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【じゅうご】

 翌朝、俺は窓から差し込む太陽の光で目を覚ましていた。 

「………美機」

 俺は、自分の隣でスリープ状態の美機を見ていた。

 カーボングラスファイバーの骨格は軽く、腕を枕にされてもそれほど重くはない。

 昨晩の事を思い出し、俺はふと天井を見上げていた。

 女性的な一面に関して言えば、俺は仲間内の女性には決して勝てない。

 同僚足り得る女性のモーション屋の仕事は、実に素晴らしいだろう。

 具体的にどうやって仕事をこなしているのかに付いては一切を知らないが、キチンとした品を提供してくれるのであれば、それを敢えて追求する必要は無い。

 甘い声色から、人を誘うような妖艶さも、やはり職人技とでも言うべき仕上がりと言える。

 こう考えると、【人は独りで生きているわけではない】という事を実感させられた。

 思わず、昨晩の事を思い出して、俺は少し下腹部に血が集まるのを感じてしまった。

 いつまでも寝てても良いが、それでは俺が先に餓死する。

 仕方なく、俺は美機の肩に手を置いた。

 人肌と見紛うたばかりの質感に、俺は思わず、美機の細い肩を撫でていた。 

「おはよう、お姫様………」

 俺の言葉を合図に、美機の目蓋まぶたは持ち上がる。

 パチパチと二回ほどまばたきをする美機。

「おはよう、太一………」

 そんな言葉と共に、美機は、実に柔らかく笑う。

 それだけでも、俺には彼女の背中から射す光のせいか、今までの美機とは違った様に見えたんだ。


   *

 

「朝ご飯作っておくから、顔洗って来て良いよ」

「お、サンキュー…………」

 美機の言葉に甘え、俺は脱衣場の流しに来ていた。

 顔を洗い、シェービングクリームで髭を剃る。

 実に良い朝の過ごし方なのだが、顔の半分の髭を剃ったところで、俺の手は止まっていたんだ。

「あれ? 俺、美機になんか頼んだっけ?」

 思わず、俺の口からはそんな声が漏れ、俺はそんな自分の言葉を反芻はんすうしていた。 

 俺が頼んでいないにも関わらず、美機は【朝食の用意をする】と言っていた。

 普通の人なら当たり前なのかと、ふとそう考えた俺だが、それも有り得ない。

 一昔前なら、人間寝て過ごしたいというのが嘘偽り無い本音だろう。

 勿論もちろん、外へ出て遊ぶというのも有りだが、遊び疲れた翌日など、特にそう思う。

 いまでも過去に隆盛を誇った娯楽も、在るには在る。

 海なら海水浴やサーフィン、ビーチバレーも悪くない。

 山なら登山やハイキング、キャンプも良いだろう。

 最も、余りアウトドア派でもない俺には無縁のモノだが。

「いけねぇいけねぇ…………」

 ともかくと、俺はひげ剃りを再開していた。

 

   *


 さっぱりした俺の鼻に、鼻をくすぐる香りが届く。

 外国の人に言わせると、この発酵臭は嫌なんだと言われるが、俺には実に懐かしさを覚えさせてくれた。

「あ、太一………座ってて、すぐ出来るからね」

「ああ、頼む……よ……」  

 そう言ったが、俺の言葉は止まった。

 偶然なのか、美機ミキは、宮下が作ったのと同じ味噌汁を作ってくれる。

 それが、偶然なのか、それとも故意にやっているのか、俺には分からなかった。

 朝食のメニューに関しては、文句を付ければバチが当たるな。 

 いつ用意したのか、炊きたての白飯に味噌汁、目玉焼きに添えられたカリカリのベーコン。

 だが、一番の問題がある。

【俺はいつ、炊飯器を使った?】

 昨日の事を思い返しても、俺は炊飯をした覚えはない。

 炊飯器に水と米を、入れるだけとは言え、俺には憶えがない。

「美機………ご飯、何時いつ炊いた?」 

「うん? あぁ、午前六時くらいかな………太一が寝てる間にね」

 朗らかに笑う美機の笑顔。

 俺は押し黙って、味噌汁のわんに手を付けていた。

 本心を言えば、少し怖いんだ。

 普通の人間でも、気の利いた人なら当たり前の事を美機はしてくれた。

 だが、要するに俺が【何も頼まずとも、美機は動いた】という事になる。

 この段に至り、俺は昔ながらの男性の嫌な面を再確認させられた。

【つまらない程に細かいことを気にする肝っ玉の小さい野郎】

 そんな言葉が、俺の中には浮かび上がった。

 だが、俺が危惧しているのは、影沼が言った言葉の方だ。

【田上。 お前さ、掃除機が勝手に動いて掃除を始めたらどう思う?】

 それが、そっくりそのまま俺の中には残っている。

 それでも、そんな杞憂を忘れさせてくれるモノも在った。

「どう? 太一…………おいしい?」

「………うん、俺好みだよ」

「そっかぁ…………良かった」

 前とは違い、柔らかく微笑む美機は、俺の疑問なんて吹っ飛ばしてくれた。

 このまま引き続き昨日のペースで仕事を出来るかと思っていた俺の耳に、スマートフォンの鳴る音が届く。

 機械的な着信音から、それが、【表の仕事】だと告げていた。

 美機に片手で【すまん】と示しつつ、もう片方の手で通話を繋げる。

「はい? 田上ですけど…………」

『ああ、田上さん? すみませんけど、ちょっと派遣されて貰えます?』

 そう言うのは、今や珍しい人材派遣先の元締めだ。

 はっきり言って、顔も名前も知らないし、知りたくもない。

 一度飲みに誘われた事もあるが、毎回俺は断っている。

「あ~………またどっかでトラブルですか?」

『うーん……そうなんだよ。 別の奴がさ、怪我しちゃって…………悪いんだけどさ、この後メールで場所と詳細送るから、頼めるかなぁ?』

 元締めの猫撫で声は、他に誰にも引き受けて貰えなかった事を示す。

 そう言うのは、大概相手がろくでもない奴だと相場が決まっていた。

「まぁ……良いっすけど……」

『悪いね…………じゃ、頼んだよ?』

 そう言うと、元締めの野郎は先に通話を切りやがった。

 丸投げかよとも言いたい俺のスマートフォンに、先ほどの宣言通り、元締めからのメールは届く。

 内容に関しては、難しいモノではない。

 あちら様の状態を直接見なければどうともいえないが、インターネットに接続出来ないらしい。

「………ごめんな、美機。 ちょっと出掛けないといけなくてさ」

 溜め息混じりに、俺はそう言う。

 すると、美機は眉をハの字にしながらも、椅子から立ち上がった。

「しょうがないよ………あ、上着持ってくるから」

 そう言ってパタパタとスリッパを鳴らす美機は、寝室へと走る。

 着替えの準備は美機に任せながらも、俺は、メールに届いていた仕事先を見て、眉をしかめていた。

「…………まじかよ…………寄りにもよってさぁ…………」

 俺の目に映る画面には、【人権推進委員会支部】という、一番行きたくない場所が映し出されていた。

 安物の背広にワイシャツネクタイという着替えを済ませ、ビジネスバッグ片手に、俺は玄関に立っていた。

「じゃ、ちょっと出て…………」

「ちょっと待って」

 言葉を途中で止められ、何事かと俺は心配したが、美機は俺の首もとに目をやると、ネクタイに手を伸ばして来た。

「ほら、曲がってるから」

「おっと…………さんきゅ」 

 そう言って、きびすを返そうかとすると、俺は美機の頬が膨らんでいることに気付いた。

「美機?」

「もう、太一。 何か忘れていませんか?」

 美機の声は、俺に既視感デジャヴを感じさせた。

 ふと考え、思い出すのは、宮下を送り出した時の事だった。

 俺は、少し鼻から息を吹いて肩の力を抜いた。

「ごめんな………行ってきます」

「はい。 行ってらっしゃい」

 美機の柔らかい声を受け、俺は、玄関を出た。

 前は嫌々だったエンジニアの仕事も、【案外捨てたもんじゃないな】と俺は感じていた。


   *


 マンションのエレベーターから降りた所で、いつもなら気にもしない事に俺は気付いていた。

 人では有り得ない原色の髪の毛に、あからさまに派手な服装。

 そんな女性型ドロイドは、静かにゴミを出していた。

 こうやって見ると、【適材適所】という言葉が俺の中に走った。

 俺の目に映る彼女には、キチンと両脚が付いているが。

 それは彼女が、【家庭用ドロイド】という事を示してもいる。

 工業用のドロイドには顔も肌も髪の毛も必要無い。

 介護用も業務用のドロイドには脚が無い。

 それは、移動するのに【歩く】必要がないからだ。

 人と過ごす以上、人の見姿に似せられて造られた彼女だが、俺は、ハタとゴミ出ししていた女性型ドロイドと目が合った。

「あ、おはようございます………」

 返事は期待していないが、俺の目にも、彼女が笑うのは分かった。

「はい、おはようございます。 良い朝ですね」

 柔らかい笑みを残しつつ、マンションへと歩く後ろ姿に、俺は先入観という思い込みに悩まされていた。

 今までは、ただ単に嫌っていた【人間擁護派】だが、話してみれば何とか成るかも知れない。

 駄目で元々、俺は心機一転、足を前へと進めていた。


  *


 自動タクシーに揺られること十数分。

 俺は、在るビルへと連れてこられていた。

 タクシーの料金に付いては、後で元締めに丸投げすればいいが、現場に居なければならない俺にとって、やはり緊張感は強い。

 傍目はためにも、元が白いビルディングなのは分かるが、至る所に【人間擁護派】のプロパガンダがかかげげられ、其処そこは、一種異様な雰囲気を醸し出していた。

 オマケに、超が付きそうな程に珍しいモノまである。

 自動ではない所謂、人が運転する自動車だ。

 禁止ではないとは言え、骨董品級の代物に、俺は少しだけ唸っていた。

「あ~…………まぁ、コレも仕事だからね」

 俺は、独りで愚痴を漏らしながらも、足を前へと進めた。

 今時珍しい手動のドアをくぐり抜け、俺は、受付に歩み寄る。

 ここもやはり珍しく、受付には、人間の受付嬢が居たんだ。

「いらっしゃいませ。 何かご用で?」

 やたらと香水の臭いがプンプンと漂う受付嬢だが、お世辞にも【お嬢さん】と言うにははばかられる。

「システムエンジニアの田上です。 この度は、何か問題が在ったとお聞きしたのですが、ご存知ですか?」 

 相手の事はともかく、俺は営業用の顔を覗かせる。

「はぁ……あぁ! パソコンの? すみません、今聞いて見ますので」

 そう言うと、受付嬢はこれまた珍しい線がついている電話を手に取った。

「はい……今来てらっしゃいまして……ええ……はぁ」

 あれやこれやと、誰かと話す受付嬢だが、俺には時間の無駄にしか見えない。

 そもそも、問題が出た時点で自分達では対処出来てない上に、この上メモの一枚も受け付けには通されても居ない。

 連絡の不備だけでなく、昔で言う【ホウレンソウ】、報告、連絡、相談と、一通りすらこなせていない。

「すみません………少々お待ちを。 もうすぐ案内の者が参りますので」

「はぁ…………そうですか」

 ドロイドであれば、ものの数秒で済むのだが、結局の所、俺は受付嬢が電話をしている間、五分以上も意味も無く突っ立っていた。  

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