【じゅうろく】
「どうぞ、此方でお待ちを…………」
狭っ苦しいロビーで、俺はソファへと通された。
ただ、ソファとは名ばかりで、何処かのゴミ捨て場で拾って来たのかと聞きたいぐらい古臭いベンチだ。
ビニール張りのクッションは所々にヒビが在り、木製の脚も懐かしいというよりも、骨董品かと疑いたくなる。
とりあえず、俺は腰を下ろしたが、腰のした辺りからミシリと嫌な音がした。
眉をしかめる俺に、紙コップが差し出される。
「……あの、とりあえずお茶どうぞ?」
「すみません………どうも」
渡されたお茶に口をつけながら、俺はただ待っていた。
ダラダラと時間は過ぎ去り、紙コップの中身はとうに空だった。
何度となく、受付嬢の人は電話を取っては置き、取っては置く。
「あ、田上様?」
ようやく、案内して貰えるのかと俺は立ち上がる。
「三階の方までお願い出来ます?」
俺の耳に、そんな素っ頓狂な声が届けられた。
*
階段なんて久しい。
「なんでエレベーター無いんだよ…………」
有酸素運動をしながらも、俺は額に汗が滲むのを感じていた。
ようやく、三階に辿り着いた俺は、キョロキョロと頭を回す。
ビルディングとはいえ、部屋数はそれほど多くなく、トイレやその他を除けば、【事務所】という目立つプレートが在った。
俺は、咳払いで喉を整えてから、ドアを軽く叩いた。
トントンと二回程叩いて見たのだが、返事は無い。
「うん? あれ?」
仕方なく、もう一度叩くと、ドアの磨り硝子に、人影が映った。
ドアは開かれ、俺の目に事務員さんなのか、眼鏡を掛けた女性が顔を覗かせる。
「あ、どうも。 システムエンジニアの田上です。 何か困ったとお聞きしたのですが?」
俺が、丁寧にそう言うと、目の前の女性の眉が寄った。
「…………そうですか、どうぞ」
ヤケにぞんざいな態度ではあるが、一々それに構っていても仕方ない。
「失礼しま~す……」
適当な挨拶を返しつつ、俺は【人間擁護派】の巣窟へと足を踏み入れていた。
鬼が出るのか、蛇が出るのかという諺が在るが、はっきり言って拍子抜けだった。
当たり前なのかも知れないが、別に部屋の中に大量の武器が所狭しと並べられていたという事も無く、どう見ても有り体の事務所でしかない。
壁や窓にはプロパガンダのポスターが貼られているのを除けば、特段変わった点は、見受けられなかった。
事務所には、先ほどの女性の他にも人間が居て、何人かが忙しそうに電話をしている様でもある。
だが、俺には無駄にしか見えなかった。
*
詰まるところ、この人達が何をしたいのかが、俺には明白ではない。
【人間を重視したいが、ドロイドは棄てられない】
という、俺が見たままを言えば、スネをかじる子供だろう。
第一、本当にドロイド主体の社会が嫌なら、外へ行けば良いんだ。
都市部に人間全ては集中し、郊外がどうなっているのかと言えば、何も無い。
観測所や農地を除けば、幾つかの観光地の名残程度だろう。
それだって、人が居るのかと言われれば、ドロイドが運営している。
*
ともかくと、俺は頭を仕事のソレへと切り替えていた。
「えぇと…………それでは、どのパソコンの調子が悪いんですか?」
渋々ながらも、俺がそう言うと、中年の男性が立ち上がった。
「おう兄ちゃん! コッチコッチ、コレ見てくれよ!」
なんとも素晴らしい初対面のご挨拶を受け流しつつ、俺は、足を進めた。
「はいはい、今みまーす…………」
上着を脱ぎ、袖を捲って早速仕事に取りかかったのは良いが、何のことはない。
中継機器に何かが零れた後がまざまざと付いていた。
恐らくは、急いで拭き取ったとは思うが、なんせ精密機器だ。
色合いから、コーヒーかお茶のどちらかだろうが、この際何が零れたのかは問題じゃない。
「あの…………すみませんけど、何か零しました?」
俺がそう言うと、中年の男は顔を背け、他の人達もほぼ同じ反応が返ってきた。
なる程と、俺はため息を吐きつつ、とりあえず中継機器に取り付けられたケーブルを外す。
「まぁとにかく………交換に成りますね。 どの程度のモノと交換するのかはお任せしますが、如何致しますか?」
仕事で在る以上、俺も対応を丁寧にする。
「交換? パパッと直せよ?」
無理難題を押し付けられても、怒ってはいけない。
だが俺は内心では嗤ってもいた。
(パパッと直せる様なら、俺がわざわざ来るわけないだろ?)
そうは考えるが、仕事で在る以上、口にはしない。
「申し訳ありません。 この場で修理というのは無理ですね。 今すぐネットワークに繋げるなら、買い換えて頂く他は……修理は時間が掛かりますので」
「はぁ…………めんどくせぇなぁ………」
そんな小声が、俺の耳には届いた。
実に人間らしい答えだと、俺は考えていた。
他人に物事を押し付けて置いて、自分では何もせずに愚痴を垂れ流す。
こんな奴らだからこそ、ドロイドに職を奪われるのも無理もないだろう。
「どうしますか? 修理なら一応、承りますが?」
俺の慇懃な声に、事務所の人達からの反応は様々だった。
落胆しているのが殆どだが、後は面倒くさいという態度が露わですらある。
「あぁ、それじゃ替えの頼むよ……ネット使えないとコッチも困るから」
俺は、中年にそう言われ、唖然とした。
「はい………しかし、今は手持ちが在りませんので、何処かから新しいルーターを買って頂かないと………」
「だから、それも頼むよ。 適当に見繕って来てくれないか?」
そんな声に、俺は絶句していた。
*
仕事に来ているのに、俺は新しく別の仕事を押し付けらてしまった。
俺が細かい説明をしても、全く受け付けて貰えず、結局は壊れた中継機器と同じ様なモノを探さねば成らず、オマケに、俺には監視役なのか、あの眼鏡の女性がくっ付いて来ていた。
「すみません…………お手数お掛けして」
相手の女性からは、労いが掛けられるが、俺は曖昧に笑っておく。
「いえ、コレも仕事ですので」
俺の口からはシステムエンジニアとしての声が漏れるが、はっきり言えば仕事を外れてもいる。
そもそも、中継機器に関して言えば、部品屋の仕事であり、俺の領分ではない。
俺が担当するのは、本来はシステムその物であり、こういった部品の交換や修理は、別の人間が当たるべきだと考えるが、報酬の為を思えば、少しの苦労も黙って受け入れるべきだろう。
「おっと、彼処の電気屋に在ると思いますよ」
ビルから離れてから少し、まさしく適当な店を、俺は指さしていた。
正直な話し、安物でも動けば良いとすら俺は考えている。
報酬に差額分を上乗せして濡れ手に粟も悪くはないが、後で変な噂を立てられても敵わない。
だからこそ、店に入った俺は、入念に壊れた中継機器の代替え品を探していた。
「田上、さん…………そう仰いますよね?」
急に名前を呼ばれ、俺はハッとなって振り向いた。
先程から、苦虫噛み潰した様な顔で、女性は俺の顔をジッと覗いてくる。
「はぁ、そうですけど?」
「聞いても構いませんか?」
「はい、ルーターなら、これで大丈夫だと思います」
女性の質問に、俺は適当な商品を手に取っていた。
「違います。 憶えていませんか?」
急に不穏な事を言い始める女性。
だが、生憎と俺は彼女に何かした覚えは無い。
「あの、すみませんが、何をでしょう…………」
其処で、ハタと俺はアンケートの一件を思い出した。
言われれば、あの時あの場に、彼女は居た気がするが、一々地味な彼女を記憶に留めている余裕は、あの時の俺には無かった。
「あぁ、あの時の…………すみません、すぐ気が付かないで」
「いえ、それは構いません。 ただ…………」
「ただ、なんです?」
「…………少し、お話しを出来ませんか?」
そんな質問に、俺は、心底胴元の野郎の恨んだ。
*
女性が、話し合いの場所として選んだのは、所謂喫茶店だが、この店は珍しいだろう。
外装も、品書きも大した事はないのだが、なんと、人間の店員が居た。
「此方へどうぞ」
席へと案内する言葉自体は丁寧だが、ぞんざいな態度に、俺は眉を寄せる。
如何にも【したくないけど仕方なくやってます】というのが目にも分かった。
だからこそ、俺も影沼もこんな店には行かない。
文句は山ほど在った。
先ずは品物の値段が高い。
そもそも人件費や手間賃などという無駄に割かれる為なのか、俺がよく行く店の二倍は取っていた。
対面に座る俺と眼鏡の女性は、男女二人組ながらも、お互いが別れ話でも始めるように顔をしかめていた。
「ではと…………お話を承りたいのですが?」
先ずはと、俺から話を振った。
俺からすれば、とっとと切り上げて帰りたい。
今更誰かと話をするだけの無駄な時間を割きたくはないからだ。
「田上さんは、ドロイドをお持ちなのですか?」
眼鏡の女性は、名乗るよりも早く【人間擁護派】らしい質問を、俺にぶつけてきた。
質問に真面目に答えるべきかを、俺は悩んでしまった。
本当に面倒くさいと考えるなら、【いやいや、実は俺には宮下という彼女が居ますので】と、そう言えば良い。
だが、いつかは宮下とも話し合わねばならない問題なだけに、俺も目の前の女性を練習台と割り切っていた。
「……えぇ、家に居ますよ? それが何か?」
俺がそう言うと、女性は違った反応を見せた。
怒って俺を罵るかとも考えていたが、その反対に、女性は前髪が垂れる程に頭を俯かせてしまう。
そんな時、トンと俺と女性の前にお冷やが置かれた。
「ご注文はどうします?」
相も変わらず、言葉そのものは丁寧だが、店員の態度は先程よりも悪い。
端から見れば、俺がうなだれる女性を困らせているみたいなのだろう。
「あ……と…こ、コーヒーを二つで」
「ホットですか? アイスですか?」
やはり、店員の態度が気に障り、俺は気分の良いものではなかった。
「アイスでお願いします…………」
俺が注文を通すと、店員はスタスタと歩いていくが、はっきり言えば最悪だ。
たかが二本の脚が付いているだけで、彼処まで態度が酷いモノになるなら、脚なんて無駄の長物だろう。
進化の過程で、人類は歩行の為の脚と、モノを使うための手を特化させてきたが、どうやら、おつむの方は一向に進化をしていないらしい。
とにかくと、俺は目の前の女性に目を戻した。
「あの………どうかしましたか?」
一応は、相手を案ずる声を掛けおいた。
俺の声が届いたのか、女性は俯かせていた顔を上げるのだが、苦虫噛み潰した様な顔だったのが、まるで親に死なれたかの様に落ち込むモノに変わっていた。
「……前に、私には彼が居たんですけど、その人も、田上さんみたいな事言ってました………」
その声は、まるで葬式の挨拶の様に暗く、澱んですらいた。
「…………はぁ」
「私の……何が悪かったんでしょうか? それに、そんなにドロイドは素晴らしいのでしょうか?」
急な人生相談に、俺は、辟易していた。
適当に答えるのは難しくはないが、なにせ俺は目の前の女性の名前はおろか、その元カレと具体的に何があったのかすら知らない。
だからこそ、俺は答えに窮していた。
「申し訳ないのですが、私は貴女の名前も知りませんし………何があったのかも分からないので、答えようがないですね」
ぞんざいかも知れないが、なるべくなら深くは関わりたくはない。
「すみません…………新井と申します。 新井一枝です」
急に名乗る女性に、俺はどうやら自ら藪に手を突っ込んだのだと悟った。




