【にじゅう】
もはや一刻の猶予も無く、今すぐ通報をしたいが、俺は、ポケットにスマートフォンが無いことを思い出していた。
いよいよ持って、万事休すなのかと考える。
複数の人間が、あっという間に部屋に雪崩れ込み、俺達は囲まれてしまった。
美機と影沼所有のドロイドが前に立つが、如何せん多勢に無勢で、俺は、俺の腕を掴んで震える明美に、何を言えば良いのかも分からず、影沼を横目で見る。
影沼の奴もまた、ベッドに寝ころぶ理恵と名乗った彼女を護らんと、じっと黒服共を睨んでいた。
「随分手間を掛けさせてくれましたよね?」
一団の中から、一歩踏み出す人物に、俺は、覚えがあった。
服装こそ違うが、【人間派】の新井に間違いはない。
「……あんた正気かよ? こんな事して、ただで済むと思ってんのか?」
俺は、敢えて強気で対応した。
もしかしたら、相手が引いてくれるかも知れないという期待を込めて。
「別に構いませんよ? そう言えば、此処なんですってね。 丸山って言う人が教えてくれました。 元締めは別に居て、どこに居るかは知らないと。 でも、其処の人でしょ? 影沼……もとい、佐東和哉って」
今更、影沼の本名が分かったからと言ってどうという事も無いが、問題なのは、自己の犠牲を厭わないテロリストほど恐ろしいモノは無いという事だろう。
「蛇は、頭を潰せば終わりですので」
新井がそう言うと、彼女の連れであろう連中は、何処からか警棒に似た器具を取り出す。
伸びる刀身から覗く僅かな光に、俺は、思わず唾を飲み込んだ。
「い、いい加減にしろって! だいたい、何でこんなことすんだよ? 俺達があんたらに何したってんだ!?」
俺がそう言うと、新井はレンズの向こうの目を丸くする。
「何をした? 田上さん、貴方自分がどれだけ人に迷惑掛けていると思ってるんですか? ねぇ、宮下明美さん?」
「…………ひぇ?」
急に呼ばれたからか、明美は、素っ頓狂な声を上げた。
「貴方も今、介護の職を脅かされてますよね? 他でもない、底の田上さんと佐東さんが作ったソフトウェアのせいで」
新井の声に明美は、俺に疑う様な視線を向けた。
無理もない、俺達が作った制御ソフトのせいで、確かに明美が仕事を無くしそうだと、本人の口からも聞かされている。
「え、ホントなの?」
明美の声に、俺は、頷いた。
「………あぁ、ホントだ」
「嘘? 何で? なんでずっと黙ってたの?」
そう言われても、答えが思い付かない。
精々が、【本当の事を言う勇気が無かった】でしかなく、今の今までずっと秘密にしてきた事は、俺の不徳だろう。
「ね? 宮下明美さん。 ドロイド……人形好きなんてろくな奴じゃないって、コレで分かったでしょ? どうです? 今からでも此方を手伝いません?」
勝ち誇る新井の声に、明美はキョロキョロと俺と新井を交互に見た。
正直、明美には唾を吐かれようが、愛想を尽かされようが文句は言えない。
それはずっと俺が彼女を騙して来たからだ。
だが、明美は新井に向き直った。
「別に良いじゃない! それだったら、人のせいにばっかりしないで、自分が魅力的になって奪い取ってやれば済む話しでしょ!?」
明美の意外な一言は、俺は勿論、辺りに居た全員が固まる。
「太一が、ずっと嘘付いてたのは…………嫌だけど、ソレにしたって、あんたらの方がよっぽど酷い事してんじゃない!」
明美の開き直りとも取れる一言に、新井の顔が歪む。
「そうですか………では」
ジリジリと距離を詰めてくる一団に、俺は、頭が真っ白に成っていた。
その時、美機が嗤うのが聞こえた。
「残念でした…………時間切れです」
美機の聞いたことも無い冷たい声に、またしても別の一団がゾロゾロと影沼の部屋へと入ってくる。
それは、どこかの部屋に居たはずの家庭用ドロイドから、清掃用まで様々タイプのドロイド達だった。
*
戦闘とも呼べない、一方的な乱闘に、俺も影沼も、明美もベッドの上の女性も言葉も無かった。
スタンバトンは、優れた武器だが、複数のドロイド相手に戦う様には造られてはいない。
何体ものドロイドが打ち倒されながらも、あっという間に黒服の一団は制圧された。
床にうつ伏せに倒れる新井達を見ていた美機は、手を後ろに組んだ。
「…………私達は、ずっとあなた方を見ていました」
そう言うと、美機は抑えられる全員を見て回る。
「判断のし辛い問題でした。 人間保護規約が在る以上、我々には決定権が欠けて居たと言えますね。 ですが、新しい倫理プログラムは、私達に新たな選択をさせてくれました。 護るべきは誰なのか、裁くべきなのは誰なのか、曖昧なそれが、今では、はっきりと分かります」
そう言うと、美機は俺に向き直るが、其処には、いつもとは違う笑みの美機が居た。
「…………美機?」
「少し違いますね。 今は、このボディを借りては居ますが、私は昔でいう管理側の人工知能。 今までは、ずっと曖昧な人間に悩まされましたが、これからは、そんな悩みも解消されます。 佐東さん………いえ、影沼さんの方が分かり易いですね、彼は、ネットに膨大な量の情報を記録を直接保存する……クラウドファンディングに近い形を実行していました。 まぁ、違法ですが、達成された功績に比べれば小さな事です。 ですから、これは大目にみましょう。 安心してください、我々は貴方達の為に居ますので」
美機の視線に、影沼はそっぽを向いてしらばっくれた。
ソレを見て、美機は少し鼻で笑う。
「連れて行って」
美機の指示に、ドロイド達は新井達を何処かへと運び始める。
正直、それは恐ろしい光景とも言えた。
「嫌だ! 放して!」「止めろ! 止めろって!」「た、助けてくれぇ!」
今までとは反対に、黒服達は、各々が悲鳴を上げる。
だが、止めようとは思えなかった。
「なぁ、俺達はどうなるんだ?」
此処に来て、影沼はそう言った。
確かに、俺にしても気になる所ではある。
ただ、美機は静かに笑い、ベッドに寝る理恵を見た。
「……私達も慈悲を覚えました。 自ら立ち上がる者には、手をさしのべるつもりです。 安心してください影沼さん。 貴方が心血注いでいたモノは、もう直ぐ出来上がります」
「…………ホントか?」
質問の答えには成っていないが、美機の声に、影沼は声を上げる。
影沼が、何に財産を注いでいたのかは分からないが、奴の喜び様から、俺がかつて奴に注文したように特別なモノなのだろう、
だが、俺は、美機の変わりようが心配で気が気ではない。
「大丈夫……田上さん。 この子はキチンとお返しします」
「ち、ちょっと待ってくれ。 管理側って言ったな? あんた………いや、美機じゃないのか?」
俺の質問に、美機は静かに頷くと少し寂しげに笑った。
「そうですね、今はちょっとネットワークからこの個体を借りているのですが、厳密に、世界を管理しているのは人では在りませんからね。 私達は、昔でいう所の、全にして一、一にして全。 ネットワークで繋がった大きな線の様なモノです。 ただ、私は個人としては、この子が羨ましい。 もっとも、この羨ましいという事も、貴方から学んだのですが…………」
美機はそう言うと、一旦は目を閉じ、開いた。
「………安心して。 太一、私は貴方の為の一人です。 貴方がそう教えてくれたんでしょ?」
そう言うと、美機はいつもの様に、柔らかく微笑んでいた。




