾杯………」


 缶同士ではイマイチしまらないが、それでも挨拶としては重要だろう。


「じゃあ………いただきま~す」


 宮下がツマミを口に放り込み噛む間、俺は彼女が先に食べていたポテトチップをつまむが、彼女の言うとおりとは行かず、湿気ったポテトは微妙だ。 

 とりあえずそれをビールで胃に流し込む。


「やっば……え? ちょっとというか、太一ってホントに結構料理するんだ?」


 素直な感想をくれる宮下に、俺も釣られて笑う。


「疑ってたのかよ……まぁ、これで証明にはなったろ?」

「いやいやぁ……何というか、人は見た目にはよらないなって………」

「………なんだよ、それ」

「まぁまぁ、女の子と飲んでるんですから……ね?」  


 ビールは直ぐに空になり、変わりにグラスに氷を入れ、其処に琥珀色のウイスキーを注ぐ。

 俗に言うオンザロックだが、グイグイのむハイボールとは違って、チビチビ飲むには具合が良いだろう。

 

「ありがとうございま~す……というか、太一って……私以外の人とつき合ったりしないんですかぁ?」


 グラスを受け取りながらも、宮下は実に答え辛い質問をぶつけてきた。

 俺も自分のグラスを掴みながらも、その中身をぐいっとあおる。


「……あるっちゃ在るんだ……まぁ、そんなん明美だってあるだろ………」

「ん~……まぁ、そう……ですね……あります」


 俺の問いに、宮下の頭は力無くぺこりと落ちる。 


「昔は昔だろう……今は今さ………」

「……ですよね……」


 こうしていると、なんだかお互いを慰めているようでもあり、それなりに心地よさを感じる事ができた。


「えっと~……あ~暑くないですか?」


 急に話を変える宮下に、俺の鼻はうんと唸る。


「湿度高いからなこの頃、エアコンでも入れるか……」

「え、あ……そうじゃなくて、その汗かいちゃって……シャワーとか……貸して貰えます?」


 そんな宮下のおねだりは、今日一番困るモノだった。 

 

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