表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

【じゅうはち】

 美機ミキの言葉に従い、俺は、シャワーを浴びていた。

 敢えてお湯ではなく、冷たい水道の水を浴びる。

 火照りを鎮めたいという事も勿論だが、俺は、怖いという想いに駆られていた。

 身体を滴り落ちる水滴を、タオルで拭うのだが、俺は、タオルを見て物思いにふけった。

 このタオルですら、俺が洗濯したわけでも、畳んだ訳でもなく、美機がしてくれたモノだろう。

【当たり前の様に、用意されていた】  

 そんな考えが、俺の中には在った。

 一昔前では、人間が自分でやらねばならなかった事を、それこそ当たり前の様にこなしてくれる美機。

 俺は、タオル一枚で、その有り難みを感じていた。 


   *


 汗を流した後、俺は、キッチンへ向かう訳だが、鼻をくすぐる良い匂いを堪能たんのうしていた。

(嫌なことも在ったけど、コレで少しは気分も上向くさ)

 そう思った途端、ジーンズのポケットに押し込んだ筈のスマートフォンが鳴った。

「……はぁ……誰だよ、こんな時に」

 うるさくがなるスマートフォンの画面には、【宮下明美】と映し出されていた。

 無視して、後でゴネられるのも億劫おっくうなので、俺はとりあえず通話を繋げていた。

「はい………明美、どうした?」

『どーも! こんばんは………突然何ですけど、来ちゃいました!』 

 宮下の声には、主語が無いからこそ、俺は、首を傾げた。

「…………何処どこに?」

 俺がそう言うと、電波の向こうから、ため息が漏れる。

『あ~、ひっど~い。 冷たいんだぁ………』

「いやいや、だからさ、何処に居るんだよ?」

『ふっふっふ…………私、明美ちゃん………いまあなたのマンションの前に居るの………』

 恐らくは、【メリーさん】という都市伝説の真似なのだろう。

 だが、俺は、本当の意味で背筋に寒気を覚えた。

「え? マジで?」

『マジです! てゆーか、買ってきた物が重いので、玄関開けて貰えます?』

 そんな宮下の声に、俺は、眉を寄せてしまった。

 アポなし訪問というのもどうかと問いただしたい所ではあるが、昼間の一件を考えると、逆に良い機会なのかも知れないと、俺は、そう考えていた。

 どの道、いつかは話さねばならない事でもあり、逆に今日この日こそ、ちょうど良いのではないかと、俺は心に決める。

「分かった…………ちょっと待っててくれよ?」

『はいはーい、でも…………ちょっとだけですよ?』

 宮下はそう言うと、通話を切った。

 

  *


 ちょっとしたマンションになれば、防犯上勝手には入れない。

 入るなら、管理人か住人に【許可】を貰う必要が有る。

 宅配便の業者などは、主に管理人に委託されるが、個人客というのは、管理人では把握仕切れない為に、マンションの部屋の住人に託される。

 その為に、わざわざ壁にはタッチパネル式の機械が用意されている。

 俺は、ゆったりと歩き、タッチパネルの開閉という項目を選んでいた。

「太一、お客様ですか?」

 背後から聞こえる美機の声。

 俺は、そんな美機に向き直り、頷いて見せた。

「あぁ……今から、客が来るんだ」

「そうなんですか? 困ったなぁ………」

 小首を傾げ、眉を寄せる美機に、俺は美機に近寄り、肩に手を置いた。

「たぶん大丈夫だろ、なんか買ってきたらしいから…………」

 俺がそう言うと、美機は、首を横へ振った。

「そうじゃないんです。 お客様は六人も居るんでしょうから、コップがマチマチになりそうで………」

 美機の声に、俺は、唖然あぜんとしてしまった。

「六人? 明美だけだろ?」

「いいえ、太一。 防犯設備によれば、他にも複数の人が確認されています。 どうしましょ? 紙コップでも構わないなら………」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、六人? ホントか?」

「はい太一。 そうですよ?」 

 美機が勝手に防犯設備にアクセスを繋いで居たと言うことも問題だが、それ以前に、宮下を抜けば五人が居るという事になる。

 俺は、急いでポケットのスマートフォンを取り出し、宮下へと通話を掛けた。

 呼び出し音はそれ程長く続かず、直ぐに通話は繋がった。

『ふっふっふ…………私、明美ちゃん…………今貴方のいる部屋の階に着いたの…………』

「明美か? 冗談は良いから、お前の周りに、誰か居るのか?」

『もう、ジョークなのに………他の人ですか? さっき他の階でエレベーター降りてましたけど?』

 宮下の声に、俺の目は泳いだ。

「えっとな、どんな人だった?」

『どんな? さぁ、別に普通………まぁ、全員服装が黒ってのが、あんまりセンスを感じませんけど、あ………部屋の前なんで、一旦切りますよ?』 

 宮下はそう言うと、通話を切ってしまった。

 俺は、何がなにやらと、頭がこんがらがって居るのを実感していた。

 ただでさえ、【造形屋】丸山の事が気にかかり、オマケに昼間の一件までが重なれば、混乱する頭が、余計に悪いほう悪いほうへと考えが向かう。

「美機、警察へ連絡してくれ!」

「太一? どうしたんです?」

「良いから…………」

 俺が急かそうとすると、ピンポーンという間の抜けた音が響いた。 

 恐る恐る、壁のタッチパネルへと駆け寄り、ドアの外を窺う。

 だが、俺が恐れていたのとは違い、其処には、ビニール袋を下げた宮下が立っていた。

「……っ……美機、ちょっと待っててくれよ?」

「はぁ…………」

 気のない美機の返事を受け取りつつ、俺は玄関へと走った。 

 俺が急いでドアを開けると、豆鉄砲喰らった様な宮下と顔を合わせた。

「あら…………ど、どうも」

 面食らった様な宮下の肩に手を置きつつ、俺は、マンションの廊下に目を配る。

「明美、さっきの奴ら、何階で降りた?」

「え? あぁ、六階かな………気味悪かったけど、別に私には関係無さそうなので、別に………」

 宮下の声はともかく、階段を使おうと考えていた俺のプランは頓挫とんざしていた。

 廊下の左右に用意されている階段からは、登って来る人影。

 エレベーターへ走ろうにも、急な話しでは無理がある。

「あ、ちょっと!?」

 焦る宮下には悪いと思いつつも、俺は、彼女を部屋の中へと引っ張り込んでいた。

「ち、太一…………急にだと困ります」

 顔を俯かせ、声を補足する宮下とは違い、俺は、背筋に嫌な汗を感じていた。

 そして、往々にして間の悪い時は悪く、美機がパタパタとスリッパ片手に近寄ってきてしまう。

「いらっしゃいませ………宮下さん」

 急に美機を見た宮下は、彫像の様に固まる。

「おい、明美?」

 俺の苦悩にも関わらず、宮下はノロノロと腕を上げ、美機を指差した。

「…………だ、誰? その人?」

 宮下の混乱も全く持ってその通りだろう。

 彼氏の家に遊びに来たら、別の女性の姿。

 コレが反対だったとしたら、たぶん俺も混乱すると思う。

「良いか宮下………話を………」

 とりあえず、宮下を説得しようかと俺は試みるが、急にインターホンの音が響く。

   

   *


 マズいという事は分かっていた。

 階段に見えた人影は、宅配便の業者というのと無理がある。

 全身黒で固めた集団を、新手の営業と見るほど、俺も楽観的ではない。 

 宮下が入るのを見て、恐らくは入って来たのだろう。

「とにかく話を…………」

 しようと言う前に、ピンポーンと、インターホンが鳴った。

 その音に、俺も宮下も、固まっていた。

「…………誰?」

 もはや宮下も、美機とドアを見てますます混乱の度を高めるが、俺にしたってどうしたら良いかを必死に考えていた。

 そして、またピンポーンと、インターホンが鳴る。

 この時点で、俺は、丸山が本当に怪我だけで済んだのかと、疑い始めていた。

「ちょっと! 太一、その人誰!」

 ここに来て、宮下が事態の説明を俺に求めた。

「あーとだな…………」

「妹とか親戚じゃないよね? そんな話し、全っ然聞いてないんだけど!?」

 ドアの向こうには誰かも分からない一団に、オマケに狭い玄関では顔を赤くする宮下に、どこ吹く風で微笑む美機と、まさに混沌カオスな状況に、俺は、何からすればいいのかを迷っていた。 

「美機………とりあえず通報してくれ!」

「ミキ? ミキって言うのその子? ちょっとあんた!」

 俺の手を逃れた宮下は、持参したビニール袋を落とし、美機に詰め寄る。

「せっかく仕事上がりに来れたって言うのに! あんた! 誰?」

 宮下の剣幕にも関わらず、美機はハッとした顔を見せた。

「お目にかかったのは初めてでしたよね? はじめまして。 私は美機。 家庭用汎用ドロイド、モデル二千四十五年型です」

 当たり前の様に自己紹介をし、ぺこりと頭を下げる美機に、宮下は、先程の剣幕もどこへやら固まっていた。

 宮下には悪いが、俺は、美機と彼女の横をすり抜け、リビングの壁へと急いだ。 

 備え付けのタッチパネルには、何もマンション出入り口の開閉だけではなく、廊下の監視カメラにもアクセス出来たり、警察消防へと公的機関への連絡も取れる。

 俺は、通報前に奴らの御尊顔を仰いでやろうとしたが無駄だった。

「うっそだろう?」

 監視カメラは、敢えて見える位置に分かるように設置されている。

 つまり、映された相手が、壊す気なら簡単に壊せる。

 そして、タッチパネルの画面には、【現在故障中】とだけ映し出されていた。

 マズいなどという所の話しではなく、相手方がとても恐ろしい何かに思えてならない。

 ハッとした俺は、思わずタッチパネルの【通報】の項目を指で叩いた。 

「くっそ………なんで?」

 俺の目には、【故障中です、申し訳有りません】という文字が見えた。

 此処に来て、平和な社会の問題点が露呈していた。

 犯罪者の激減は、其処に住む住人の危機意識を低下させる。 

 恐らくは、部屋の外に続く機械の線を切られたのだろう。 

 無線ではなく、メンテナンス性を考慮し、有線化されたシステムの弱点だった。

 捕食者に襲われる事がないガゼルやシマウマが、ブクブクと太るようにだ。

 だが、だからこそ何らかの形で現れた捕食者にとって、のろまに成った獲物は格好の餌食でしかない。

「ちょっと太一!? コイツなんな訳!? ちょ、放してってば!」

「落ち着いてください。 暴力は良くないです」

 暴れる明美の二の腕を、がっきと掴む美機 

 全くの正反対の態度の宮下と美機の二人に、俺は、ますます頭が痛くなるのを感じていた。 

「ちょっと待っててくれ!」

 俺の声も荒ぶるが、この際仕方ない。

 急いでポケットからスマートフォンを取り出し、通報すれば良いだけだ。

 こんな簡単な事を思い付かなかったという事に俺自身に腹が立つ。

 だが、スマートフォンの画面上には、【電波が受信出来ません】という文言が、無情にも表示されてしまった。

 技師として生活をする以上、この手の機器にも知識は俺にも在る。

 その昔、クラブとか言う派手な場所では、電波を遮断する機械がよく売れた。

 実際の所、電波を妨害する手段は難しくは無いのだが、平和な世界では、そんな事をする意味がない為に、殆ど忘れ去られたテクノロジーといえる。

 逆に言えば知ってさえいれば普通に使える技術で、それだけの事を用意周到にしてくるという事に、益々俺はどうすれば良いのか悩んでいた。 

 ドアを開けてこんばんはという気も起きないが、未だにインターホンを押されてすら居る。

 ハッと思い付いたのは、ベランダに備え付け等れているモノの事だった。

「美機、ベランダの……あぁと、あの滑り台みたいな奴、使えるのか?」

 俺の質問に、美機も宮下も首を傾げた。

「避難用シューターですか? 定期点検によれば問題はない筈です」

 そんな美機の声は、在る意味天の声に聞こえた。


  *


 ベランダに備え付けの【避難用シューター】とは、言うなれば布で出来た筒型の滑り台みたいなもんだ。

 留め金を外して、器具を起こし、滑り台の部分を下へと落とす。

 火災の時などに、素早く外へ逃げ出す為のモノだが、実際に使ったことも無ければ、見たことも無い。

「……っ………美機! 使い方分かるか?」

「はい太一。 ですが…………」

 非常時でも無いにも関わらず、器具を使おうとする俺に美機は困った顔を見せる。

「美機、頼むから」

「…………分かりました」 

 俺がそう言うと、美機は仕方ないという顔を見せてくれるが、宮下は驚愕とでも言わんばかりの顔を覗かせ、玄関へと走る。

「あ! 明美! 待てって! くっそ………美機、任せた!」

 ベランダでの作業を美機に頼み、俺は、宮下を追う。

 宮下の足はあまり早くなく、直ぐに捕まえる事は出来たが、玄関まで後少しと言うところだった。

「放してよ! あの人形と仲良くやれば!?」

「ソレについては追々話すから………今は」

「おいおい? だって…………」

 話し合いとも言えない最中、宮下の声は止まった。

 理由は、玄関のドアから覗く火花のせいだろう。

 俺は、此処で文明の進歩を呪った。

 高出力のプラズマトーチは、本来、水中でも鉄を溶接したり裁断したりするために開発されたが、今では、ホームセンターで小型のモノが普通に買える。

 つまり、ドアをいちいち馬鹿デカい音を立てて壊す必要は無いという事だ。

「え? え? なん………」

「良いから! 早く来い!」

 慌てる明美の手を、俺は、無理矢理にでも引いた。

 説明は後でも出来るが、今は何処かへ逃げなくてはならない。

 警察ですら、一市民のドアという財産にプラズマトーチを使う事など滅多に無く、そんなことを平然とする輩は、マトモではない。

 ベランダまで戻って来た俺と宮下を、美機は待ってくれていたのか、既に、脱出シュートも用意が為されていた。

 急ぎベランダから顔を覗かせ、下を見る。

 普段ではろくにしたことは無いが、長く垂れ下がる白い布に、本当に大丈夫かと俺には焦りが在った。

「中は滑り辛く作られては居ますが、決してそのままでは落ちず、手でブレーキを掛けてください」

 淡々とした美機の説明を聞いたからか、宮下は目を丸くしていた。

「美機! 先に行ってくれ!」

 俺の指示に、二の句も告げず美機は平然と頷き、我先にとシュートの入り口へと、身を踊らせる。

 思わず様子を窺うと、白い布が、蛇が獲物を飲み込んだ時の様に膨れるのが分かった。

 直ぐに下へと降り立った美機だが、俺に手を振るのが見える。

「よし、明美………次だ」

「は? じ、冗談だよね?」

「良いから!」

 俺と宮下の押し問答の最中にも、ドアがとうとう破られたらしき音。

 俺は、頭の芯がキュウッと締まるのを感じた。

「行け! 行けって! 早く!」

 命令口調なのは悪いが、俺は、宮下を急かす。

「………わ、分かったから、そんなに怒らないでよ」

 いよいよもって、宮下は俺の指示になんとかノロノロと従ってくれた。

「…………いやあぁぁぁぁぁ…………」

 だが、避難用シューターから響く悲鳴は、余り良いものではない。

 咄嗟台座に上がったとき、俺のポケットからは、スマートフォンが落ちてしまう。

「………ぁ…」

 だが、一々それを拾う間も無く、俺にしても、部屋の中にあの連中を確認したが、一々下を窺ずに、シューターへと身を押し込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ