【えぴろーぐ】
終わりから始まるとは言うが、変化は緩やかでしかない。
正直な話し、新井達があの後、どうされたのかなんて知りたくないし、知ったことでもない。
事件の詳細は、誰に語るべくも無く、それは多数の中の一つに過ぎず、全ては、歴史の中に消えていった。
俺も影沼も、あの後に選択を迫られていた。
ドロイドに纏わる家業を続けて行くのか、はたまた別の道を歩くのか。
そして、俺と奴は、答えを出した。
都市部を離れる事、数百キロ。
今では、自然豊かな農産物を生産している地域に、俺と影沼、そして、明美とベッドに寝かされていた理恵も居た。
勿論、美機もだ。
なぜそんな遠くへ引っ越したのかと言われても、別に不便が無いからに他ならない。
手には入らないモノの方が少なく、これといった問題も無いが、一番の理由は、周りに余計な人間が居ないからだろう。
後で語られた事ではあるが、地球規模にて、都市部に居る人間は徐々に数を減らして居るらしい。
理由は難しいモノではなく、【人間が利己的】だからだそうだ。
管理側に言わせると、人同士が近くに居る限りは、必ず争うという既決に辿り着いたという。
だからこそ、距離を離せば、争いは無くなるが、そのかわり、緩やかな死を招くのだと。
*
俺も影沼も、今やしがない農夫として働いて居た。
別段、働かなくとも生きては行けるが、適度な運動は健康の為には欠かせないし、自分で育てた野菜や鶏というのも可愛いモノがある。
そして何よりも、影沼の奴は、恵のリハビリを兼ねている。
「大丈夫…………ゆっくりで良いから」
「うん、分かってる」
ヨタヨタと歩く理恵を、影沼と専属のドロイドが左右から献身的に支える。
影沼の努力が実を結び、特注の人工脊髄を身体に装着した彼女は、今では僅かずつとは言え動くことが出来る様になっていた。
影沼の奴に言わせると、半年後には、走ることすら出来るという。
影沼と理恵の微笑ましい光景を見ながらも、その反対へと目をやると、いつもの喧騒が聞こえる。
「どうしてオニギリの中に梅干しを入れるのかなぁ? 嫌いだって言ったでしょ?」
「明美さんが好き嫌い多すぎるんですよ。 いい加減直したら如何です?」
影沼とは違い、俺の方はと言えば、美機に張り合おうとする麦わら帽子を被った明美と、実に余裕たっぷりな美機に挟まれ、サンドイッチの具になった気分にさせられる。
あの後、明美にも選択を聞いたが、自身が語った通り、美機から俺を奪い取るのが終生の目的と成ったらしい。
単純な明美らしいが、俺にしてみれば勿体ない話しですら在る。
だが、やはり問題も在るんだ。
たとえば今朝の朝食なんかはその典型だろうか。
俺は一応調理が出来るとは言え、影沼は全くと言って良いほど家事の才能は無い。
その分、美機と明美が調理する事も在るんだが、此処までは良い。
問題なのは、互いが競って同じメニューを作ると言うことなんだ。
味噌汁一つにしても、俺の前には何故かお椀が二つ並べられ、美機と明美の板挟みに遭う。
「ささ、どうぞ!」「宜しくお願いします!」
明美と美機の合図はほぼ同時、俺にそう言うとにこやかに笑うんだ。
助けを求めて影沼に目を向けても、奴は理恵の手伝いに忙しく、あからさまに【俺に振るな】という目線をくれる。
ただ、正直な話、味噌汁に違いは余りない。
使ってる味噌や出汁が違うのであれば、それなりに感想を述べる事も難しくはないが、味に差らしい差が無く、俺は、感想に詰まった。
「あぁ…………と、ど、どっちも美味しいです…………」
俺の感想に、明美の眉はひくひくと動き、何故か美機の顔にも影が差す。
「そうですか? つまりは引き分けなんですか?」
「なるほど? では次のメニューを…………」
仲が良いのか悪いのか、その次はオムレツと出汁巻きが現れる。
コレには正に困ってしまった。
何故かと言えば、明美は何故か顔を険しくしながらも、反対に美機は笑ってすらいる。
此処に来て、個人の技量という問題にぶち当たった。
オムレツに付いては明美だが、美機の出汁巻きは俺が作るモノと同じ味でしかない。
だが、相も変わらず怖い笑みを浮かべる二人の前に、俺は、蜘蛛の糸を渡る思いで二人自慢の卵料理に箸を付ける羽目に陥っていた。
明美と美機のプチ戦争はともかくと、俺は、自前の畑に目をやっていた。
遙か太古の昔、仕事が狩猟から農産へと変わって行った様に、俺もシステムエンジニアとモーション屋から、いつの間にか農夫へと変わっている。
生きる為に仕事は必要だが、贅沢を言わなければ余裕で過ごせる。
此処では、誰も【仕事をしろ】とは言わないが、した方が気分も良く、報われる。
目を凝らせば、人が居なくなったからこその景色も素晴らしいだろう。
その内、他の仲間もこっち側に来るのかと考えると、そう寂しくはない。
在る意味、機械に飼い殺しにされているとも言えなくもないが、別に悪いことでもない。
「どうしたんです? 太一………こんな所で黄昏て」
「ん? 俺のしてた事に意味って在るのかなって………」
俺がそう言うと、美機も遠くを見る。
既にネットワークから隔絶されている筈なのだが、美機は、しっかりとした自我を保っていた。
「生きるのに意味は無くとも、私には貴方が居てくれて良かったです」
美機の声に、俺は、報われたのかも知れない。
「ちょっと!? なにいい雰囲気に成ってんの? おーい!?」
「もう! 良いじゃないですか? いつまでもそんなギャアギャア喚かなくとも!」
明美の一言と、美機の喧騒で、全てはぶち壊しなのだが、悪くはない。
そんな俺の頭の上を、ツバメが二羽、掠める様に飛んでいった。
雄が雌を追いかけているのか、雌が雄を追い掛けているのかは知らないが、俺は、遠ざかるツバメに、【仲良くしろよ】とだけ心の中で呟いていた。
「なぁ美機…………」
「…………なんです、太一?」
「仲間も、その内来るって言うんだけど………人がまた集まる………そしたら、また喧嘩すんのかな………」
俺がそう言うと、美機はスッと俺に寄りように近づいてくれた。
「大丈夫…………その為に、私達が居ますから…………」
美機の声は、確かに優しかった。
ただ、美機の【私達】という言葉は、ほんの少しだけ俺の中に引っかかっていた。
それでも、俺も影沼も【何かの為ではなく、誰かの為に生きる意味】を持てた事に、間違いは無いと思うんだ。
お読みいただき、ありがとうございました。




